第4話 下校準備

「そろそろ下校の時間だし、片付け始めよっか」


 愛子はそう言って、机に広がっているクッキーを口に運んだ。

 そこだけ見ると片づけをする気が見受けられないが、これが俺たちの今日の片づけのほとんどなのである。


 何しろ俺たちは今日お喋りしかしていない。

 元々部員が俺と愛子の二人だけの科学部なのだが、こういう風に実験をしない日もかなり多い。というか、最近は全く実験をしていない。


 放課後になったら生物室に集合して、二人で持ってきたお菓子を広げてダラダラ過ごすだけ。

 これが最近の科学部の活動になっていた。


 文化祭ぐらいは何かすべきなのだが、準備を今から始める必要はない。文化祭は九月のはじめなので、六月の今から準備では少し気が早い。

 それにダラダラしている方が楽なので、俺も愛子も文化祭の話は切り出していない。


 そんなわけで、今日の部活で使ったものはクッキーしかないので、それを食べきれば片づけが完了することになる。

 今日はいつもより喋りに夢中になっていたので、クッキーがあと十枚も残っていた。


「じゃあ、とっとと食べちゃおう。もう五時も過ぎちゃったし、生物室も閉めないと」


 そう言って俺はクッキーに手を伸ばした。

 俺はチョコチップ入りのクッキーが好きなので、それを買ってきていた。多分愛子も気に入ってくれているはずだ。

 実際愛子は無言でバリバリ食べ進めていた。


 そうして二人で食べ進めていると、クッキーが残り一つになった。

 愛子は今クッキーを食べている途中で、俺の手元にはクッキーがない。

 愛子はもしかしたらクッキーを食べたいかもしれない。しかし時間がないし、最後の一個を二人で見合ってしまってもしょうがない。


 そんなわけで俺は最後の一枚に手を伸ばした。

 俺はそれを一口で食べきり、愛子も同じタイミングで食べきった。

 クッキーはもちろん美味しかったし、六枚も食べられて幸せだ。

 俺がそんなことを考えていると、愛子がポツリと


「今度最後の一枚が残ったら、私にちょうだい」


 と俺を見つめてそう言ってきた。愛子は少し悲しそうな目をしていた。

 あー、やっぱり最後の一枚食べたかったのか~

 言ってくれれば残したんだけどなぁ~

 そんな愛子を責める気持ちも少しありつつ、俺はその気持ちを隠して愛子のお願いに答える。


「わかったわかった。次からは残しておくよ」

「ありがと」


 愛子は口では素っ気ないことを言いながら、表情は明るくなっていた。

 少しの変化だからわかりずらいけど、愛子も表情はけっこう変わるんだよなあ。

 そう思うと何だか愛子がだいぶ心を開いてくれている気がする。


 前までは全然あんなこと言ってこなかった。

 多分今までも最後の一個を俺が食べることはあったと思う。その時は何も言ってこなかったから、心の中で残してほしいと思ってたんだろう。

 言ってくれればよかったのに、と思いつつ自分もそうだったことに気づく。愛子の気持ちがわかるだけに責められなくなってしまった。


 でもさっきの喧嘩もそうだけど、俺が思ってることを言うようになっただけで、だいぶ関係性が変わった気がする。

 やっぱり諦めないで成功だった。

そう考えると、俺に友達が少ないのって、心が開けてなくて仲良くなりにくかったからなんじゃ……


そりゃあ自分から心を閉じてるやつに人が集まってくるわけがない。

愛子も友達少ないみたいだし、この理論は正解なのかも。


俺がクラスに馴染めない理由もわかったところで、空いたクッキーの袋を回収して捨てに行った。

別に禁止されてることでもないのに、学校でお菓子を食べるのは悪いことをしている気がしてテンションが上がる。

中学校までの習慣が染みついているんだろうなあ。


「ごみ捨ててくれてありがとう。私、先生に部活の終わり報告してくる」

「了解。じゃあ、戸締りの確認してから追いつくよ」

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