第7話 母の心配

 ル・フェは帝都襲撃を聞きつけたのか次の日には帰って来ていた。いや、おそらくル・フェの展開した結界にイフリータがワザと接触したんだろう。それを感知して転移魔術で帰って来たと。


 転移魔術が使える魔術師なんてル・フェくらいなものだろう。俺が魔術師を名乗るのとは逆方向でル・フェは魔術師を名乗ってはいけない・・・・・・・・・存在なんだから。


 結界に異常を感じたル・フェは即座にポアロ諸島を平定。海の水に魔術をかけて相手の船だけを操舵不可能にして帝国が一方的に攻めたようだ。ポアロ諸島はその国の地理的な理由で海軍にばかり力を入れていた。


 その海軍が機能しなかった時点で趨勢は決した。陸軍は帝国軍にとって他愛ない相手だったようで超短期戦で決着。既に講和に向けての話し合いが派生しているようだ。そこにル・フェが出る理由もなく、むしろ帝都の結界が気になって帰って来たらしい。


 全部状況証拠とル・フェが王族に報告しているのをサラマンダーが聞いて俺に伝達してくれている。絶対ル・フェに気付かれてるけど情報収集には必要だ。誤魔化すのも適当でいい。


 ポアロ諸島がどうなっても、俺には何もできない。というか世界征服を掲げている帝国に何かを言えるわけもなく。俺に権限なんて何もないんだから。宮廷魔術師の息子ってだけで何ができる。俺は一国の王アルトリウスじゃないんだから。


 ル・フェは簡単に戦争の趨勢を語ってすぐ、俺の元に来た。ワイバーンを倒したことは色々な人から聞いているのだろう。ル・フェの部屋に連れてこられたと思ったら抱きしめられた。


 は?何で?


 だってル・フェにとっての俺はアルトリウスの孫程度にしか意味がないだろう。そして俺に宮廷魔術師を継承させて好きに行動したい。そんなところだと思っていたからこの行動は予想外だった。


 思いっきり抱きしめられている。女性としてはかなりスタイルの良いル・フェの肢体はどこも柔らかく、大人としての記憶がある俺としてはかなり毒だ。どんな男でも落とせる美貌と曲線美を保った魅惑のボディを子供を抱きしめるためだけに使うんじゃない。


 絶世の美女ではあるが、特定の男がいたとは聞かないな。俺の父親役すらいない。俺が養子だから必要ないと思っているようだが、市井では魔女の旦那が気になるという声もあった。俺が有能だとバレたからこそ気にしてしまうのだろう。


 この辺りの情報も城から出られない俺の代わりにサラマンダーに調べてもらった。サラマンダーの元の姿であるワイバーンをほぼ一人で倒してしまったために俺のことはかなり噂されていた。ついでにル・フェのことも俺を育てたことで高評価だった。


 護国の英雄を育ててくれただとか。魔女殿がいなくなってもこの国は安泰だの。そんな感じで帝都はお祭り騒ぎだった。


 ワイバーンっていう亜竜を倒したんだからそうもなる。普通倒せないし。俺はこの身体にある素質と前世の知識を活かしたから三歳児としてはありえない魔術を使えているだけ。ただの三歳児が冒険者を超える戦果を挙げるなんて普通じゃない。


 そんな戦績を残したからル・フェに抱き締められている?それとも普通の三歳児として扱われている?


 何にしても、ここで普通の三歳児・・・・・・が取る行動は何か。それは彼女を抱き返すことだろう。母親に抱き締められたら抱き締め返すのが普通だと、俺は考える。


 俺も彼女も、何一つとして普通なことはないはずなのに。この行為だけはただの家族のようだった。


「……あなたが無事で良かった……!どうしてイフリータに手を出そうとしたの……。ワイバーンなんて敵う相手ではないとわかるでしょうに……」


「ごめんなさい、ははうえ……」


「いえ、あなたがワイバーンを倒したことはとても誇らしいの。それにそのワイバーンを自分の眷属にしたことはイフリータに一泡吹かせたようで胸をすくような思いだわ。でもそれはそれ、これはこれ。あの暑苦しい火達磨をどうやって害しましょうか……!」


 これ、誰?


 こんな子煩悩な人が冷酷な魔女と呼ばれるのか?っていうかヴィヴィや俺と会ってる時と性格が違いすぎる。元から精霊が好きじゃなさそうだったし、八岐大蛇を名乗っていた神と戦った時も精霊たちと馴染まずにすぐ帰っていた協調性のない存在だ。


 それが普通の母親のような慈愛を見せてくるのは脳がおかしくなる。


「あなたが微精霊と契約したこともいいでしょう。あなたの魔力が増えたようですし、魔術師として更なる階段を登りましたね。ただそれは外道的なやり方です。あなたが精霊に好かれることも一つの才能ですが、基礎的な鍛錬を欠かしてはいけませんよ」


「はい。しょうじんします」


「それと、次からはワイバーンのような魔物と戦うことは禁じます。あなたはまだ幼いのだからあのような危ない魔物と戦う必要はありません。まあ、城から出なければ大丈夫でしょうが……。これからはもっと行動制限をかけましょう。私がいない時に城外に出すなんて、私が間違っていました」


 ぐ。それは困る。城外に出られないというのは情報を得る手段がなくなるということだ。街に出れば噂話とか街の雰囲気とかから得られるものもある。行動制限がかかったらそんな情報源すらなくなる。


 王城だって重要な情報は話されるかもしれないが、それを俺の立場で聞けるかって問題がある。いつかこの国から出ようと思ってるから情報が少しでも欲しいのに、その情報を食い止められるのはかなり痛い。


 俺は生前、この帝国に来たことがない。だから地理的情報でも知りたかったんだが、それも厳しいかもしれない。俺の計画がだいぶ変わってしまう。


「ええ。これからは私が一緒にいる時のみ外出を許可します。それにこれからは一緒に寝ましょうか。親子なのに別々で過ごすことがおかしいのです。これまでは朝早くにやるべきことがあったので起こしてはいけないと自重していましたが、こんなことがあっては話は別です。イフリータにも補足されかねないので、もう朝の行動はやめましょう」


 それは本当にまずい。俺が秘密裏に訓練をする時間がなくなる。早朝は誰にも邪魔をされない聖域だったのに、ル・フェがいたら剣を振るうこともできないじゃないか。


 それに深夜も深夜でル・フェに教わらない、生前使えていた魔術が使えないかと試したりしていた。俺が使えなかったけど他の精霊が使っていた魔術も今の身体なら使えるんじゃないかと思って試したりする時間でもあったのだ。


 そんな秘密の時間が二つとも奪われるとなると、平凡な成長しかできなくなる。そうしたら俺がこの国を出られるのはいつになってしまうのか。


 負け戦はしない。そのためにはル・フェから逃げるだけの実力を本人にはバレないように身に付けなければならない。セシルだけなら誤魔化せるかもしれないけど、ル・フェがずっといる生活は些細な変化でもバレてしまうだろう。


 今までは親子なのにどこか距離がある関係だから好き勝手できた。この生活が続けば早い内に帝国を出られるかと思っていたが、計画の見直しをしないといけなくなる。


 俺は生前長生きをしたほうだが、今の両親──アルトリウスにとっては息子夫婦──がどこまで長生きできるかはわからない。


 ドライグ王国は俺の武力と精霊の加護で安定していただけの小さな国だ。敗戦国となった以上武力は更に落ちているのは確実で、俺と約束をした精霊たちの加護は今や残っていないだろう。あくまで俺と交わした約束で、ロホルと精霊は契約はもちろん約束もしなかった。


 それがル・フェの言うロホルのダメなところなんだろう。ドライグ王国を俺抜きで維持するには精霊との契約が必須だと思ったんだろう。強国である帝国が隣国にある時点で俺のようにある程度の武力がある強者を擁するか、精霊による土地の豊穣がなければすぐに飲み込まれてしまうほどに弱い国だ。


 そんな事情を周りの国は気にしない。自分たちの利益のために国を蝕む。それを払い除ける力か負けたとしても飲み込まれないほどの理由が必要になる。


 俺以外の強者はあの国に産まれたのか。精霊との約束もなくなったあの土地は痩せ細っていないだろうか。


 心配事だらけで早く戻りたくなる。第一子を帝国に奪われて属国化しているのだから、ドライグ王国は悲惨なことになっているはずだ。


 俺が帰ったところですぐに国は改善されないだろう。それでも一人息子が帰って来たとなれば少しは安心するかもしれない。それにサラマンダーのように俺がアルトリウスだと気付く精霊が増えればまた約束をしてくれるかもしれない。


 だから俺はすぐにでも王国に戻りたい。けどル・フェは徹底して俺を引き留めようとしてくる。どうしたものか。


 結局俺は抵抗できず、というか抵抗することが子供として正しい行為とは思えなかったのでそのまま受け入れた結果、本当にこれからはル・フェと同じ部屋で過ごすことになった。元からそこまで離れた部屋でもなく、ル・フェの工房に入るために何度も入ったことのある部屋ではあるものの、ここで暮らすというのは思ってもみなかった。


 調度品も置かれていない、無駄な物なんて何も置かれていない殺風景な部屋。使われている物は王城の一室なだけあって高価な物とすぐにわかるが、絶対にル・フェはそんなことを気にしていない。支給された物をそのまま使っているだけだろう。性格的にそんな拘りなんて持ってないんだから。


 色合いだけは女性らしく明るい色のものを使っている。ただそれだけだ。彼女の感性なんて人間とは違うんだからそれも当然か。


 それでも女性の部屋だから緊張はする。ヴィヴィ以外の女性と一緒の部屋で過ごすなんて初めてだぞ。


 食事を取ってお風呂に入れられて、本当に一緒に過ごすようでベッドに寝かしつけられた。これが今後の当たり前になっていくのかぁ。


「おやすみなさい、アーク」


「おやすみなさい、ははうえ」


 あ、ル・フェめ。睡眠の魔術を使ってる。世界最高峰の魔術師であるル・フェの魔術に敵うわけがない。


 俺はル・フェに抱き締められながら、瞼を閉じていった──。


────


 アークが完全に眠ったのを確認してモルゴースは身体を起こして自分付きのメイドを呼ぶ。というか、彼女の部屋に入れる存在はアークを除いてメイドしかいない。


「セシル。報告には聞いているけど、どういうこと?あなたがいてもダメだったの?」


「申し訳ありません、奥様。次は私の素性がバレようが即座に始末します」


「それでいいわ。アークを失うことよりも怖いことはありません。あなたが人間に恐怖を抱かれようが、人間の価値を下げようがどうでもいい。次にアークが傷付きそうになったらその相手を全力で排除しなさい」


「は。……人間も怪物も問わず、ですね?」


「そんな区別、いると思う?」


 非常に冷たい会話がなされる。二人とも帝国に仕える存在なのだが、人間を殺すと言ったのだ。


 姿は人間にそっくりなのに。


「それにしてもイフリータは予想外でした。あの単細胞、未だに湖の精霊ヴィヴィアンに執着しているなんて……」


「そんなことをしている場合ではないというのを知らないのでしょう。アーク様は世界を救うために必要な方です」


「なのにあのバカはアークを抹殺しようとしている。……次は逃がしません。大精霊に相応しくないアレは、私が殺します」


 モルゴースからドス黒い感情が溢れ出る。モルゴースは未来を視ている。帝国に力を貸しているのも都合が良いからだ。このまま世界を統一してほしい。


 手遅れになる前に・・・・・・・・


 ドライグ王国が、アルトリウスが世界を統一したのならモルゴースもそこまで焦らなかった。だがアルトリウスとヴィヴィアンは小さな箱庭で満足してしまったのだ。


 それが星の寿命を減らすとは思わずに。


「これから私も観察する時間は増やしますが、あなたがよく見ておきなさい。この子は帝国でも利用されるでしょうし、今回の出来事で冒険者にも目を付けられました。有象無象を間引きなさい」


「畏まりました。アーク様の身の回りの安全は、私が確実に守ります」


 帝国の裏に潜む闇。


 それはこの二人の女性のことを言うのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る