第2話 最初の町 その5

 オカズが来ました。

「待ってました。奥さんありがとうございます」

 ちなみに奥さんがオカズじゃないぞ。一応言っとくが。

「それで………これはサカナだよな」

 それはこんがりと焼き目のついた長細い体の―――とても見覚えのある魚だった。

「そうだ。ソードフィッシュのコフィンだ」

 ソードフィッシュ………つまり太刀魚ってところか。ただし頭に秋が付く。————つまりサンマだ。サンマの塩焼きだ。

「…………サンマって海水魚だったよな」

 おっちゃんに聞こえないように小さい声でつぶやく。

 確かこの辺りは内陸で海は離れていたはずだ。記憶違いか?海の位置じゃなくてサンマについての記憶があやふやだ。助てさかなクン。

「なんだ、魚は食えねぇのか」

 ジーーーーーとサンマとおぼしきモノを睨みつけていたら誤解された。

「いや、魚は食い慣れてる」

 むしろ生でいけます。

「そうじゃなくってコレってどこで獲れたんですか?」

「ん?そこの川だが」

 ふーーー、よかった。もし裏の畑で採れたって言われたらどうしようかと思ったぜ。いや、川でサンマが獲れるのもどうかと思うが――――うん、だよね。

「………いただきます」

 食器を手にしていざ実食。

「………フォークだ。コレ」

 サンマはお箸で食べたかったな。日本語は通じるのにそこらへんはおざなりなんだな。運営、設定甘いよ。なぁにやってんの。

 口にサンマの身を運ぶと香ばしい皮と油が焼けた匂いがした。絶妙な焼き加減だ。

 噛むとホロホロと口の中で崩れる。身の油の甘みと腸の苦みがサンマの美味しいところだよな。

 腸の苦みがダメで食べれないという人も居るらしいが、この苦みが良いんだよ。これぞ大人の味。

 ここで酒を一口。

「………これじゃないんだよなぁ。おっちゃん、米の酒は無いのか」

 サンマにはやっぱり日本酒だよな。

「コメ?なんだそりゃ」

「白く輝く穀物。日本の心」

「知らんな」

「そうか」

 異世界生活2日目にして早くも米が、米が食いたくなってしまった。俺って1日1回は米を食べなきゃ気が済まない日本人————だった訳ではないのに、ご覧のありさまである。

「—————これじゃぁ醤油も無いんだろうな」

 サンマにはおろし醤油、これマスト。———だったんだけどな。

「醤油ってのはなんだ」

「黒くてしょっぱい調味料」

「おっ、そいつはもしかして―――」

 おっちゃんは酒の並んだ棚の下の方をゴソゴソやって―――

「こ~~~んなやつじゃねぇか」

 口裂け女かのっぺらぼうみたいなセリフを言いながら振り向いた。その手には茶色い大きな瓶、一升瓶が握られていた。

「少し前に行商人が置いてったもんなんだが」

 おっちゃんは白い小さな皿を用意すると瓶の中身を注いだ。

 黒い綺麗な液体が白い皿に映える。

「おぉ、これこれ。この―――――生臭!」

 皿を手に取って顔に近づけた時、物凄い異臭がした。

「臭っさ。これ醤油じゃない。———魚醬だ!」

 俺は鼻をつまんで叫びを上げた。

 期待しちゃってただけあってダメージはデカかった。

「なんだ違うのか」

「違う、全然違う。まったくの別モノだ」

 よく醤油の起源は中国だという輩がいるが、醤油と魚醤を一緒にするな。

 塩に漬けて発酵させて黒い液体になるから同じモノだって。原料が魚と大豆って違いだけで別もんだっていうの。わっかんねぇ~かな~~~。

 どっちもしょっぱい?そりゃ塩使ってるんだからしょっぱいに決まってるだろうが。それだと梅干しも同じか。

 なにより、醤油は麹菌、日本の食卓の柱とも言うべき伝統製法を使っているんだよ。醤油のみならず味噌に日本酒、日本酒から酢やみりんも作られている。

 料理のさ・し・す・せ・そ、砂糖と塩(パソコンでさとうとしお、と入れて変換したら佐藤敏夫になった)以外の3つ、砂糖をみりんで代用したら塩以外の4つに麹菌が使われてることになる。

 麹菌もないのに日本の文化を自分とこが発祥とか言う奴は引っ込んでください。

 麹菌は日本にしかないのです。

「——————————つまり異世界に醤油は無いってことじゃん」

「よく分からんがこいつじゃ代わりにならんのか」

「無理。塩分高過ぎ。醤油は飲めるんだぞ」

 嘘です。飲めません。一気飲みすると死にます。

 よく思考実験で無人島に持っていくものを選ぶことで人となりを調べるが、異世界に行くなら日本人は和食の調味料にするべきだ。

 まじで困るから。

「うおおおおおおおおおお、醤油うううううううううう」

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