少女の選択

「本当に……本当に貴方が私の父様なの?」

私は、神様の子供なの?と水月は、信じられ無い様子で青年に問いかけた。

『本当だよ。僕は、〖月〗。今、あそこで綺麗に輝いている月の化身であり神……』

そして、先ほどまでのふざけた態度など、まるで感じさせない真剣な面差しで水月の頭を優しく撫でた。もう、彼の瞳は金の星の色でなく少女と同じ、青い星の色をしていた。

『人間の母と神である父を持つ君は、今居る地上と僕が住んでいる天界のどちらでも生活出来る2つの居場所があるんだよ』

どちらを選ぶ?、と青年-父親は少女に問いかけた。

すると、意外な言葉が帰ってきたのだ。

「〖天界〗?で暮らすとしたら、母様はどうなっちゃうの?」

置いていくなんて嫌だよ、と少女は必死に父親に訴えかけた。

『落ち着いて、水月。母様は、先に天界に行って待っているよ。なんたって、僕の大事な人だからね。勿論、君も』

だからね、母様の魂はもう天界に居るんだよ、と父親は少女に言った。


『さぁ、君はどうする?地上を選ぶなら必要な物を全て揃えるし、天界で共に暮らすなら手配しよう』

………………………

「…わた…しは…………」

少々の沈黙を破ったのは少女の声であった。

「私は、ここで暮らしたい」

苦しみながら絞り出した答えを少女は口にした。

『本当にいいのかい?きっと辛いものになると思うよ』

どちらを選ぶ?と聞くものの、もう一度考えさせるように父親は言う。

「いいの。だってこの地上は、母様が愛した場所だもん」

そんな話は、父親から何も母親からも聞かされていないはずなのに、水月はどこか確信めいた様子であった。

『なんでそう思うんだい?』

出で立ちこそ青年のもののはずなのに、青い星の瞳からは慈愛に満ちた視線が少女へと注がれる。

「だって、母様も父様と婚姻を結んだのだから天界で暮らそうと思えば、そっちで生活出来たのでしょう?それでも、こっちに残ったってことは、それだけこの地上が好きだったってことだと思うの。だから、私はこの地上をもっと知りたい。でも、それも寿命が続く限りしかできない。だからね父様、私が命尽きたとき、私のことをまた迎えに来て。そうしたら、天界でいっぱいお話をしてあげるの。そして、三人で幸せに、今度こそ家族で幸せに暮らせるよね」

先程まで、かつての光を失っていた少女の青い瞳は星のようにきらきらと輝いていた。まるで、これからの未来に希望を見出したように。


『そうか、分かったよ。君が命尽きるとき、今度は母様と共に迎えに来よう。』

そう言って、父親は水月に片手で容易に包み込むことができる水晶を手渡した。

「これは?」

ただただ、疑問に思った事を少女は口にした。

『自らの行く先に、希望を見出した娘への選別だよ。これはね、特別なもので僕とは言葉を交わすことこそ出来ないけど、君が困った時、行く未来を示し出してくれるだろう。そうそう、ここ数日の食料や衣服は家の中に用意しておいたよ』

「っいつの間に……」

いつ準備したんだ、と少女は驚いているが、父親はそれにかまう様子もなく、

『……あとは、君次第。きっと、その瞳で苦労すると思うけど、これだけは覚えておいて。〖父様と母様はいつでも君のことを見守っている〗ということを…………。』

そう言って、〖月〗と名乗っていた水月の父親である青年の姿は、光の粒となって少しずつ消え始めていた。

「まっ…………」

待って、そう少女は呼び止めようとすると、光の粒と化した青年から声がした。

『今まで、辛い思いをさせてごめんね……………………』

その声の〖ごめんね〗という言葉の余韻が消える頃、青年の姿を形どっていた光の粒子たちも天へと上りながら消滅していっていた。


それと同時に、光の粒子を追うようにどこからか湧いてきた蝶が、美しく月の光を放つ白い不思議な蝶が、はらはらと舞っていた。


望月に向かって、上る光の粒子。そして、それを追うかのように瑠璃色の夜空を舞う月のような蝶。

それはまるで、〖月〗と名乗るあの青年が着ていた白色の衣に金の糸で描かれていた月と蝶のようであった。


蝶は、光の粒子が消滅してもなお、月明かりの下を舞い続けた。


それこそ、月の使者とも捉えることが出来るそれは〖月を飛ぶ蝶のよう〗であった。

それは、とても楽し気で、希望に満ち溢れていた。




少女のこの先の行く末が、どうかこの〖月を飛ぶ蝶のように〗明るく、楽し気で、希望に満ち溢れていることを、ただ願うばかりである。


〖完〗

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