第3話 1−1−2 魔術の修練

 魔術の訓練は王城では行わない。ル・フェの工房で魔術の鍛錬を行うのだが、この工房は王城にあって王城にない。ル・フェの自室から魔術で繋がっている工房へ移動する。この工房には魔術を使える者か、ル・フェが招き入れないと入ることはできない。


 工房は空間が弄られているのか王城並みに広い空間になっている。研究室のような場所もあるもののそういう研究はまださせてもらえていない。今はひたすら魔術を使えるように数をこなしている状況だ。


 壊しても大丈夫なように広い場所で魔術の練習をする。俺がまだ三歳だからかル・フェも基礎魔術しか教えてくれないし、使わせようとしてこない。俺も実力がバレたくないからそれでいいけど。


 今日やる水の魔術は簡単な話、水を出して様々な形で制御するものだ。魔術師からすると基礎も基礎なのだが、魔術を使えない人間からすれば何もないところから水だの火だのを出すために恐怖の対象となる。


 知ってしまえばなんてことのないインチキなわけだけど。


「アーク。なんてことのない復習です。魔術師とはどういう存在ですか?」


「精霊のかごを受けたもの。精霊のちからを借りるもの。その総称です」


「よろしい。そう、魔術師が希少なわけは精霊に好かれるという大前提があってのこと。精霊に好かれなければ魔術の第一歩も踏み出せません。私のような例外もいますが、私と同列の存在が魔術師として名を馳せることは珍しいでしょう。精霊は世界に興味がありませんから」


 様々な人間が研究している魔術だけど、魔術を使える人間は精霊に属する人間だけだ。加護を授かったり、精霊の血を引き継いでいる人間。それくらいしか魔術は使えない。


 要するに魔術っていうのは精霊の真似事で、土台人間が使えるような技術じゃないわけだ。


 俺も前世で使えるようになった時に色々と世界のことを知ったけど、精霊の加護がなければ魔術に必要な要素を知覚できずに、操ることもできないっていうんだから酷い話だ。


 今魔術を研究している人たちには憐憫を覚える。使える人間がわざわざ自分のアドバンテージをバラすわけもないから、どこまでいっても閉鎖的な学問だ。


 ル・フェが魔術の第一人者として有名なのも、他の魔術師が誰も魔術の研究なんてしないからだ。だって研鑽するようなものでもないんだから。加護をもらったら自分にできることを自覚して、それで終わり。


 今の俺のように血によって覚醒した人間くらいしか修練なんてしない。加護をもらった人間の血縁も魔術を使うことができるからそういう人間は魔術の使い方を学ぶだろうが、そんな人間も極少数。そういった人向けの教科書なんて作る意味もないため、教科書なんて存在しない。


 ル・フェが魔術の第一人者として名を馳せているのは魔導書をいくつか作り出しているから。使い捨てながらも誰でも魔術を使うことができる魔導書は人間にとっては破格としか言いようがなく、これをもってアイル帝国での地位を得た。


 何でアイル帝国を選んだんだろうな。俺の国に来たヴィヴィが羨ましくなったんだろうか。


 精霊が世界に興味がないというのも、そもそも自我がある精霊の方が珍しいからだ。精霊は事象と言ってもいい存在で、ほとんどが存在するだけだ。時たま自我を持った精霊もいるが、そういう存在も世界のありのままの姿を愛したり、気まぐれで天変地異を起こして楽しんだりするだけで人間に関わろうとしない。


 ル・フェのように人間世界に紛れ込む方が珍しい。


「あなたは『湖の精霊』たる私の子・・・です。ですが子供とはいえ魔術を安全に使えるわけではありません。ですからこうして練習をしましょう。……くれぐれも、他の精霊の奸計に騙されないように」


「はい。ははうえ」


 奸計なんて言われても普通の三歳児にはわからないだろうに。ル・フェはこういうところで天然だよな。


 生前の知り合いでちょっかいをかけてきそうな精霊には心当たりがある。アルトリウスとして玉座に座る前にしていた旅で知り合った精霊だ。俺がアルトリウスだとわかったら突っかかってきそうだ。


 まあ、その突っかかってきた精霊の一人が目の前のル・フェでもあるんだが。


 それと表向き俺はル・フェの実子ということになっている。俺はそう聞かされているし、真実を知っている一部以外は全員そうだと認識しているらしい。俺が本当の子ではないと気付いているなんて知られたら、ル・フェはどうするだろうか。


 殺される、なんてことはないと思うんだけどな。わざわざ戦争をしてまで手に入れた戦利品だ。そんな簡単に手放しはしないと思う。


 だからこそ、ドライグ王国に帰るのは難しそうなんだけど。


「では、まずは水で球体を作りましょう」


「はい」


 魔術を使うのは簡単だ。世界にあるマナという目に見えないものを使ってイメージするだけ。難しい理論とか何もない。マナを意識してそれを水にしたい、球体にしたいと思うだけだ。


 マナを認識するのに精霊の加護が必要なわけだ。マナを使えるのは精霊と一部の怪獣だけ。それで人の国で研究なんて進むわけがない。


 世界のどこかには魔術師の集落もあるらしいが、そういうのは閉鎖的な場所だ。自分たちだけで技術を独占しているんだろう。


 空気の中にあるマナを手元に集める。そのマナで水をイメージして、さらに球体に留めるように思い浮かべる。するとあら不思議。俺の胸の前に拳ほどの水でできた球体があるではないか。


「よろしい。では数を増やしていきましょう」


「はい」


 徐々に数を増やしていく。マナがたくさんあればそれこそ部屋中に水の球体を作れるんだけど、ここはル・フェの工房の中だ。マナを制限されているのかそこまで作れない。


 今日作れたのは十三個。こんなものだろう。


「ふむ。純度も問題ありません。飲めるくらいに透き通った水ですね。形も綺麗に球状になっている。合格です。成形と量産については一流の魔術師と言えるでしょう。では逆に、この球体を全部マナに戻しなさい」


「はい」


 これくらいの基礎ならいくらでもできる。やろうと思えば池だって作れるんだから。


 さて逆となるとこれが難しい。マナから何かにするのは生前もやっていたから何も問題がないんだけど、物からマナに変えるなんて生前はやったことがなかった。戦闘の時は使ったらそのままだったし、開拓で魔術を使った時もそのまま変換して終わりだ。


 魔術なんて使っておしまいなことばかりだったから、これが難しい。前世の経験が活きないわけだ。


 マナを元に戻すなんて他の精霊もやってなかった気がする。そこはル・フェだからこそなんだろうな。ル・フェは精霊の中でもかなり上位の存在らしい。


 ヴィヴィからの受け売りだから詳しくは知らないけど。


 この変換作業も結局はイメージだ。水をマナに戻すことを意識するもののマナがどういう状態で空気に漂っているのか正直知らない。ル・フェも知識として教えるより感覚で掴むことが大事だって言うから自分なりに考えるしかない。


 自分の感覚に従って戻していくものの。


「あ」


 べしょりと、二つほど球体が床に落ちた。変換をミスして水のまま球体を維持できず落ちてしまった。


 やっぱり全部は難しいな。


「二個なら及第点でしょう。精霊でも正しくこの変換を行なっている者は少ない。では次、滑らかな水の渦を作りなさい」


「わかりました」


 それから水で色々なものを作っていった。細い糸状の渦を作ったり大渦を作ったり、槍や剣のような武器を作ったり動物を形作ったり。とにかく指示されたものを作っていった。


 俺が水の魔術が得意というのは嘘ではないらしい。これと同じことを火や風、土の魔術でやることは無理だ。生前から水の魔術が得意だから俺の家系は多分水属性が得意なんだろうな。


 魔術の修練はどれだけやっていただろうか。ル・フェの言葉通りにやっていると終わりの時間を迎えたらしい。


「今日はここまでとします。お疲れ様でした、アーク。やはりあなたは水の魔術の才能がある。さすがは我が息子です」


 そう言って俺の頭を撫でてくれるル・フェ。その表情は慈母のような、本当に子供を褒める母のような姿だった。俺はそれを黙って受け入れる。


 この美しい女性が戦争を起こして前世の俺を殺して死体を手に入れて、産まれたばかりの赤子を奪った存在だなんて絶対他人じゃわからないよな。この光景だけなら息子に魔術を教えるただの母親なんだから。


 ここで無邪気な子供アピールをしておくか。


「ははうえ。僕がこうして頑張っていれば、ちちうえも褒めてくれますか?」


 この質問にはル・フェの表情も凍る。


 俺にとっての実の父親はロホルだ。そのことを話すわけにはいかず、もう亡くなったという設定にしているためにル・フェは言葉を選ぶ。


「……ええ。きっと褒めてくれます。なにせあなたは自慢の息子だもの」


「そっかぁ。うん、僕頑張るよ」


 亡くなったとかのことがよくわからない子供のフリをする。母親に報いたい、父親に褒められたい。そんな純真な子供を演じる。


 演じるしかできない。ル・フェを騙すためにも。彼女の願いを叶える・・・・・・・・・ためにも。


 工房から出てメイドのセシルと合流して三人で食堂に向かってお昼を食べる。お昼を食べ終わった後はル・フェは王城で宮廷魔術師としての仕事をする。その間に俺は文字の勉強をしたり身体を動かしたり、その日によって違う。


 衛兵に見てもらいながら剣を振るうこともある。案外ル・フェは俺が剣を振るうことを許可している。ル・フェが戦場に行くこともあるようでその時最低限動けるように鍛えておけということなんだろう。


 王子たちのように毎日訓練があるわけじゃなく、俺的には運動不足に感じられるけどこの小さな身体で動きすぎたらすぐ疲れて寝てしまう。朝早く起きているから夜は早く寝てしまう。夜遅くまで起きていられないんだよな。


 いや、でもそれを考えても俺の今の睡眠時間は長すぎる気がする。十時間以上寝ているから寝すぎじゃないだろうか。お昼寝も含んだら一日の半分以上寝てることになる。それはおかしいんじゃないだろうか。


 もしかしたらル・フェが俺に催眠魔術を仕込んでいる可能性もある。そういうのを仕掛けられていたら俺は気付かないし、抵抗もできない。やられてる可能性はあるな。


 今日は文字やアイル帝国の歴史についての勉強だった。文字はともかく、歴史なんてこんな歳から勉強しても身につくんだろうか。


 食事の後にお昼寝をしてその後に勉強。勉強をして二時間ほど経ったら終わり。その後は夜まで自由時間で、夜になったら夕飯とお風呂に入って早めに寝てしまう。


 ル・フェが夜に何をしているのか調べようと思ったこともあったけど、深夜まで起きていられなかった。セシルかル・フェのどちらかに寝かしつけられてそのまま寝てしまう。


 王城の外に出るか、夜に調査ができればな。もう少しやれることが増えるんだが。どうにか外に出られないだろうか。

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