第10話 演習

 シルフとも話した後、俺は国家魔術師としての仕事があるので職場に向かった。魔術師として母上であるル・フェのように魔術を使った便利な道具、魔道具を作ったりすることじゃない。ル・フェから教わったものの、自分の護身程度の物しかまだ作れないのでそれは仕事にならない。


 ル・フェなら魔術師じゃない人間が使っても機能する魔道具を作れる。マナを込めて作った物に起動式スペルキーを詰め込めばできるものの、基本魔道具は自分でマナを使って発動する。魔術師専用の道具のはずなのにただの人間が使えるル・フェ製の魔道具がおかしいだけだ。


 宮廷魔術師がやることなんて魔道具を作るか、戦場に出るか。未来を占って王家に助言をすることもある。あとは軍議に出るのが仕事だ。仕事じゃない部分で自己研鑽があるけど、勤務中にできる日は少ない。


 何故かって?


 王位後継者共が寄ってたかって俺のことを観察しているからだ。


 第一王女殿下はお茶会にやたらめったら誘ってくるし、第一王子も世間話というていですれ違ったら話すし、第二王子の派閥は誰かしらが必ず見張ってる。そんな状況で魔術の訓練なんてできるはずがない。


 騎士たちとの合同演習とかで魔術を使っているが、そこで大規模な魔術を使うことはしない。帝都でずっと雨を降らせるわけにもいかないし、魔術師としての本領を発揮しようと思うと帝都では狭すぎる。


 だから騎士団との合同演習ではもっぱら護身のための剣術とかを教わっていて魔術はそんなに使っていない。魔術の特性とかは教えているが、俺の本気は誰も知らない。精霊との契約で俺の実力はかなり上がっているが、それはル・フェですら知らないはず。


 演習でワイバーンに使ったくらいの見た目上小規模な魔術を使って大怪我をさせないように蹂躙している。俺のように接近戦ができる魔術師って視野さえ広ければ対応力が増して団体戦に優位に働く。


 まずもって魔術師は一対一よりも集団戦の方が得意だ。ヨーイドン、で一対一で戦おうとしたらル・フェを除く一般的な定義で語られる魔術師は不利だ。詠唱をしている間に剣士にでも距離を詰められたら斬られておしまいになる。


 だが準備にいくらでも時間をかけていいのなら魔術師は圧倒的有利な状況を作り出せる。一対一でも戦いの場で仕掛けをしていいのなら封殺できる。そんな魔術師の力はあまり見せないままで自分の肉体を鍛えることを演習では重きを置いている。


 今日の業務は騎士団との戦闘訓練だ。どちらかというと一人で戦場に残された俺がどうやって生き残るかということが主目的。俺一人と騎士団三十人でやる模擬戦だ。街の外の森へ行き、俺が帝都へ逃げ帰れれば勝ちとなる。


 俺は自分の今の身体に合った小さいカトラスを模した木刀を腰に、後は魔術師らしい黒いローブを着てローブの中は動きやすい姿とブーツで身を固めている。何で魔術師はローブを着ているんだって話だけど、魔術はかなり奥が深い。


 詠唱をしてマナを込めて、ということが魔術の大前提だ。だが極まった魔術師は詠唱の代わりに指の動きで魔術を用いたり、莫大なマナを込めれば詠唱をせずに魔術を用いることができる。詠唱に気を付けていれば大丈夫、という考えでいるとやられてしまうのだ。


 魔術師の情報が少ないことと、この国の情報源がル・フェなために帝国の魔術師対策はかなり万全だったりする。ル・フェから与えられた知識を十全に活かしてくる精鋭が三十人。


 ル・フェから模擬戦とはいえ敗北することを許されない。宮廷魔術師の息子として負けるのは魔術師の名声が落ちるからダメだと言われている。こんな模擬戦で負けたからどうなんだと思うがプライドが関わってるんだろう。


 森の中で準備を始める。襲われているところを想定しているので事前に魔術を使って用意をしていく。


 俺の魔術適性は水ではあるものの、水が一番得意というだけで実は全部の属性に適性がある。魔術の属性は火・水・風・土の基本四属性に加えて光と闇の上級属性の合わせて六属性だ。セルシウスのように水の派生である氷の大精霊もいるが、基本はこの六つ。後はどこにも分類されない基礎魔術というのもある。


 これらを使って撹乱をしつつ帰ろう。


 開始の鐘がなった瞬間、霧の魔術を使う。これで森の至る所から霧を発生させて視界と嗅覚を奪う。この霧に微妙な甘い香りも混ぜているために人間が頼るべき五感を惑わす効果がある。とはいえ、この程度の妨害はル・フェもいつだってやっている。


 騎士たちはこれを乗り越えられるか。俺は現在地から最短距離ではなくちょっと迂回するようなルートで帝都を目指した。慣れと勘だけでどれだけの人数がこの霧を突破して俺を追い詰めてくれるか、期待する。俺だって訓練だからこの霧だけで勝っては時間の無駄だ。


 できれば、接近戦の経験値を積みたい。ル・フェの監視が厳しいことと魔術の訓練の時間が長いことから剣術を鍛えたい。アルトリウスの頃は剣がメインだったはずなのに、修練の時間が真逆になってるからいつまでも理想の自分になれない。


 森を進む。走り続けて、人を感知する役割にもなっている霧が三人ほどの騎士が接近していることを知る。ちょうどいい機会だ、奇襲をかけよう。


 足音を消して背後に着く。木刀も構えて、一。二の三。


「グアッ⁉︎」


 奇襲成功。背中に強化魔術で強度を上げた木刀を叩き付けて気絶させる。ただ奇襲に関しては予想していたこともあって残りの二人がすぐに応対した。三人で全方向を警戒していたからこそ即時の対応が可能なんだろう。


 でも、俺は泥岩の魔術師だ。こんな土が多い場所で俺の得意分野であるとされる土の魔術が使えそうな場所では俺が基本有利だ。


 騎士の一人に土の魔術を使って腰から下を頑丈な岩で固める。これで騎士の一人と剣術で戦える。俺が使える剣技と身体強化の魔術でカサ増しした身体能力で戦う。同じ木刀だがただの技量だけじゃ勝てない。六歳の身体では身体の重さも力も何もかも足りない。


 だが俺には五十年近い剣技の記憶がある。身体が違いすぎるために全ての再現はできないが、若い騎士のたった二十年の戦闘経験よりも俺の記憶の方が勝る。こうして戦う機会がかなり少ないので今回の演習はかなり都合のいい練習になる。


 自分の実力を確かめる機会はほぼない。しかも剣術となると尚更だ。指導を受けて剣をぶつけることもあるものの、こうした実戦形式での機会は魔術師として育てられている俺からすれば数ヶ月に一回あるかないかだ。


 だから全力で剣を振るうのだが。


「アーク様、本当に六歳ですか!魔術込みとはいえここまでやるとは!誰かの記憶の通りに身体を動かす魔術とかあるんですか⁉︎」


「そんなものは知らない!」


 ほぼ正解を当てられて一瞬頭が真っ白になったが、戦場での経験がある俺はすぐに復帰して相手の木刀を叩き上げて吹き飛ばした。そのまま飛び蹴りを胴体に喰らわせる。蹴った騎士はそのまま木にぶつかって気を失う。


 魔術で動きを止めていた二人目の騎士も身体が岩に覆われて動きは取れないまま。


 よし、これで三人は無力化したな。


 俺の剣の腕も鈍っていない。数分で騎士一人を倒せたのは上出来だろう。それに身体強化の魔術も一つしか使わなかった。無属性の基礎的な物しか使わず、水の属性の身体強化と水から派生した雷の属性の身体強化の魔術がある。


 その二つを使わず騎士に勝てたのは大きい。マナの節約になるし、かなり強い騎士にも身体能力だけなら負けない自信になる。


 帝国の騎士はかなり強い。六年前の時点で覇権国家の一つと言われていたために世界でも屈指の力を持つ。対峙したからこそその力は身に沁みている。何十人にも囲まれたらアルトリウスの時のように殺されるが、一対一なら今でもどうにかなると知れたのは大きい。


 そこからは適当に騎士を撒いて魔術の罠を仕掛けて騎士たちを虐める。俺は誘導をしつつ帝都へ辿り着いた。騎士でも上位の人間であるとある部隊の隊長に帰ってきたことを伝えると俺が先に帰ってきたことがわかる。


「アーク様、お帰りなさい。騎士団はどうでしたか?」


「今日、三人ユニットで行動させてたのはそういう訓練の上?」


「そうなります。最低数ユニットで魔術師を追い詰める場合、どうすればいいか。仲間と合流するか、その最低数で打開策を思い付くか。そういう経験を積ませるための訓練です。魔術師は一人一人魔術特性が異なる。水の魔術に適性がある者でも魔女殿のように雨と雷が得意な者もいればアーク様のように水分による加工が得意な者、そして派生系である氷の魔術が得意な者もいます。魔術師の手札は、人間の物よりもよっぽど多彩で面倒ですから」


 やっぱりこれ、俺の訓練というより騎士のための訓練だよな。俺が接敵したのはたったの九人。接敵しないまま魔術によって迎撃したのも同じく九人。残りの十二人は会うこともないままに撒いた。


 俺を捕らえるという訓練だから騎士からすれば失敗だろう。


「接近戦の実力は十分。あと警戒心もしっかりと持ってるよ。ただ、僕の魔術を知らなすぎた。僕が使っていた魔術、遠視してたのならわかるんじゃない?」


「ええ。霧と匂いの魔術によって視覚と嗅覚を妨害。近付いてからは遮音の魔術も使っておりましたね。もちろん接近戦では騎士には勝てないからと身体強化の魔術も。一番厄介なものはあの霧の魔術です。あれはあなたの母君も使われていますが、アレは感知魔術も兼ねているとか。つまり自身にとって有利な状況を選べるという破格の魔術でしょう」


「感知のことを騎士団は知らなかった?」


「いいえ、知っているはずです。魔女殿が使ったことのある魔術はほとんど共有させていただいているので、知識も問題なく。ですからあの者たちには警戒が足りな──いえ、お待ちください?三十人全員が、無警戒?そこまで愚かではないはずです」


 いくら全戦全勝という覇者の騎士団であっても、子供一人だからと油断するだろうか。自分たちの勝利の要因は間違いなくル・フェの魔術の力が大きいのに。


 ドライグ王国に勝てたのもル・フェのおかげだ。彼女がいなければアルトリウスである俺は止められなかった。


 隊長はル・フェにもらった遠視の魔道具で訓練の様子を見ていたからこそ、俺の疑問に違和感を覚えたのだろう。


「あの霧の魔術には、正確には霧に含まれる水分には脳に干渉する液体が含まれています。そのためその水分を摂取しすぎると幻覚に囚われるんです。感知する効果を忘れたり、とか」


「……随分危険な魔術を使いましたな」


「霧の魔術を解除すれば思い出しますよ。それに魔術師にとって薬品は竹馬の友です。同じ成分の効能を水で再現するのは水の魔術師として、得意なことですよ。母上ももちろんできます」


「つまり徹底して、自身に優位な状況を作ったと」


「はい。──ネズミがいましたので」


「ほう?」


 スパイの存在を話せば、隊長の目が鋭くなる。元々厳格な顔をしているのに、更に怖い顔になる。子供が見たら泣くだろうけど、生憎俺は普通じゃない。


 ネズミと言ったが、これは正確じゃないか。


「第二王子の配下の者ですね。訓練に関係ない人間がいたので調べました。最近第二王子の派閥は他国の者も派閥に入れていると聞くので警戒していました」


「……ふむ。アーク様の監視ですか?それとも騎士団の勧誘が目的でしたかな?」


「僕の魔術を知ることが目的でした。今頃騎士が彼らを捕縛しているはずですよ。偶然で今日の訓練を知ることはできないので、内通者もいるでしょう。政争なので内通者は正しくないかもしれませんが」


「いえ、内通者で間違いありません。我ら騎士団は陛下に忠誠を捧げております。王位継承位を持っている方であっても贔屓はできません」


 へえ、そういう建前で話すのか。騎士団のほぼ全てを既にベンド王子に従順だと思ってたのに。だからグネヴィア殿下の勧誘が失敗続きなんだと思ってた。もう少し探りを入れるべきか?


 本気になりたくないな。正直これ以上政争に時間をかけたくない。


 一応カマをかけておくか。


「もしかしてこの訓練そのものが政争の罠だったりしたんですか?」


「結果として炙り出しに成功しそうですが、あくまで対魔術師を想定した訓練ですよ。……やはり魔術は特別だ。いくら身体を鍛えようと剣を磨こうと、魔術にはこうも一方的にやられる。国すらも落としかねない魔術師が味方な内は安心ですが、他国も徴用し始めたらと思ったらゾッとしますな。人間はあまりにも無力すぎる」


「宮廷魔術師なんてかなり特殊な在り方だと母上は仰っていました。他の魔術師は引きこもりらしいですよ?」


 他国で宮廷魔術師なんて雇っているところはどれだけいるのだろうか。数国あるらしいが、ほとんどは偽者か魔術を齧っただけのほぼ素人、そして使命を忘れた不届き者ばかりだという。


 だから魔術師の中で宮廷魔術師なんてものになる人間は軽蔑される。本懐を忘れた愚か者だと。だがル・フェはその魔術規模から逆に恐れられている。あんな力を持った魔術師なんて人間の中にいないと思われていたからだろう。


 ル・フェはズルいからな。彼女を愚か者とは呼べないだろう。


「アーク様、ネズミについてはお任せください。それと幻覚を見せる魔術について対抗策を教えていただきたいですな。まさか息をするなとは言いますまい?」


「はい。任せました。幻覚については簡単ですよ?身体に痛みがあった瞬間、痛覚によって幻覚は効果を失います。なのでもし怪しいなと思ったら手の甲でも摘んでください。それだけで違和感は解除されます」


 俺の魔術は・・・・・、そうだ。ル・フェの幻覚を喰らったら?そもそも喰らったことすら知覚できずに殺されるだけだから対抗策なんてない。


 可能性があるとしたら一つだけ。


「あとは母上が作っている守りの魔道具ですね。僕はまだ腕が未熟なのでそんなものは作れませんけど、魔術の効果を防ぐアミュレットを母上が作っていたはずです」


「ああ、アレですか。戦場に出る際は全員が身に付けますよ。さすが魔女殿だ。その辺りの対策は抜かりない」


 ル・フェの目的にとって大切な戦力だからな。無駄遣いはしないだろう。


 でもル・フェは本当に何を目指しているんだろう?まさか、世界統一とか?


 うーん、見当が付かない。そんな女じゃない気がするんだけどな。

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