少女の知らない母

「〖どっち〗って?私は、ここでずっと暮らしてきたんだよ」

 私には、母様が眠るここにしか居場所がないんだよ、と今にも大粒の涙が零れてしまいそうに、目元に涙を溜めて、口元を歪める。

『あぁ、そこからか。君は璃歩りほから何も聞かされていないんだね』

 〖璃歩〗それは、少女の母の名であった。

 そして、青年は視線を少女の母親の墓に落とし、ぽつり、ぽつりと今にも涙が頬を伝うような〖哀しい〗という言葉が相応しい顔で思い出を語り始めた。


◇▲◇▲◇▲◇▲◇▲◇


 璃歩という名の少女は、水月と同じく孤児であった。

 ただ一つ、違ったことというと普通の〖村〗で育ったということぐらいだろう。

 少女は、1人ながらも村の人々に支えられながら、幸せに日々を暮らしていた。


 それこそ、彼女が16の年を迎えるまでは。


 彼女がこの世に生まれ落ちて約16年、彼女が暮らしていた村で飢饉が発生した。

 例年、収穫できたはずの農作物は神からの天罰のような豪雨によって駄目になってしまった。

 収穫の時期である秋を過ぎた冬では作物は育たず、飢饉はより一層酷くなったのだ。


 そして、ある時。

 村でとある噂が広がった。


『璃歩が災いを呼んでいるのではないか?』と。


 根拠は、存在しない。

 必要もない。

 ただ、当時の飢饉の苦しさに対する怒りを村人達は何かに当て散らかしたかったのだろう。

 偶然、璃歩が村に住み始めた頃、少しづつ不作が進んでいっていたことも要因であった。

 そして、災いを呼んでいる。つまり、神の怒りを買っている璃歩を神に献上し怒りを収めよう、と村人達は考えたのだ。しかし、そうなっていることなど璃歩には、知るよしもなかった。


 そう結論付けた村人達の行動は、早かった。

 璃歩には、『皆が困っている。神に嫁ぐ者を探しているが、生憎、この村には今、年頃の女子おなごが居ない。頼まれてくれないか』と彼女の良心を利用する。

 勿論、何も知らない璃歩は『それぐらいで、この村に恩返し出来るなら』と泣きながら花嫁生け贄になることを了承した。


 ここに、村人達の良心は無かったのか?という疑問が浮かぶものだが、飢饉で疲弊しきった村民は、まずは人の事より自分事をという人間本来の本能に理性が負けてしまったのだ。


 そして、璃歩が嫁ぐ日。

 その日も、望月が美しく輝く良い秋の日であった。

 しかし、璃歩が居るのは、その月明かりが全く届かない洞窟の奥地である。

 どうも、その洞窟は神が宿ると信仰されている場所であった。


 少女が、身に纏うのは純白の花嫁衣装ではなく、いつものボロ布を織った丈の合わない着物。

 髪も、枝毛ばかりで手入れがまるでされていない腰辺りまでの黒髪。


 もう、何時間ここに居るのだろうか。

 村の人達に持たされた高価な蝋燭も、もう使いきってしまった。

 何も見えない。聞こえない。

 〖怖い。〗

 でも耐えなくちゃ。

 耐えなきゃ。

 村の人達に、恩返しが出来ない。


 そう彼女が、自分の弱った気の持ち用を奮い立たせようとした時。


『あーぁ、かわいそぅに。』

 その天女とも思える男性の声は、君は、なぁーんにも悪くないのにね、と緩い口調で璃歩に話し掛ける。

 すると、その声の人物は姿を表した。

 暗闇で、璃歩には何も見えないはずなのに。

「ぁなた、誰?」

 その姿はというと、髪色も瞳の色も村の人達とは全く異なるものだった。

 髪は、月の柔らかな薄い金を落し混んだような色。そして瞳の色は、〖青い星の色〗。

 そんな容姿の、美しい出で立ちの璃歩と同い年程の青年は、青い星の瞳が収まるその目を、まるで愛しいものを愛でるように細めて、

『僕は、〖月〗。まぁ、神様だよ。ねぇ。もう、いっそ僕の花嫁になっちゃう?』

 〖月〗と名乗った青年は、口調こそ冗談めいているが、真剣な眼差しで璃歩に言った。


 …………


 これが、水月の母-璃歩と月の出会い。


▷▶▷▶▷▶▷


 そこまで語った、水月の父と名乗る青年は彼女の母が眠る土の上に手を置き、視線を落としたまま膝を付いていた。


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