第3話 女はつらいよ。 その4

 やめてこないで触らないで、バカが付くから。あんたなんか嫌いよ、ビビデバビデブー。

「立ち話も何だからそこでお茶でもしながらどうだい」

 女騎士は心の声なんかの無視して、強引に俺の肩を掴んで話を進めていく。

「いや~、俺用事があるんですけど」

「私も君に用事があるの。奇遇ね」

 それは奇遇とは言いません。

「ホラ、注文は何にする?お姉さんが奢ってあげる」

 無理やり席につかされメニュー表を渡される。俺は中身を見ないで―――

「一番高いやつ」

「容赦ないね。それじゃぁ私も同じのにしようかな」

 全然堪えていやがらねぇ。

「———やっぱり全メニューにしようかな」

「えぇ、そんなに食べれないでしょ。……もしかしてそんな小さな体して物凄い大食いとか」

「食べないよ。ただの嫌がらせなんだから」

「ひどい!食べ物がもったいないじゃない」

「それならここにいる皆にもご馳走してあげればいい。よし、そうしよう」

「ちょっ、ま―――」

 俺は立ち上がり手を上に伸ばして大きな声で。

「みんな~~。今日はこのお姉さんの奢りだって~~~~」

 店内からは「うおおおおお、マジかあああああ!」「ゴチになりまぁす!」といった歓声が上がった。

「言ってなああああああい!」

 女騎士が頭を抱えて突っ伏した。

 俺は今すっごくいやらしい顔でニヤニヤと笑っているだろう。

「—————引くなら今の内だぞ。まぁ、その時は俺は行かせてもらうけどな」

「——————ゎよ」

「おっ?」

「いいわよ!払ってあげるわよ」

 ドッ!と歓声が大きくなった。

「———————二言はないか」

「ないわよ。私も伯爵の端くれ、これくらいどうってことはないわ」

 ————————ヤッベェ。お貴族様かよ。面倒なのに目つけられたようだ。

 仕方ない。適当に飯食って話をしてさっさとトンズラここう。

「お飲み物は何になさいましょう」

 ウェイトレスが注文を聞きに来た。笑顔であったがその顔には「お前らのせいで忙しくなっちまったじゃねぇか」って裏の顔が透けて見えていた。

 まぁ気にしないけど。

「俺はメロンソーダ。フロートで」

「かしこまりました」

 あるんだ。冗談で言ったのに。

「私はイチゴパフェで」

 えっ!イチゴパフェって飲み物なの。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 ウェイトレスも普通に流してる。

「それで」

 女騎士は顔を上げると。

「まずは君の名前を聞かせてくれないか」

「————人にぃ~~、名前を聞く時は~、まずは自分から名乗るのがぁ~~、礼儀じゃぁ~、な・い・ん・で・す・かぁ~~」

 上から目線で厭味ったらしく髪をいじりながら言ってやった。

 ふっふっふっ、これで話をするのが嫌になればめっけもんだ。

「———ふっ、そうだな。君の言う通りだ。貴族として恥ずかしい行いだった」

 うっわ~~~、納得しちゃったよ。

 こういう真面目なヤツ苦手だなぁ~~。

「改めまして―――」

 女騎士は立ち上がり姿勢を正して兜を脱いだ。

 兜の下から出てきたのは、亜麻色の髪をベリーベリー短く切った凛々しい顔だった。

 貴族の女騎士だからてっきりベルバラみたいな美人だと思っていたのだが、化粧気が全くないどころか、どうやらお嬢さまではなく軍人気質みたいだ。

 まぁ素材はいいみたいで、肌はキレイで輪郭も整った小顔である。

「私は皇帝陛下より辺境伯の爵位を賜りしリーベル家が当主、ピーカー=チュウ・デ・ラ・リーベルである」

「————ピカチュウ?」

「いや、ピーカー=チュウ、だ」

「ピッ、ピカチュウ」

「—————————」

 騎士のお姉さんが困った顔をしている。

「ピー・カー=チュウ、ハイ、1つづつ」

「ピカチュウ♪」

「———————————。うん、それで君の名前は?」

 あっ、こいつ諦めやがった。

「俺の名前はエア―――――――」

 ヤバイ、異世界リテラシーを忘れて本名(アバターネーム)を名乗るところだった。

 だとして、どんな偽名を名乗るかといえばすぐに思いつかないものである。

 「ウルフガンブラッド」や「亀頭万作」、「黒木天魔」が頭に思い浮かぶが、さすがにこれは二番煎じが過ぎるだろう。

「———?どうした」

 女騎士がいぶかしんでいる。

 自分の名前を言うのに詰まるのはおかしいだろう。早く言わなければ。

「お、———俺の名前は、エア。そうだ。俺の名前はエアだ!」

 ひねりもくそもない。つい出ちゃったやつをそのまま使いました。

 けど、「天地を裂くは我が乖離剣」って王様も言ってるし、いい名前だよ。うん。

「ほぉう、エアか。なかなか雄大な名前だな」

 信じてるしまぁいっかぁ。

「それで、君は何者だい」

「俺は――――」

「—————当ててあげようか?」

 自信に満ちた怪しげな笑みに「あっ、こいつは下手なこと言えない」そう思った。


「君は私の妹だろ!」


 そんなことはなかった。ただのバカみたいだ。

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