第6話 1−3 契約

 ワイバーンを退治した話はすぐに国中に知れ渡った。帝国としても竜種であるワイバーンを倒した冒険者に褒賞を出そうと参加した冒険者たちに金銭や武器を与えることをしていた。褒賞としてはまともだろう。


 だがここでいけなかったのは冒険者の中で俺のことを帝国側に伝えてしまったことだ。三歳児の魔術師が雨と雷の魔術を使って一体のワイバーンを倒したと溢してしまったのだ。帝国でも希少な魔術を使える人間。しかも帝都にいて三歳児。


 俺が特定されるのは早かった。


 その日の内に皇帝の前に連れ出されてセシルと共に事情聴取をされた。俺はほとんど話さずセシルがあらましや状況は全部話してくれた。俺が話したのは使った魔術だけでその知識はもちろんル・フェの物であると言っただけ。


 それ以外の事実は何も言っていない。


 あのワイバーンが火の大精霊イフリータの眷属であるということも、やろうと思えばあのワイバーンをいくらでも呼び出せるということも伝えなかった。そんなことを知っている三歳児はおかしいし、あのワイバーンの死体を見ればル・フェが察する。


 死体の分析などは帝国の人間やル・フェに任せるに限る。


 俺のやるべきことはセシルや他の人間に無茶なことをしないようにと説教を受けることくらいだ。それも全部右から左だが。俺がやらなければもっと被害が出ていただろうし、イフリータの目標も俺だったんだろう。


 なら俺が王城にでも逃げればそこまで追ってきて城が壊されていたかもしれない。そういう諸々を考えるとあの行動は最適解だったんじゃないだろうか。


 色々な話が終わってお風呂や食事も終わった夜。まだル・フェが戦場から帰ってこない状況で俺の部屋に来訪者がいた。


 イフリータではない。けど火に関連する微精霊だ。


『初めまして。精霊の愛し子』


「精霊はいつもそれだな。俺のどこが愛し子なんだ?」


『あなたは産まれた時からマナを知覚していた。普通の人間なのに』


「俺はははうえの子だ。普通じゃないだろ」


『ううん。今のあなたじゃない。精霊王アルトリウス。湖の精霊に愛された、神の時代を終わらせた子』


 この微精霊は何を言ってるんだ。精霊王なんて呼ばれたことがない。それこそ精霊とはイフリータを含めてたくさん出会ったが、精霊の上に立った覚えはないぞ。それに神の時代を終わらせたって何だ?


 俺がアルトリウスってバレていること以上に驚いて気になってしまった。


「アルトリウスのことはいいとして、神?俺、そんな奴に会ったか?」


『イフリータ様と一緒に見てた。あなたが殺した怪物、八つの首を持つドラゴン。アレは神がこの世界に降りてきた時の姿。あのまま世界はあの神によるリセットを受けるところだった』


「ああ、ヤマタノオロチとか名乗ってた奴か。確かに精霊と一緒に倒したが……アレが神?」


 俺がまだ王位に就く前の話だ。国境沿いにバカみたいにデカイドラゴンが現れたって聞いてヴィヴィとイフリータ、シルフにノーム、セルシウスとシャドウ、ラーにあの時はル・フェも一緒になって倒したか。


 一週間くらいずっと戦い続けて倒し終わった時には地形が変わってたし、精霊たちもかなりやられてた。全員二年くらいすればバッチリ復活していたけど、戦った直後は姿を保つこともできてなかったからな。


 アレが神ねえ。確かにあれ以上に強い怪物と戦ったことがなかった。山のように大きい竜種なんてあのヤマタノオロチ以外に見たことないし。他の竜種で大型と言っても貴族の館くらいの大きさが精々で、山サイズは今の所確認されていない。


 アレが神だったとして、何で俺たちを襲ったんだろう。最初から暴れてたから討伐に乗り出したわけで。今更あの神の意志を聞くなんてできるわけなくて。他の神が現れれば話を聞くこともできるかもしれない。


 どこの国も一神教で崇めている神が違うから、他の神はいるかもしれない。かもしれない、程度だ。神の声を聞く神子みこの存在なんて近年どこの国も排出していないし、教会も何も言っていない。


 昔は教会が主導になって神子や聖女といった女性を見付け出して神の声を代弁させていた。神子と聖女の差はほとんどない。国によって異なる名称程度だ。男の代弁者が多かった国は神子を採用していた形だな。


 俺たちの四世代くらい前の時代はそれこそ何でも神様のおかげだったらしい。神の言葉が絶対で、神の宣託が全て。就く職業なども全部神の『選抜の儀』というものに法っていたらしい。だから王家というのがほぼ存続せず一代限りの王が乱立し、そのせいでずっと国の運営に口を出せた教会が酷い権力を握っていたのだとか。


 農家だった人間がいきなり騎士になったり、親のいない孤児が宰相に選ばれたりと無秩序だったという記録が残っている。幾ら何でも破天荒過ぎて教会と手を切る国が多くなり、そこから宗教戦争に発展。


 その戦乱の時代こそが神との決別の時代と言われている。俺が神の時代を終わらせたわけでもないだろうに。


 神と決別したはずなのに神を崇めている国が多い理由は、神を見限った途端不作や恐慌などに襲われた国が多いからだ。だから教会も維持して臭いものには蓋を閉めるように全部を教会に押し付けていた。


 要するに教会をスケープゴートにしたわけだ。ドライグ王国のように宗教戦争の前から無神派閥を形成していた国家からすると神官のような存在が珍しかったりする。見たこともない存在を敬うなんて無理だったという話だ。


 神子が現れたのなら世界中に広く宣言するだろう。神の寵愛を受けたとか何とかで。そして教会の権力を復活させようとするはず。そんな声は聞こえないから神子が現れていないのか、神がこの世界を見放したんだと俺は考えている。


 神にただ従うだけの存在は奴隷と何が違うんだ。


 神なんて単語が出てきてしまったために長く考えてしまったが、元はと言えばこの拳程度の赤いマナがフヨフヨと俺の部屋を訪れたのが原因だ。こいつは何をしに来たんだろう。


「マナみて思ったけど、お前って俺がたおしたワイバーンだろ?俺の所にきてどうしたんだ?」


『見分けが付くんだ?尚更良いね。契約をしに来たんだよ。イフリータ様には使い捨ての駒にされちゃったからね』


「居場所がないのか。いいよ、契約しよう。『汝が名は火蜥蜴サラマンダー。我が意を示せ』」


『御意』


 契約として俺のマナがサラマンダーに流れていく。そうすることで必要以上のマナが与えられてサラマンダーは実体を得ていく。精霊で身体を持っている存在は総じて大精霊と呼ばれる。ただそれは自然に身体を得た存在だけだ。


 この微精霊は俺に名前とマナをもらったことで精霊と呼べる存在にランクアップすることになる。俺よりは大きいけど八歳児くらいの大きさに留まった火を纏った子供がそこに産まれる。竜種の尻尾と翼が生えているけど、これは元がワイバーンだったからだな。


『これからよろしく、アーク』


「ああ、よろしくサラマンダー。あ、ここにはモルゴース・ル・フェがいるからバレないように気を付けろよ?」


『普段は適当に外にいるよ。マナと名前、ありがとうね』


 サラマンダーはお礼を言うと空気に溶けるように消えていった。まあ、ル・フェにはすぐバレそうだけど。


 契約なんてヴィヴィ以外とは初めてだな。いやヴィヴィとは契約というよりプロポーズだったからアレが契約だったと後から聞いて驚いた記憶がある。


 俺の方でもル・フェに対する言い訳を考えておくか。何となくやっちゃったでも大丈夫だとは思うけど、一応な。


 ……これ、俺の中のマナがかなり増えてる気がする。マナの知覚ができる人がそもそも少ないのに、自分の中のマナが多いかどうかなんて確認する手段が少ないから俺が人間の中でどれくらいなのかの判断方法がない。


 生前に比べれば全然少ないのはそうだけど、サラマンダーと契約したからか昨日までの俺とは比べものにならないほどマナが増えている。


 魔術師としてもかなり強くなってるよな。


 もちろんル・フェには全く届かない。でもこの調子で契約を続けていけば生前くらいの力は取り戻せるか?


 そのくらいまで戻せば、俺はル・フェに勝てる。そうすればドライグ王国に戻れる。


 微精霊を探して契約をするのは良いかもしれない。イフリータのような大精霊は契約してくれるだろうか。イフリータは性格的にしてくれないだろうが、アイツが気付いたならアルトリウスの頃に知り合った大精霊は俺のことに気が付くはず。


 誰か様子を見に来てくれないだろうか。

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