まだペン型消しゴムを使ってる幼馴染に伝えたいことを少しずつ

一井水無

科学部の日常

第1話 少しずつ伝え始める

 俺、石沢健吾には今日、彼女に伝えなければならないことがある。

 そして、これから毎日少しずつ、俺は彼女にそうやって伝えていくつもりでもある。


 俺は彼女に、自分の思ったことを告げようと決めた。


 今までは気づいたことがあっても、変なところがあっても、それを言えずにいた。

でも、今日からはそれをやめにする。

 伝えたいことを伝えられるようになる。

 だから俺は、その最初の一歩として、最近ずっと気になっていたことについて、彼女に聞いてみることにした。


「ねえ、まだペン型の消しゴムを使ってんの?」


 汗でぬれる手を握り締め、俺はついに言いたかったことを言ってしまった。

 言ってしまった!

 言えてしまった!

 自然な風を装って、今ふと気づいたことかのように言うことができた!

 意を決して、俺はついにずっと言いたかったことを言ってしまったんだ。

 何だか胸がドキドキして、何度も何度も現実を確かめてしまった。


「急にどうしたの、健吾」

 俺に言いたいことを言われた幼馴染、芦原愛子はいつも通り感情が表に出にくい顔で聞いてきた。


 緊張しまくりの俺とは対照的に、愛子は落ち着いた様子だった。

 もちろん今は愛子が緊張するような場面ではないし、当然の反応だ。

 それに愛子は別に表情豊かな方でもないから、別に普通の様子。でもなんだかずるいと思ってしまうのは女々しいだろうか。


「いやいや、ずっと気になってたんだよ。普通高校生にもなったら、ペン型の消しゴムなんて使わなくなるもんだろ?」

 俺は苦笑いを浮かべて、若干の早口で喋ってしまった。

 つい緊張が表に出てしまったのだ。

しかし愛子は俺の気持ち悪い態度を特に気にすることなく、ペン型の消しゴムでペン回しをしていた。

 何だか愛子、昔よりだいぶ落ち着きが増したように感じる。


「まあ、私は流行とか全然気にしないタイプだからね」

「へぇ~、そっか」

 愛子が何だかずれたことを言っている気がするが、うまく反応できなかった。今の話、絶対流行とかの問題じゃないはず。


「ちょっと、今の冗談だったんだけど」

「ああごめんごめん。やっぱりそうだったか」

「わかってたんなら何か言ってよ。というか、何だか今日落ち着きなくない? 大丈夫?」


 そう言って愛子は、視線を下に向けていた俺を覗き込むように見てきた。

 そうすると、彼女の髪が揺れて愛子の顔にかかってしまう。邪魔だったのか、肩ほどまで伸びた髪をファサっと払う。


 つい愛子の動きに目がいってしまったが、何と答えればいいのだろうか。

 答えるも何も、ただ緊張していて、それが行動に出てしまっただけだ。

つまり愛子にはしっかりと俺の気持ちの悪い態度が写っていたというわけだ。

そう考えると、恥ずかしい。

恥ずかしすぎて、ニヤニヤしてしまっているのが自分でもわかる。まずい、悪循環が生まれている。


これはまずい、立て直さないと、と思うのにどうしても諦めの感情が生まれてしまう。

あーあ、こんなことになるなら、言わなきゃよかった。

少しずつ愛子に対して心を開いていこうと思ったのに、これじゃ逆効果だ。近づこうとしても、これでは向こうが離れて行ってしまう。


またお互いが心を開けるようになればいいなと思っただけなのに。

こうなってしまった原因は実は俺にあるし、そんな都合のいいことを思うのは立場違いかもしれない。


でも、今になって気持ちが変わったんだ。

新しい気持ちが芽生えたんだから。

だから、今日はその第一歩になると思ったんだ。

一歩目だ。……一歩目?

そうだ、まだ一歩目なんだ。

そうじゃん! まだ一歩目じゃん!

何だかすべてが終わったかのように思ってたけど、まだ始まったばかりだった。最初の一歩で躓いたところで、大したダメージはないじゃないか。


あ~、よかった。

じゃあ二歩目を踏み出そう。

どうせ口に出しちゃったんだから、思い切って、伝え切ったほうがいい。

何だか今日は、感情がジェットコースターみたいだから一旦落ち着かせて……

よっし、切り替えた。

緊張してて、テンションもおかしいけど、少しずつ、伝えたいことを伝えよう。


「だからさ、俺が伝えたいのは、高校生にもなって、ペン型の消しゴム使ってるなんて変だってことなんだよ」

「だから、私は流行とか気にしないタイプなんだって」

「この場合流行とかの問題じゃないから。そもそもそれ、使いずらいでしょ」

「別に使いずらくないよ。消しゴムの芯を出しすぎると、ぶよってなっちゃうし、消せる範囲も狭いからたくさん消す時に大変だけど、それくらいだよ」

「それけっこう嫌じゃん。確かに消せる範囲めちゃくちゃ狭いよな」

「でもそれもメリットになるんだから。一文字だけ消すときに便利なんだよ」

「別に普通の消しゴムでも一文字だけ消すことできるけどなぁ」

「でも慣れが必要でしょ」

「普通は小中高と使ってるから、慣れるんだよ」


 で、できてるよな。

 普通に会話、できてるよな。

 俺も笑えてるし、愛子も声は小さいけど笑ってる。

 あっ、よかった。

 これで良かったんだ。

 まだまだ慣れないところがあるだろうし、ぎこちない姿を見せてるかもしれないけど、言いたいことを言えた。


 あの時俺は思ったことを伝えられなかった。

 何も言えず、何も答えてあげられなかった。

 それは緊張したとか、素直になれなかったとか、答えがわからなかったとか、色々と理由は思いつくけど、あれがダメなことだったってわかった。

 それで人を傷つけてしまったから。


 そうだとわかったのは最近で、人に言われて気づいたことだけだけど、本当に気を付けて生きていこうと思った。

 だからこれからも、俺は思ったことを言えるようになる。

 思ったことを言うのが苦手とか、人間的にどうなんだと思うところはあるんだけど。

 でもまあ、本音とか建て前とか考えすぎると混乱してドツボにはまってしまうから、別にいいんだ。

 あーあ、何が言いたいのかわからなくなっちゃった。

 やっぱり今のテンションは少しおかしい。

 こんな、少しテンションの高い内側の俺も、伝えられるようになったらいいなあ。


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