第4話 1−2−1 初めての外出

 外に出たいと考えていた頃、その機会が訪れた。


 ル・フェが新たな戦争に招集されて数日帝国から離れるようだ。それをル・フェから伝えられた。


「すまない、アーク。数日で終わらせてくるからセシルと大人しく待っているように」


「わかりました。お気を付けて、ははうえ」


 俺を抱きしめてから出立するル・フェ。騎士たちと一緒に南国のポアロ諸島へ向かった。海の中にあるいくつかの小島が集まってできた国家群で、海があるために攻めにくい国でもある。そこへ攻める手段が見付かったんだろう。


 ル・フェが行ってしまったために魔術の訓練の時間が丸々空いてしまった。だから暇になってしまったが、そこはル・フェがセシルに言付けを頼んでいたために空いている時間の使い道があった。


「え?王城のそとに?」


「ええ。モルゴース奥様が外へ連れ出しても良いと。時間が空いてしまうからこそ、普段は連れ出せない街の様子を見てきなさいとおっしゃってました」


「そとに出られるんだ!やったぁ!」


 軟禁状態からの解放だ。


 俺が軟禁されている理由は他国の王子ってこともあるんだろうけど、後はル・フェの子供というのもあるんだろう。


 ル・フェは魔女として有名なために、悪い噂も多い。突如国に現れて魔術を用いて一足飛びに宮廷魔術師まで駆け上がった女性だ。魔術の腕だけで国の最上位に食い込んだ身持ちのわからない女性ともなれば疑われる。特に女性の立場は低い。


 魔術師がそもそも怪しくて、その上何年経っても変わらぬ美貌の持ち主。アイル帝国で発言権があるために国も動かせる女性だ。王族でもないのに国を動かせる身元不詳の人物など怪しめと言うようなもの。


 騎士からの評判もよろしくない。魔術を得たいのしれないものと認識しつつ、彼女が動いたら戦況が一気に変わるのだ。長年の努力を、集団の連携を全て無に帰すような暴挙をしでかすために戦力となっている人からもうル・フェだけでいいんじゃないかと思われていて嫌われている。


 その嫌われているル・フェの子供だから騎士や衛兵からも嫌われている。子供だからこそというか、大人としての経験値があるから俺が疎まれているのがわかる。それでも訓練は真面目につけてくれるんだから文句はない。


 俺やル・フェの評判なんて気にしたって無駄だ。俺もル・フェも周りの評価なんて気にしていないからそこはどうでもいいんだけど、メイドのセシルの表情が曇ってしまうのが気になってしまう。俺やル・フェに仕えているのに嫌な顔一つしないし。


 メイドだからどこかの貴族の子女なんだろうけど、ここまでしっかりと仕事をしてくれるのは信用できる。


 俺もセシルも服を着替えて街に行く。普段の服だと貴族の子と思われるだろし、メイド服でセシルが歩いていたらそれも貴族ですってアピールするようなものだ。だから庶民のような服に着替える。


 俺は色味の薄い半袖シャツにブラウンの短パンを履いて、それ以外に下手な装飾などはしない。セシルもワンピースに小さなポシェットだけ持って出掛ける。


 城は街の中でも高台に作られており、城下町らしく城の周りに首都が制定されている。下段に行けば行くほど貧困層がいる。正確には中層に外との出入り口があって、下層に貧困層が住んでいる。


 帝国はヒエラルキーを明確にすることで秩序を守っている。もちろん下層の人間も能力があればきちんとした仕事に就けるし、中層に上がることはできる。ただ悪さをしたら首都からの追放か下層行きになって居場所をなくす。


 そういう処分を受けるとわかっているから帝国は秩序を保っている。今日は流石に下層には行かないが、中層には行けるようだ。


 上層は王族や貴族、それに貴族向けの上品なお店が多い。後は騎士団の屯所もあるくらいか。だから上層は目ぼしいところもなく中層に行くことにした。


 中層は一般階層でもあるために見所がたくさんある。一番身近な、民の生活を実感できるのはどう考えても中層だろう。


 人混みがあるためにセシルと手を繋いで歩く。そこは三歳児だからこそ、初めての外でもあるしどこかに勝手に行かないようにと首輪をつけられている気分だ。


 中層はそれこそ活気があって商業がはっきりとしていた。お店の前で客引きをしている人、買い物をしている人、目的のお店を探そうとぶらついている人。またこの光景を守ろうと巡回している騎士の姿も。


 繁栄している都市の姿だ。往年のドライグ王国よりも活気がある。お店も様々でお客を取り合っているらしい。


「アーク。どこか行きたいところはある?」


「……ご飯やさん?」


「あら。お腹が空きましたか?」


「うん」


 結構歩き回ったからお腹が空いたのは事実だ。それに庶民の食べているご飯というのは気になる。豊かさを一番示すのはその国の食事だ。食事が豊かじゃないとその国は衰退するという。


 八百屋とか肉屋を見ると国産よりドライグ王国から輸入された物が多い。やっぱ食べ物の豊かさはドライグ王国に勝てないか。まだ精霊があの国に手を貸してるだろうし。


 セシルに案内されたのは大衆食堂だった。酒場を選ぶ勇気はなかったらしい。そういうところでも良かったんだけどな。騎士以外にも怪物退治をしている冒険者もいるからそういう人たちを見たかった。


 まあ、この食堂にもそういう人は何人かいる。騎士みたいな軍服を着ていないのに剣やら斧やらを持ってる人間がいれば冒険者と判断して良いだろう。


 王国にもいたから見たことはあるけど、冒険者って中々食い繋ぐには難しい職業だと思う。怪物はそれなりにいるけど狩り尽くしたら仕事がなくなるジレンマ。その辺りは冒険者ギルドが調整しているらしい。


 よっぽどの怪物だったら俺に声がかかって出撃していた。そのせいで王国の冒険者の質は低いらしい。王国は自由を信条にしていたことと国が抱える軍事力がなかったために冒険者は自由であったと思うが、それが良いのか悪いのか。


 帝国はどうだか。騎士は騎士としての訓練を積めて、冒険者が国の安寧を守る。そういう区分ができるのはいいことだ。その代わり冒険者は国同士の戦争に基本は関わらない。冒険者が志願しない限りは民衆の避難や戦争中の怪物退治をしてもらうからだ。


 二人でテーブル席に案内される。メニュー表を渡されてどんなご飯があるのか確認する。お肉から魚に麺類までなんでもあるようだ。


「じゃあ、この魚の煮付け」


「煮付けなんて何かわかってます?結構味濃いよ」


「食べる」


「なら良いけど」


 ドライグ王国の魚だというから頼んでみた。セシルはお昼からステーキを頼んでいた。もしかしてメイドって質素なご飯しか食べていないんだろうか。パンも複数頼んでいたけど、大食いだったりする?


 セシルの接し方から歳の離れた姉弟として見られているだろうか。貴族とは思われていないっぽい。


 魚の煮付けは茶色いタレに浸かって出てきた。白身魚なんだけど、タレが濃すぎて魚が美味しいのかイマイチわからなかった。まあ、これも経験だよなと思って全部食べる。


 セシルなんてステーキをペロリと食べたと思ったらハンバーグをお代わりしていた。ご令嬢らしくないフォークとナイフ使いでニッコニコで頬張るセシル。セシルの食事風景を見るのは初めてだけどいつもこうなんだろうか。


 お会計はル・フェからお金をもらっているようでポンと払っていた。物価が変わっていなければ金貨を二枚使っていたような。金貨一枚で一般家庭の一日の食事代だったはず。そんなに食べたのか、ここが高いのか。前者だな。間違いない。


「お腹もそこそこ膨れましたね。次はどこに行きます?」


「そこそこ……?」


「買い食いも街歩きの醍醐味ですよ?」


「入らないよ」


 セシルは胃袋オバケ。彼女のペースで食べたらお腹を壊しそうだ。


 美味しいものを食べたからか、設定の口調も忘れている。


 本屋とかも気になるんだけど、一日で全部を歩き回らなくてもいいだろう。ル・フェも一日で帰ってくるとは思えないし。


 そんなことを考えながら人の流れに沿って歩いていると何やら騒がしくなってきた。というか、街で危険を知らせる大鐘楼が鳴り始めた。


 こんなの、俺がアイル帝国に来てから初めての出来事じゃないか?三年はなかった出来事だが、戦争でいきなり首都が襲われるようなことは基本ない。


 そうなるとこれは怪物の襲撃だ。


 中層の外にある堅牢な石レンガの壁の上に飛んでいるその怪物の正体は俺の目でも見えた。


 翼で飛ぶ、人間よりもよっぽど大きい赤い図体。人を丸呑みにできる強大な顎。そしてブレスを吐くことができる竜種にも分類される強力な怪物。


「ワイバーン……」


 冒険者でも一握りの存在しか倒せない化け物が二体も、こちらへ向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る