第9話 三年後

 ワイバーン事件から三年が経った。つまり六歳になった俺にはそれなりに生活の変化があった。ル・フェの過保護は相変わらず、今でも同じベッドで寝ているがそれ以外は随分と変わったものだ。


 まず、俺は仕官させられた。これはグネヴィア殿下の計らいだ。あの初めてのお茶会でどう思ったのか俺はすぐに戦争で使える・・・・・・と思ったのだろう。四歳で国家お抱え戦術級魔術軍師──略称で国家魔術師というル・フェの直下に存在する名ばかりの立場──とやらに任官させられて、戦うことが増えた。


 最初のうちは騎士団と冒険者との合同討伐依頼という定期的にやっている怪物退治に同行させられた。そして使えるだけの魔術を用いて怪物をたくさん狩った。ガキを連れていくことを拒む人間なんていない。


 騎士は第一王女の推薦だと知っていることと、全員がル・フェの息子だと知っていた。そのためワイバーンを倒したこともあることと、ル・フェの魔術の有用性について身に染みているのか子供扱いをする人間はいなかった。


 冒険者もほぼ同じでワイバーン事件を知っている者ばかりだったが、こちらは王城に住んでいる人間ということで甘やかしてくる女性冒険者はそれなりにいた。冒険者になるには最低でも十二歳になっていなければ許可されないとのことでこんなに小さい子供と依頼に出向くなんてことはほぼないのだろう。


 護衛対象としては子供と接したこともあるだろうが、味方として戦力として関わるとなると新鮮だったのか心配だったのかやたらと声をかけられた。俺のことを貴族だと思っていたようだがル・フェは王城に工房を構えるついでで住み着いているだけで貴族位なんて持っていないとわかると声をかけてくる人間が増えた。


 セシルが俺の監督役として毎回付いてくるのでそれも含めて貴族の人間だと思われたのだろう。メイドを雇っている人間なんて全員貴族か王族だ。宮廷魔術師が例外だったため認識とズレているのだろう。


 そう、貴族でも王族の傍流というわけでもなく、絶対的な防御札を作成するという建前で魔術工房を王城に設置して堂々と居座っているのだ、あの魔女様は。冒険者たちはル・フェ家なんて貴族が存在しないために納得してくれた。貴族になることを拒んでいるくせに王城の一部分を占拠しているのだ。面の皮が厚いったらない。


 騎士は敬遠していたが冒険者は親しみやすく接してくれる。この差は騎士がル・フェによって魔術は恐ろしいものだと認識していて、冒険者は立場なんて気にせず仲間意識が強いからだ。没落貴族とかも身分を隠して冒険者になっていることから身分なんて気にしている余裕がないのだろう。


 冒険者はその日の任務が上手くいけば美味しいご飯にありつけるという刹那的な職業だ。依頼はなくなることがなく、毎日戦ってばかり。友誼を結んでも次の日には死んでいることもザラにある職業だ。だからこそ生きている間は仲良くなっておこうという考えの人間ばかり。


 冒険者たちと仲良くなるのは早かった。実際魔術でできることは多かったからな。


「三時の方角に怪物が四体。おそらく狼型なのでワーウルフの群れでしょう」


「おいおい、アークよ。お前、どうやって感知した?こっちの弓兵が何も報告を上げていないぞ?」


「水の魔術です。僕の周りに常時・・水の魔術を展開し、その水に触れたものが何かを判別するように訓練を積んでいます。この集団から外側に三千Mメルト先までは把握できます」


「はー……。この森の中じゃ目の良い弓兵でも千Mがせいぜいだぞ。すげえ魔術だな」


「いえ、これは水を周囲に散布するだけの魔術なので区分としては初級魔術です。それに母上ならば隣国の状況を全て把握できますよ」


 こんなことで冒険者のリーダーは褒めてくれるが、本当にこれは基礎魔術だ。距離を度外視にすれば魔術師なら誰でもできる。それこそ水を使う必要もないのだから基礎中の基礎だ。三千Mなんて円状で魔術を展開するなんて普通は無理らしいが。


 だが俺は過去の記憶と血筋、そしてル・フェの教えがある。ル・フェのように一国全てを雨雲で囲むということはできないが、範囲がおかしいことは俺でもわかる。アルトリウスの頃だって魔術はかなり使っていたが、戦闘用の魔術ばかりで補助魔術なんて覚える気がしなかった。だからあの頃よりも使えるのかがわからない。


 それでもこんなレンジャーが不要な魔術なんて使えなかったし、これが常識の埒外ということは知っている。魔術師は滅多に人里に現れないが、もし帝国に来たのなら比較対象がおかしいことになって落ちこぼれと言われないかが心配だ。


 俺は補助魔術をメインにして騎士団と冒険者の手伝いをし続けた。そんなことを一年ほどしていたら五歳の時に初めての戦場に連れていかれた。ル・フェもいた戦場でル・フェに見守られながら敵国を落としたのだ。


 水の魔術で地形の水分量を増やし、相手が突っ込んで来たところで泥沼となって進行ができなくなる。そこへ騎士団が弓矢を雨あられと降らせて鏖殺する。俺の魔術で沈んでいって窒息死した人間も多かっただろう。


 それが今世での初めての殺人だった。


 その戦場の後から俺は最年少軍人、泥と岩の魔術師と呼ばれるようになった。たくさんの泥を作り上げることと、その泥を固めることで鋭利な土の突起物へと変化させてそれを地面から生やしたことでそんな名称で呼ばれることになってしまった。


 確かにこの身体の適性は水なので泥はいい。だが岩は本職の土の属性と比べればお粗末にすぎる。ただこれは俺の魔獣属性を土だと誤認させることを念頭に置いているので問題ないとル・フェのお墨付き。魔術師との戦いすら計画の内らしい。


 敵が多すぎるからいつか魔術師とも戦うことになりそうなんだよな。それか魔術師の知識がある人間くらいなら敵にも現れそうだ。ル・フェの名前は世界に轟いているし、魔術師のことを調べようとする人間も増えてくるだろう。


 誤情報を蔓延させることも含めて俺の名前はかなり世界に知られ渡った。今や泥岩でいがんの魔術師と言えば俺のこと。他国を平気で滅ぼす少年の皮を被った殺戮兵器として有名だ。顔も似顔絵で流布されているため、外を歩けばそれなりに噂される。


 これで困ったのがドライグ王国でも知られ渡っていることだ。サラマンダーにドライグ王国へ行ってもらって俺のことやロホルたちのことを調べてもらったが、ロホルたちにはアークがアーサーだとわかっているようで悲しんでいた。


 俺がル・フェに引き取られた以上こうなることは予想できたと思う。いつかは帰るからそれまで我慢してくれとしか言えない。


 あと俺が捕虜になったからかロホル夫妻は新しい子を産んでいた。その子も男の子だったためにその子が第一王子になっていることだろう。俺にもしもがあってもドライグ王国は残る。それがわかったのは上々だ。俺が帰れるかはわからないんだから。


 三年経ったもののまだ俺の実力はル・フェに遠く及ばない。それに相手はル・フェだけじゃない。セシルも倒さないといけないし、この国から出るとなると騎士団も確定で敵になる。冒険者は状況次第。


 つまりル・フェに楽勝で勝つ実力をつけて、その上で国を敵にしても勝てるようにならないと国を出るなんてまた夢の夢。ル・フェに勝てる程度の実力じゃその後がない。それにギリギリで勝ってもル・フェならどうにかして俺を追ってくるだろう。


 つまり完勝して追いかけられないような実力になるまでは潜伏するしかない。


 俺の実力を一気に上げる方法はある。けどずっと側にいるセシルの監視の目をどうにかしてその実力を付けるのはなかなか難しい。俺一人でどうにかなるものじゃないし。だからサラマンダーには特に頑張ってもらっている。最近じゃサラマンダーは外交ばかりだ。


 俺は王城から基本的に出られないし、この三年間で王位継承争いが本格化し始めた。一番年長のグネヴィア殿下が十五歳。第一王子のベンド王子も十二歳、そして年少の第二王子であるカルト王子も八歳になったことで各派閥が隠すこともなく動き始めた。


 第一王女と第一王子からは幾度もなくお茶会に招待されて相談事を話されて、自派閥に入るように誘導される。第二王子派閥は王子本人が動くのではなく派閥に入った成り上がり貴族が中心として動いて俺に接触してきている。


 その全部を等しく断っているのが現状だ。断りすぎるとちょっかいをかけてくるので適度に応えてそれ以外は基本全却下だ。いや、やはり推しているのはベンド王子だからか彼にだけはかける時間が多くなっている。彼が王位に就くことが一番混乱しないんだから。


 グネヴィア殿下は女性だからこそ王としての教育が足りない。王女として育てられているが国政に口を出せるような教育は施されていないのだ。自力で勉強しているようだが、専任の家庭教師や大臣から教わっているベンド王子に知識では敵わない。


 帝国は君主制なので王の言葉は絶対だ。その王が愚王であれば周りがついてこない。見る目がある貴族や、女性が上に立つことを認めない人間たちはベンド王子を推すために派閥としての力は弱いままだ。彼女なりに頑張っているんだろうが、戦力も政治力も足りないとしか言えない。


 グネヴィア殿下はル・フェに憧れているのか、彼女に接触しようと俺を通して要請を出してくる。全部却下しているし、ル・フェも彼女に会う気はないらしい。何でグネヴィアがル・フェに会いたいかと言うと女性の身で立身出世をした数少ない人物だからだ。


 ル・フェは立場があったわけでもない。コネもない。だというのに魔術という超級の力のみで国のNo.2と呼べる地位を確率した。それは女性にとって光だったようで彼女に憧れる女性はこの国に多いらしい。


 馬鹿馬鹿しい。たとえ天地がひっくり返っても、産まれ変わったとしても。ル・フェにはなれない。人間の尺度で彼女を、魔術師を語るべきではない。産まれ変わったら魔術師になれるかもしれないが、そうしたら余計彼女が遠ざかるだろう。下手に認識すればこそ、ル・フェは超常の存在へ切り替わる。


 彼女を人間だと思い込んでいるのはいっそ哀れに思えるな。


 グネヴィア殿下の派閥は力が弱いからこそ俺たち宮廷魔術師の力を得ようとしてくる。魔術を万能だと思っているのか、武力として用いようとしているのか後ろ盾が欲しいらしい。ワイバーンを一人で倒し、国も崩壊させる実力者を二人も自陣営に加えられたら勝ったも同然と考えているんだろう。


 確かにパワーバランスとしてはその考えは正しい。周りの被害を無視してよくて準備をしていいのなら今の俺でも騎士団を滅ぼせる。人道にもとるからやらないだけで、それだけの実力は既に手にしていた。権威としても戦力としても宮廷魔術師を自陣営に加えようとする動きは正しいが、そんな上っ面しか見ないから話は全て断るのだ。


 ル・フェがどんな目的なのか知らないが、この国に興味がない。政争というおままごとに付き合う気はさらさらないだろう。それは俺も同じこと。


 ベンド王子なんて俺たちのスタンスをわかっているのか、彼が求める戦力は騎士団や貴族の私兵部隊だ。騎士団によく顔を出してまだ出世していないが見所のある騎士に声をかけて将来の近衛隊にならないかと勧誘をしている。


 こういう部分がベンド王子の堅実なところだ。王になるために地盤固めを着実に行なっている。それでいて俺たちが裏切らないようにとうっとおしがられない程度に接触を図っている。そして自分の研鑽も忘れないのだから優秀としか言えないだろう。


 カルト王子の派閥は若者貴族が俺に声をかけるようになってきた。魔術のことを探っているようで教えてくれと頼まれる。なんてことのない知識だけ話して気持ちよくなって帰っていくのだから俺としては見逃している。


 野心家の多い派閥は戦力を集めきれずに瓦解するか、相手にされないかのどっちかだ。だから第二王子派閥は基本無視している。本格的に動こうが可能性のない派閥を気にかけるだけ無駄だ。直接妨害をしてこようものなら返り討ちにするだけ。


 目下のところ第一王女派閥と第一王子派閥の動きだけ注意しておけばいい。その上で国の動きとル・フェの動向を確認しつつ実力を磨かないといけない。やることがたくさんで大変だ。


「さて、どうしたものかね。シルフ?」


『さあ?あなたの好きにしなさいよ。とりあえずあたしはノームの爺さんを探せばいいんでしょ?』


「ああ。ノームに限らず大精霊と契約したいんだけど」


『わかってるわよ。そろそろ行くわ。あの怖い魔女に見付かると大変だもの』


 拳ほどの大きさの女性は背中に生えた緑色の翅を羽ばたかせて窓から出て行く。姿は小さいものの大精霊の一角だ。


 風の大精霊、シルフ。この三年間で契約できた唯一の大精霊だ。


 そう、俺が隠れて強くなる手段はとてつもない他力本願。


 大精霊との契約だ。

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