第1話 異世界転性 その8

 異世界生活初日、俺は熊のプーサンダーの家に泊めてもらうことが出来た。

「君、泊まるのはいいけど何処で寝るつもりだい」

 家主のプーサンダーがお茶の容器を片付ける手を止めながら聞いて来た。

「ん、それならこのソファーでいいよ。それよりお前は何処で寝るんだ」

「もちろん自分の部屋で寝ますよ」

「部屋?」

「2階にあるんですよ」

 そう言って部屋の奥、隠れるような場所にある階段を差し示す。

「なに、お前部屋で寝るの」

「もちろんですよ」

「もしかして―――ベッドで寝るのか」

「当たり前ですよ。ボクの事なんだと思ってるんだ」

「熊」

「熊がベッドで寝たらいけないんですか」

 いやぁだって熊だよ。ファンシーなぬいぐるみならともかくリアルな熊がベットに寝てるとかどう見ても事案である。こう現代日本でいう事案でなくなんかパニックホラー的な?

「いや、文句はないけどな。それよりここ風呂とかあるのか?」

「お風呂?ありますよ。家の裏手に温泉が―――」

「なんだと!温泉があるのか」

 と食いつき気味に詰め寄る。

 分かると思うがこれでも大の温泉好きな俺は異世界に来てすぐに温泉に入れると知ってテンションが爆上げになった。

「入っていいか」

「断っても無理やり入るでしょ」

「モチのロン」

「……本当に図々しいですね。まぁもういいですけどね。ほら、そっちの扉から行けますよ」

「ひゃっほ~~~~~~~~~~~~~」

 プーサンダーが外に通じる扉を教えてくれた直後に俺はその扉に突撃して、外に飛び出した。

 そして暗くなり始めた外で首を左右に振り、近くに湯気が見えたのでそちらに走り、手ごろな大きさの岩で縁取られた温泉まで行きそして―――お湯の中にルパンダイブで飛び込んだ。

 初めてやってみたが意外と出来るもんだな。

 これもゲームの仕様だったりするんだろうか?ゴシックドレスの首の襟からスッポーンと抜け、手と足を合わせて宙を舞うとか普通出来ないだろう。

 出来たとしてもルパンダイブで風呂に飛び込んではいけない。

 まず体を洗わないと衛生的によくないし、なによりお風呂はプールと違って水深がそんなに深くないから飛び込むと、風呂の底にぶつかるのでやめよう。危ないぞ。

 しかし今回はゲーム内だからなのか、または熊のプーサンダーの為の風呂だからなのか、風呂の底は深くドボンと潜ることが出来た。

 お湯は透明度の高いモノでお風呂の中が良く見えた。

「ぷはっ」

 お湯から顔を出して足がつかないので立ち泳ぎをしながら浅い場所に向かっていき、少し出っ張った所に腰かけてくつろぎ始めた。

「ふい~~~~~~~、あ”あ”~~~~~生き返る~~~~~~~」

 転生して初日に生き返るも何も無いが温泉に入ってこう言うのがお約束である。

 オッサン臭い?

 そうだろうな。まだ自分のパーソナルな記憶は思い出せないが、このアバターのモデルのキャラはかなり古いアダルトゲームのキャラである。

 確か「平和」の方じゃなくて「草」の方だったはずだ。

 アレが出たのが2000年初頭で当時高校生ぐらいだったはずで、バイト代をつぎ込んで買ったパソコンでプレイするゲームを買いに行って、店舗でパッケージを見てこのキャラにほれ込んだのだった。

「……なんでこんな記憶は残ってるんだ?」

 疑問に思うも答えは出ないので俺は自分の体を見下ろす。

「はは、この記憶から思うにリアルの俺はアラフォーのオッサンなのに、今ではこんなロリ体形の美少女になってるんだかなぁ。いやー、眼福眼福」

 ペッタンコでイカ腹の幼女の体なんてゲームの中だけでリアルに見るのは犯罪になる。しかも中身はオッサンときたもんだ。

 こんな倒錯的な状況だけど、これって現実なんだよな。

「———————————いや、ここってゲームの中だった」

 なら現代日本の法律には触れないはずだ。

 まして自分の体だ。

「……なら、———触ってもいいよな」

 そんな欲望が湧いて来た。なら触るよな。

 ゆっくりと手を伸ばすとお湯でしっとりした肌を撫でながら少しづつ目的の場所まで―――


「お~~~い、タオルここにおいて置くよ」


「ぅひゃい」

 プーサンダーの声でビックリした俺は手元がすべって、

「んっ!」

「?どうかした」

「う、ううん何でもない」

 今まで感じたことのない感覚でアレな声が出てしまったのでプーサンダーにバレかけたのが、慌ててごまかした。

「ちょっと沈みいかけたんだ」

「あぁ、君には深いだろうね。気を付けてよ」

「おう、ありがとうな」

「じゃあ湯あたりしない内に上がりなよ」

 そう言って戻っていくプーサンダーを見送って―――改めて自分の指を見ると、……いや、言うまい。

「ふ~~~~~~~~~~~」

 なんだか―――こうモヤモヤするような、

「……また、今度にするか」

 夜空に浮かぶ朱と蒼の2つの月を見上げながらため息をついたのだった。

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