第3話 女はつらいよ。 その1

 ゴゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!


 異世界生活3日目の朝はニワトリの鳴き声で始まった。

 どこの異世界でも朝と言えばニワトリなのは変わらないらしい。

 しかし若干汚らしい声だった。

「む―――にゅぅ」

 朝が弱い俺は目をこすりながらあくびをしてしばしボーとしていた。

 その間さっきまで見ていた夢のことを思い出す。

 それは何処とも知れない宇宙のような場所だった。————そこで虹色に輝く輪っかがグルグル回り続ける、そんな夢だった。

「良い夢見させてもらった。けどありゃ夢だ。夢なんだよ」

 気持ちのいい目覚め―――とはいかなかった。

「汗で服が張り付いて気持ち悪い」

 昨日は1日歩き通しで宿に着いてからも酒飲んで飯食って部屋に上がってもそのままベットにダイブしたからな。

「朝風呂———は風呂が無いから入れないんだよな」

 せめて体を拭きたい。

「でも着替えとか無いんだよな。このドレスは気に入っているけど性能は皆無だし、なにいより暑苦しい。なにか適当な服を手に入れないと―――――」


 床にスク水とネコミミとネコしっぽとニーハイソックスが転がっていた。


「————夢だけど、夢じゃなかった」

 むしろ夢であってほしかった。

「リセマラしたい」

 しかしそれは叶わない願いだった。

 どんなに目をこすっても、頭を振っても、ヘッドバンキングしても。

「~~~~~~~~~~~~~~~~ぉぉぉぉう」

 危うく首が折れてリセマラするところだった。

 マジで痛い。死にたくない。

 涙目になりながら床を見るとそこにはスク水セットが転がっているままだった。

「———————なんか、さっきと位置が違う」

 ジト目になりジーーーーーと見つめる事10数秒。

「——————————実は生きてるとか」

 ビクッ!と動き出し軽快な口調でマシンガントークを披露——することは無く、ただただスク水がそこにあるだけだ。

 言ってみただけだった。

 ここが日本なら男の部屋にスク水があると人には見せられない状況になるだろう。

 まぁ俺は気にしないが。

 それでもこのスク水を目に付くとこに置いておきたくはない。仕方ないのでアイテムボックスに仕舞っておく。このまま肥やしに成りそうだ。

 ベットから降りた俺は服を脱いで下着姿になると、部屋に置かれていたタライの中の水にタオルを入れて、軽く絞ってから体を拭いた。

「っちべた!」

 一晩置きっぱなしだった水なのにぬるくなっていない。汗をかいた寝起きの体にスーとしみ込む様で気持ちが良い。

 ワキ、おへそなど汗の溜まりやすいところを重点的に拭いていく。

 一通り拭きあげたら服を着なおして。

「よし。朝ごはんにしよう」

 勢いよく部屋から出たら階段から落ちかけた。


「…………朝の鳴き声はコレか」

 朝食はスパイスで焼いたチキンの入ったサラダがメインだった。

 昨日のキャベツと同じ様に新鮮な野菜とスパイシーな鶏肉、甘みと酸味が効いたシーザードレッシングのような白いドレッシングがかかっている。

「断末魔のような汚い声だったが、本当に断末魔だったとわ。目覚めと共に永眠されたのか」

 ニワトリよ、その命美味しくいただくよ。君の味は今日1日くらいは覚えておこう。

「おい」

「ん?何おっちゃん」

「髭が生えてるぞ」

「え!」

 まさか女の体になってアレが生えてないのに髭が生えているだと。俺パイパンのはずなのに。

「ほれ、ココ」

 そう言って口と鼻の間を指さす。

 慌てて手の甲で擦ると白いモノが付いていた。

「————ウシチチか」

 朝から酒を飲むわけにもいかないので朝食は牛乳を飲んでいたのだが、それが白いお髭になっていたらしい。

「意外と子供っぽいところもあるじゃねぇか」

「ほっとけ」

「あら~~、可愛いわよ」

 奥さんがそう言って笑っている。朝食は彼女が作ったのかエプロンがケチャップで汚れていた。

「———ん?ケチャップって何に使ってたけな」

 疑問に首をかしげていたら。

「それでオメェさん、今日はどうするんだ」

「冒険者ギルドに行って登録してくるよ」

「昨日も言ったが、気を付けろよ」

「大丈夫だって。華麗にデビュー決めてやるよ」

「———ふぅ、問題を起こすなって言ってんだよ」

「気を付ける」

 出来るだけな。

「クエストには出るのか」

「う~~~~ん。まずは装備を整えたいから登録したら買いもんかな。それから時間が有ったら軽く散策してくる」

「じゃぁ昼は戻らねぇな」

「そうだな」

「そう思ってお弁当用意しておいたわよ~」

「お~~、奥さんありがとうございます」

「とりあえず今日の分の宿代は貰っているから生きていたら帰ってこい」

「う”っ。そう言えば明日の宿代は今日か明日には稼がないといけねえのか」

「でなきゃ野宿だぞ」

 ガッハッハッハッ、と豪快に笑うおっちゃんに苦笑いしながら残りの朝食を平らげた。


「それじゃぁ行ってきます」

 勢いよく飛び出したりせずゆっくりと宿屋を後にした。

 表に転がっていた酔っぱらいは蹴って道の脇に寄せておいた。

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