第2話 しつこかったみたい

「ペン型消しゴムの何が変かって、芯の出し方なんだよ。なんでノック式じゃなくて横に回すんだよ。そういう風に作るなら、スティックのりみたいに太めのケースを作ればいいのに」

「いやいや、ペン型消しゴムにはノック式のやつがあるし、スティックのりみたいなケースに入ってたら、のり型消しゴムだから。あとその話しつこい」


愛子がイライラした様子で言ってきた。

愛子の我慢も限界が来たようだ。

これはやりすぎだったか。

さすがに一時間くらいペン型の消しゴムについて話し合うのは長かったようだ。


「これだから健吾は一歩足りないんだよ」

愛子にはそんなことを言われてしまった。俺は今までにも一歩足りないような行動をとってきたようだ。全く自覚がない。


時計を見ると、もう四時半だった。

三時半から喋っていたから、順当な時計の進み方をしていて安心した。

生物室の窓から外の様子を見ると、空はまだ青いままだった。

今はまだ六月の下旬だと言うのに、今日の最高気温は三十五度近くになっていたらしい。


急な猛暑により、俺も愛子ももう制服が夏服だ。

夏服は半袖のワイシャツで、他の生徒もほとんどが夏服に乗り換えていた。

やっぱり夏服は涼しげがあっていいなあ、と思いつつ、俺は愛子に視線を向けた。

俺と愛子は向かい合うように座っていて、愛子が窓側に座っているのだ。

だから自然と視線をスライドさせ、愛子の方を見た。


すると愛子の見た目に気になる点があった。

愛子は全く制服を着崩してはいないのだが、一点だけほころびが生じていた。

愛子の肩にごみがついていたのだ。

ごみと言っても、糸くずのようなものが少しついているだけで、別に不潔な印象はない。


でも一度気づいてしまうと、どうしてもそこに注目してしまう。

これはもう伝えるしかないよな。

さっき消しゴムについてようやく伝えられたことだし、今の俺なら何だかうまくできそうな気がする。しつこく追及しすぎるのは、よくないみたいだけど。


「愛子、肩に糸くずみたいなのが付いてるぞ」

「えっ、ほんと?」

そう言うと愛子は肩にかかっている髪の毛をどかしつつ肩を確認した。その時に糸くずが髪に引っかかってしまった。


「ねえ、糸くずなんてなくない?」

「愛子が髪を払った時に糸くずごと持って行っちゃったんだよ。愛子の左側の髪に絡まってる」

 俺が指さしながら言うと、愛子も俺の指す方向に目を向けた。

「ああ、わかったわかった」

 愛子はようやく発見したようで、さっさと糸くずを回収して机の上に置いた。

「教えてくれてありがと」

 愛子は少しはにかんで言ってきた。愛子のそんな表情を見るのが久しぶりで、ついつい目をそらしてしまった。


「べつにいいよ。というか、俺が気になってただけだから」

「わかったよ。でも、そういうの気づくようになったんだね」

 愛子から意外な言葉が飛び出した。


 「そういうのに気づくようになった」って言われても、別に俺は鈍感なわけでもないし、何かしら変化があったらよく気付く方だ。

 俺は周りのことをよく見ているタイプの人間なんじゃないかって自分でも思う。

 そんなやつがなぜ、ごみがついてるのに気づいただけで褒められたのか。ごみがついてるのに気づくぐらい、漫画の鈍感主人公でもできるのに。


 でも、その答えはすぐにわかった。

 とても単純なことだ。

 それは俺が伝えてこなかったから。


 よく考えてみると、昔の俺は愛子にごみがついていても、何も言わなかったと思う。

 何かしらの変化に気づいても、愛子のことをよく見てるみたいで恥ずかしかったし、周りのことについて敏感なのがダサいと思っていた。

 そんなやつが珍しくごみの有無を指摘してきたら意外にも思うかもしれない。

 そんで俺、めちゃくちゃ痛い奴じゃん……


「そんなことで意外に思われるって、俺は相当終わってるな」

「終わってるというか、わざわざ言わなかっただけでしょ」


 愛子は何でもないようにそんなことを言った。

 しかし俺の心の内が愛子にお見通しだったとわかってドキッとした。

 気づいてても言えなかったのがバレてたなんて、ちょっと恥ずかしい。

 自分のダサい考えがバレバレで、しかもそれが俺の当たり前の状態だと思われていたのだ。


「何でそんなことまでわかったの?」

「わかるよ。だってそういうタイプじゃん」

「そういうタイプって、どういうふうにわかったのかを教えてよ」

「小学校からの付き合いなんだから、なんとなくだよ。健吾だって、私の特性くらい、見てればわかるでしょ」

 愛子は自然な様子でそういうが、俺は全然ぴんと来ない。

 愛子の特性って言われたって俺の考えが正解だとは全然考えられない。


「ほら、何かしらあるでしょ、私の特性」

「特性って言われても…… 強いて言うなら、最近ちょっと落ち着きが増したというか、感情が出ずらくなったような気がする」

「そっか……ま、交流を持ち直したのも最近だし、健吾からしたらそんなもんでしょう」

 愛子は俺から視線をそらしてそう言った。言葉だけ聞くと俺の予想は外れていたようだが、態度だけ見ると当たっていたようにも思える。


「ねえ、今の予想当たってた?」

「別に当たってないから。そんな風に簡単に人の特性がわかったら誰も苦労しないから。あんまり舐めないでよ」

「いや、でもいつもより早口だし、もしかしたら動揺してるのかもしれないと思って」

「いやいや、そんなことないから。もし仮に私が動揺していたとして、それを胡麻化そうとしてたら健吾は追及してくるんだ。そういうところが一歩足りないんでしょうが」


 愛子は急に俺のことを責め始めた。いつもと違う愛子の様子を見ると、やっぱり動揺してるんじゃないかと思ってしまう。それに胡麻化してるって自分で言ってるし。

 いや、ここは愛子の言葉通り、素直に引いたほうがいいのかもしれない。

 ここで追及しても愛子の機嫌を損ねるだけの気がする。

 胡麻化してるっていうのは、それ以上嫌なことをしないでほしいというシグナルなのかもしれない。

 なるほど。そう考えると素直に誤魔化しに乗ってあげる主人公は女の子からの印象もいいのかもしれない。


「わかったよ。もう追及するのはやめるけど、その一歩足りないっていうのは結構効くんだけど。なんだか情けない気分になるんだよ」

「それはやだ。さっき健吾も私に嫌なこと言ってきたから私もそうする」

「別に悪気があったわけじゃないんだよ。ごみがついてるのに気づいたように、愛子が誤魔化しているのに気づいたから伝えただけ」

「それとこれとは話が別でしょ。調子に乗って私にしつこく追及した罰だよ」

 あーあ、また間違いを繰り返してしまったようだ。

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