俺の勇気の結末

『何を……言っている……?!』

「いーや本当に何言ってんのガス!」



「……いや、アレでいいんだ。兄貴の本当の気持ちは、呪いとして言葉に起こされる……つまり、アレが兄貴の勇気なんだ!!」


「…………へ?」







「そうだ! 俺は、俺はこのスライムを、名前も知らないこの娘を嫁にもらいたい!


 ……サナ! 魔族と人間って、交配できたよな?!」


「ええ、もちろんできるけど……って話が早いわっっっっ!!!!」

『こう、はい……?……っ、まさか本当に、私と……!』



 身体に力を込め、そのスライムの身体から、無理矢理にでも脱出する。


 ヌメヌメの粘液に包まれたままの口を開き、死をも覚悟で言ってみせた。



「……そうだ……よく聞け、固まった糞みたいな色したドラゴンさんよっ!


 俺の名はガス! コイツを……嫁にもらって、コイツのおっぱいをコレでもかと揉みしだく、勇者の名だっ! その身に刻め、俺の名をっ!!!!」





『……そうか。

 我に歯向かうと言うのか、貴様らは』


 うぇ、マジかよ。


「喋ったぁっ?!?!」


「そこのスライムがさっきも言ったでしょ、コイツは喋るって!

 ドラゴンとは言え、喋らないなんて常識はコイツには通用しないのよ!」


「兄貴……俺たちでコイツを倒す……そう言うことですか?!」





「…………ああ、倒してみせるさ。

 依頼内容は、ダンジョンに巣食う凶悪モンスターの退治! そう言ってたよな!


 ……やってやろうぜ、俺たちでっ!」





 俺たちの気分は最高潮に高まったところで、ドラゴンは言葉を続ける。喋らないんじゃなかったのかよ。


『しかし、フォルスも使えないな、こんなものらまで連れてくるとは……』


『……し……しかしルイレ様、私は……』


『もう良い、貴様の戯言は聞き飽きた。ここは我が出る、貴様の処遇はそれからだ。我の平穏を乱しおって……!』





「おぉいおい、こんないい子になんてこと言ってくれてんだよ、ルイレさんよおっ!」


「……ガス、アンタ別にそこまで強いわけじゃないんだから、そんな強がるような言葉言わないでよ、本当にアンタ死ぬわよ?」


「ソレでも構わない。ソレでも、俺はこの子の前ではカッコつけたい。……もしよければ、どんな形でもいいから、アイツのトドメは俺に刺させてくれ。


 ……コレは戦いだ」







 こちらを見つめていた2人の顔が一転、笑顔へと変わる。

 まるで俺を完全に信じきったような、そんな顔に。


「兄貴……そうですね、今の兄貴はカッコいいです!……俺の今までに見てきた中で、一番に!」


「覚悟の決まったその目、私はそれを、他人の目で見たことがある。


 ……本気でそう思ってて、本気でそう言ってて、本気でそんな覚悟があるのなら———この私も、本気を出してやろうじゃないのっ!」


 戦闘体制は整った。

 ドラゴンは、狭い部屋の中に羽根を広げ、今にも襲いかからんと雄叫びを上げている。



 ……戦闘、開始だっ!



「私1人で倒せ、と言うのなら簡単!……でも、貴方に決着を委ねろ、と言うのなら話は別。


 ……この杖を持っていって。私の杖、この杖には既に魔力がこもってて、貴方が念じればすぐに氷魔法が発動する。3回までだけどね。


 ……それだけじゃなく、持っている間は貴方の魔術をサポートしてくれる!


 頑張ってね、コレは私からの応援の気持ち! 貴方の手で決着をつけて、貴方の手であのスライムを堕としてやりなさいっ!」


「……ああ!」





『グオオオオオオオッ!!!!』


 ドラゴン———ルイレの雄叫びが、古びた石の大部屋を揺るがしながら反響する。


 あまりの大きさと威圧感に、さすがの俺だってちょっと怖気付く。……が、目の前に俺の堕とすべき人(?)がいるんだ。



 負けられねぇ……絶対に!


「うおおおおおっ……!」


 ルイレの周りを走り回る。崩れた瓦礫の山をかき分け、必死に足場を見出しながら走り続ける。……が、そんな動きもヤツの前には無力同然だ。


『炎々の地獄を思い知れっ!』

「喋るんかいっっっ!!!!」


 そうは言っても非常事態だ、ルイレの口は俺の真上にて完全に開かれている。

 数秒後———2秒後くらいには、俺は既に灰になって死んでいるだろう。……だが、俺にはソレを防ぐための策がある……!








 熱い———なんて感覚は、すぐに忘れ去った。

 なぜなら、俺がその炎に対してかざしたものは———杖だったからだ。



『な……何だコレは……貴様、どこからこのような魔力を……っ?!』


「はーーーっ! お前話聞いてなかったのかよ! 3回ポッキリの氷魔法だよバーカっ!」


『な…………っ、貴様我をコケに……』




 そんなことをヤツが口にしている間に、俺は既にヤツの背後まで回り込んでいた。

 ……本当に、力だけはあっても、つくづく頭が足りない奴らだ。


「お前の脳みそぉ……っ!」


 自らを魔術で編み出した風に乗せ、部屋の中で大きく飛び上がる。



「ホントはスイカよりちっさいんじゃ———、ねえのおぉぉぉぉぉぉぉおっ!!!!」


 落下の勢いに任せ、鱗の隙間に杖を刺し込む。……後は、念じるだけだ。




錬成開始ビギンズクラフトッ!

 侵食凍結、グレイシアフリーズ、クリスタルッ!!!!」


『グオオオオアアアアアッ! 身体が……結晶に包まれて……っ!』


「終わりだよ、お前はぁっ!!!!」



 ルイレの鱗の裏、皮膚の、肉の底から、全てを突き破って現るるは血塗られた氷の結晶。

 本来透明なはずのそれらは、濃く赤みがかっていた。





 ……ふう、終わった……な。

 ようやくだ、ようやく、俺の想いを伝える時がやってきた。既に伝えた気もするが仕方ない、このままじゃ何もかもが台無しだ。



 ……だから。







「……兄貴! まだ終わってない、まだ生きて———いや、これは……?!」


 


 そうジェールズが口にして。

 振り向いた時には、もう遅かった。



「———はっ!」


 放たれた火球。杖を振るのも間に合わず、もう終わったと思いかけた一瞬で、事は進んでしまった。



『ん……んぐぅ……っ!』


 火球と拮抗していたのは、半ば透明な液体に姿を変えた女———フォルスだった。



「おい、おい! 何してる、そのままだとお前が死ぬぞ!」


「えぇっ嘘でしょ、何で貴女がわけよっ!」




「おい……おいっ! そこから離れろ、お前が死んじまうっ!」


『…………いい、の』


「なんでっ!」




『ルイレとは……半ば、脅迫を受けたような関係性だった。…………でも、そんなのは……イヤ、だった、ずっと……


 だから、と、そう思った……から……』


「ガス、逃げて! フォルスの想いが無駄になる前に———、きゃあっ!」

「うわあぁぁあああっ!」



 逃げよう、と足が動いた瞬間、爆裂した火球の衝撃波により、足場が崩れ去った。




 崩れ、落ちゆく瓦礫の隙間に。

 力なく解けてゆく、彼女の面影が見えた。





「……俺…………は、っ、諦めねぇっ!

 勇者とかガラじゃねえし、今の俺はカッコ悪いし、めっちゃ惨めだけど、諦めたりなんてするかよっ!


 だから、もう一度———俺を、空へっ!」



 杖と連動し、俺の風魔術は共鳴する!

 その威力を、元のソレより遥かに増大させ、ダンジョン内の全てをも吹き飛ばす、上昇突風となる……!!


「待ってろ……テメェのところに、今行ってやる……っ!

 そのスイカ頭、今度こそ完全に凍らせてやるよぉっ!!!!」

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