第1話 異世界転性 その5
振り返り見れば茶色い剛毛に覆われた熊が大口を開けて仁王立ちしていた。
「…………」
「…………」
大きな口を開いて固まる俺と熊。
熊という生き物は意外と臆病で人の出す音にはあまり近づかないそうだ。
しかし、近年では山が切り開かれたことで深刻な食糧不足で、腹をすかせた熊が餌を求めて人里に降りてくることが増えている。
そして人に少しずつ慣れてくるわけだけど、生来の臆病さは変わらないので大きな音を出したりすると驚いて襲ってきたりするのである。だから熊に出会っても大声を出してはいけない。
分かってはいたが俺は驚いて大きな叫びを上げてしまった。
熊は俺に気づかずに近づいて来てしまったのだろう、叫んだ俺に驚いたのか立ったまま口を開いて固まってしまった。
「…………」
「…………」
九死に一生を得たところだがそれよりも言いたいことがある。
「……今、喋っただろ」
「……が、がおおおおお」
ジト目になった俺はそうツッコンだ。
それに対して熊はぎこちない動きで両手を頭の上に挙げて威嚇の様なものをする。
「…………いや喋ったから」
「…………がおおおおぉぉぉぉぉぉぉ(涙)」
迫力がなく尻すぼみしていく鳴き声を上げる熊は若干涙目になっている。そのせいで恐怖が何処かへ飛んで行ったので馬鹿にも俺は熊に向かって1歩近づいた。
「ひっ―――」
「…………」
2mはある熊が150㎝に満たない女の子に詰め寄られてビクついて身をすくませる。もはや熊に威厳は無かった。
「やっぱ喋ったよなぁ~~~~~~」
出来るだけドスを効かせて顔を覗き込みに行った。
「しゃ、喋ってませ~~~~~ん」
「…………」
「あっ―――」
背中にでもファスナーが付いているのだろうか?
「お”お”ら”ぁ、正体見せやがれ~~~~~!」
「ひぃぃぃぃぃっ」
熊に飛びかかる俺、逃げ出す熊。
「おらぁぁぁぁ、逃がすかぁぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃぃぃ、お~が~ざ~れ~る~~~~」
必死に走ろうとしたものの2本足で立っていたところから振り向きざまに足を踏みだしたので、足を滑らせて盛大にスッ転んだ熊。その背中に飛び乗った俺は。
「おぉっらぁ!中に何が入ってるんだぁ。置いてけええええええええええええ」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ。ひっ、引っ張らないでえええええええええええええええええ」
俺は【追い剥ぎ】の実績を獲得した。
結果から言うと、熊に中の人など居なかった。
正真正銘ただの喋る熊だった。う~~んファンタジー。
散々引っ張りまわしたうえでそう判断した後、俺は熊の巣、もとい熊の家に押し入っていた。
いや、招待されていた。
「結構良いところに住んでんじゃねぇか」
熊の家は森の中に有る大木をそのまま家にしたファンタジーで
ファンシーなモノだった。
巨体の熊に合わせた大きな扉や家具たちは木製で素朴感がある。
そんな家具を見上げながらリビングの中に案内された。そこにあったこれまた大きなソファーに飛び乗ってみると、クッションがモコモコで体が埋もれてしまう。
「おぉぉう、これは人を駄目にする的なヤツ~~~」
「元からひどい人ですよね」
俺がクッションの柔らかさを堪能してふにゃけていると、熊が奥からお茶とお茶うけと思われるものが入った容器を持って来た。
よくあの長い爪が生えた熊の手で器用に食器を扱うものだ。
まぁ日本のギャルも長い爪でスマホとかを使うし慣れなのだろう。
「えっと、粗茶ですがお口に合えばいいのですが」
「……デカイな」
「す、すみません。これでも1番小さい容器なんです」
熊が俺の前に差し出したお茶の容器はまるで丼ぶり、どころか大食い動画に出てくる次郎系らーめんの入ったすり鉢みたいだった。その中に琥珀色の液体が満ちていた。
俺はその丼ぶりを両手で抱えるとらーめんのスープをあおるように飲んだ。
ふむ、味はスッキリしていて芳醇な香りがたっている。
お茶を味見した俺は別の容器に山盛りにされたお茶うけに手を伸ばした。
持ってみると軽いような、しかししっとりとした手ごたえだった。形はアルファベットのCの形をしている。
鼻に近づけて匂いを嗅いでみるとハチミツとシナモン、後は油の匂いがした。
多分スナック的な物だろう。
口に入れてみると食感はサクサクしていていながらも甘くしっとりした舌ざわりだった。
感じとしてはキャラメルコーンに似ていた。
「美味いな、コレ」
「あっ、よかった」
熊は嬉しそうに両手の肉球を合わせて言った。
「蜂の子のハチミツ揚げ。お口に合いましたか」
「ぐおっ」
のどに詰まって慌ててお茶で流し込む。
「……生まれて初めて虫を食った」
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