第1話 異世界転性 その6

 昆虫食とか俺はやらないと思っていた。しかし食べてみるとどうということは無い。

 そもそもこれは火を通しているし、ともすれば異世界人からしたら日本の刺身を知ったら、


「ありえないわ。魚を生で食べるなんて。えっ?しかも生きたまま切り刻んで動いてるのを食べる?無理無理無理無理無理無理無理。野蛮にもほどがあるわ」


 とか言われそうだ。

 そう思いながら蜂の子のハチミツ揚げをつまんでは次々に口に放り込んでいく。

 いけるじゃないか。

 意外と癖になりそうな味だった。

 蜂の子って日本でも珍味として食べられてるって何かで読んだことあったが、食わず嫌いせずに試しておくべきだったかな。

 俺は腹が空いていたからついつい手が進んでしまった。

「あの~~、そろそろ家にまで押しかけて来た訳を話してくださいませんか?」

「ん?いや~腹が空いてたもんでな。すまんすまん」

「な、なんて図々しい人だ」

「そんな褒めるなよ」

「誉めてませんよ」

「うんうん、お約束だなぁ」

「なんですか?お約束って」

「う~ん、伝わらんか」

「なんなんですか貴方は。なんか人間にしては言動がおかしいですし」

「おっ、やっぱり俺って変わってるか?」

「なんで嬉しそうなんですか」

「いやいや嬉しいだろう。普通と違うってことは」

 腕を組んで頷いていると熊はあきれた声でため息をついた。

「普通と違うことが嬉しいなんておかしいですよ。いかれてますよ」

「いや、いかれてるは言い過ぎだろ」

「いいえ。人間が普通じゃないのが良いなんて言いません。だって、それでは異端になってしまいます」

 異端、それは宗教や政治思想などで多勢に反発、または逸脱した考えやそれを持つ者のことを言う。

 現代日本では馴染みがない言葉に思えるが、身近においてはいじめ問題がこれと同じものである。

「ふむ、この世界は中世ファンタジーの剣と魔法が存在するという設定だったが、文化や価値観は独自か?」

 俺はゲーム的なシステムの恩恵を受けられるようだが、ここの住人が受けられるとは限らない。

 その上で、この世界はゲーム設定を下敷きにしているだけであり方自体はリアルであるのかもしれない。

 ならば人間が生臭いのも肯ける。

「……でもな~」

 俺は目の前の熊を見つめる。

「な、なんだよ。ボクの顔に何かついてるかよ」

 喋る熊、言葉にするととてもファンタジーな存在だが、見た目はファンシーの欠片もないリアル熊。

「お前みたいなのがいるからよく分からんのだよな」

「ん?なんか知らないが馬鹿にされてる」

「馬鹿にしてないよ。熊吉」

「クマキチ?何それ」

「お前の名前」

「な!何言ってんだよ。僕にはちゃんとした名前があるよ」

「なんだ。お前名前あったのか」

「本当に失礼な奴だな。ボクの名前はプーサンダー・ディスティニーっていう立派なものだ」

「…………いろいろギリギリだな」

「そういう君は何て名前なんだよ」

「あぁ、エアリオだ」

「エアリオ?それは氏族名、それとも個人名?」

「個人名だな」

「じゃあ氏族名は」

「無いな。それに名前も偽名だし」

「ちょお!なに名前を偽ってるの」

「そぉ言われたって本名覚えてないし、憶えていても簡単には他人に名乗らんだろ」

 異世界リテラシーとかなんとかでは無暗に名前を名乗らないのが大事らしい。俺マンガで読んだから知ってる。

「いやいやいや、そんなことしたら天罰が下るよ」

「ん?そんなことで天罰とか喰らうの」

「そうだよ。名前は神様から恩恵を授かるための物。それを偽って名乗るということは神様を騙して恩恵をもらうってことだよ」

 ふむ。つまり粉飾決済を上げて不正に融資を受けたりすることだろう。

「とはいえ本名は覚えてないしな」

「あ~~、そんなこと言ってたっけね。よく生きてるね」

「そこまでの事か?」

「そうだよ。生きとし生けるものは皆神様の恩恵を受けているものだよ」

 とはいってもな~~。システムウインドウにはエアリオと記名されてるし、これはもうこの名前が神様が付けた俺のコードってことでいい気がしていた。

 顎に手を当て上を向いて目をつむる俺はよく考えんのが飽きてきていた。

 正直早く遊びたい。

 チュートリアルとか無視するタイプです。はい。

「とりあえず、ちょっと話に付き合ってくれ」

「はぁ。無理やり押しかけて来たのもそれが目的なのか?」

「そうそう。あっ、それとお茶とお菓子お替り」

「はぁ~~~、ホント図々しい」

「にっしっし」

 笑いながら丼ぶりを差し出すのだった。

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