第91話 押し寄せる者たち

 四人は、ゴブリン達がいなくなった部屋で、地面に座り込んで話をしている。ごつごつとした岩の壁には苔が広がっており、部屋の壁に灯されたかがり火によって照らされている。


 「とりあえず。それぞれの戦い方が見えてきたな。飛鳥の拳銃での射撃と如月さんの千本を使った攻撃は遠距離の方がいいだろう。ここから先は二人は後衛を務めてくれ」

「はい」

「わかりました」

社長の言葉に飛鳥とみずきはうなずく。


「俺の槍での攻撃は一応投擲もできるが、近距離での戦闘の方が適しているからな。俺は前衛をやるよ。颯太は、まあいろいろできると思うが、この中では間違いなく一番強いから前衛を務めてくれ」

「わかりました」


 ダンジョン内をパーティで探索する場合は隊列を組むことが多い。戦闘が得意な者が前衛を務め、補助的な役割をするものが後衛を務めることが一般的だ。そのため社長の采配は理にかなっていると颯太は感じた。


「よし、そろそろ先を急ぐか。まだ目的の階まではしばらくあるからな」

「そうですね」

社長の声に合わせて三人は立ち上がり、ダンジョンの奥に向けて歩き出そうとした。

その時、急に、ダンジョンの奥からものすごい叫び声が聞こえてきた。


「グオォォォーーーーーーーーーーーー」

叫び声は何重にも重なり響いていてどんどん大きくなってくる。また、ダンジョン全体が揺れているのではないかと感じるほどの揺れが足に伝わってきた。


「なんなんだ⁉ あすか!」

「はい!」

 社長に呼ばれるとすぐに飛鳥はオーラを展開させ、ものすごい怒声が響いているダンジョンの奥にオーラを伸ばしていく。すると飛鳥は急に深刻な顔を浮かべて叫んだ。

「ゴブリンの群れがこちらに向かっています。すごい数です!」


 飛鳥が叫ぶと同時に、ゴブリン達は颯太たちがいる広間に押し寄せてきた。それはもう、緑の生き物の巨大な塊にしか見えない程であった。


「嘘だろ!! 近くに巣があったのか! しかもこの数、なんて巨大な群れだ! こんなの見たことないぞ! 百……いや、二百はいる! しかもジェネラルゴブリン達までいるじゃないか! とても戦ってられない! 逃げるぞ!」

社長は焦ったような表情を浮かべながら叫んだ!

 

 ゴブリン達はダンジョン内でよく見かける魔物であったが、群れと出くわすことは稀であった。一体一体はそれほど強くないゴブリン達であってもその数が膨大になると話は別である。颯太も「ゴブリンの群れに出くわした時は逃げるのが鉄則」と高校の授業で学んでいた。しかもゴブリン達の中にはB級魔物と値する巨大で強力な「ジェネラルゴブリン」までいた。社長の指示は的確であると言えた。


 颯太たちは、すぐに、オーラを発動させると、先ほど降りてきた階段の中に逃げ込んだ。幸い、ゴブリン達より一足早く階段内に入ることができ、攻撃を受けた者はいなかった。


 魔物は、階層を超えて移動することができない。これはダンジョン内の常識であった。見えない結界にでも遮られているかのように、押し寄せてきたゴブリン達は階段のすぐ前でうごめいている。何体かのゴブリンは恨めしそうな顔をしながら、階段のすぐ上にいる颯太たちを見ている。


「ふう。危なかったな」

社長は額の汗をぬぐいながらそう口にした。


「びっくりしたー」

「危なかったですね」

飛鳥とみずきもかなり焦ったようで、額に汗を浮かべている。


「まさかこんな低い階層でゴブリンの群れに出くわすなんてな。さっき逃がした奴が呼んできたんだろうが、運がなかったな」

「すごい数でしたね」

社長の言葉に飛鳥が答える。


「でもどうしましょうか。この先に進めなくなってしまいましたね。ゴブリン達って、しばらくいなくならないって言いますし」

飛鳥は困ったような顔をして言った。


「うーん……。そうだな。あいつらはしばらく動かないだろう。ゴブリンは執着がすごいからな。一度狙った獲物は絶対にあきらめないと言うしな。このルートは諦めるしかないだろう。あの数じゃあな。一つ上の階に戻って別のルートを探そう」

そういうと社長は上に向かって歩き始めた。それに続いて飛鳥とみずきが歩き出した時、颯太は言った。


「社長、戦ってもいいですか?」

「えっ? あいつらとか? あの数だぞ?」

 社長は驚いたように振り向いた。飛鳥とみずきも同様い驚いた顔をしている。

「はい。ちょって試してみたい技があって……、多分勝てると思うので」

「大丈夫か? 二百体以上いるし、ジェネラルゴブリンもいるぞ。お前の力を信じていないわけじゃないがあの数だぞ?」

 社長は珍しく不安そうな顔を浮かべている。


「大丈夫です。やらせてください」

颯太は楽しそうな笑みを浮かべ社長に訴える。


 多数のゴブリン達を前にしても颯太の心には少しも不安は浮かんでいない。むしろなぜ戦わずに逃げなきゃいけないのかという気持ちの方が強かった。浮気調査ばかりこなしてきた颯太にとって、ダンジョン内での仕事は、待望の仕事であった。早くダンジョンの地下へ進んでいき、もっと探索したいという思いでいっぱいだった。


「そ、そうか。気をつけろよ。俺らはここから見てるからな」

 颯太の自信ありげな表情を見て説得をあきらめたのか、社長は同意してくれた。


「ちょっと、大丈夫なの? さっきの数見たでしょ」

「颯太君、平気?」

荷物を階段に置こうとする颯太に飛鳥とみずきは声をかけてくる。その表情には明らかに不安の色が浮かんでいる。


「平気だよ」

 二人の心配ありがたかったが、どこか面白くも思える。そこまで心配する理由が颯太にはわからなかった。

「怪我したらすぐに戻ってきなさいよ。治療するから」

「無理しないでね」

「ありがとう」


 心配する二人の横で颯太はリュックから三本のペットボトルを取り出し口を付けた。一つめは「緑茶」。飲むと防御力強化四倍のスキルが発動する。次に飲んだのは「紅茶」。飲むと火属性スキルが発動する。最後に飲んだのは「コーン茶」飲むと飛行スキルが発動する。


 三本のお茶を飲んだ颯太は、オーラを発動させると、階段を駆け下りていき、勢いよくゴブリン達の群れに飛び込んでいった。








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