第90話 それぞれの戦い方 みずき 

 颯太が残りのゴブリンの方に顔を向けると、わずかな時間で七体の仲間が倒されたからか、信じられないようなものを見るような眼でこちらを見つめていた。

 颯太と目があった瞬間、三体のうちの二体はものすごい勢いで駆けだし、部屋の壁に空いていた五十センチメートルほどの横穴に入って行った。しかし、一体は雄たけびを上げると右手のナイフを持ち、こちらに向かって突っ込んできた。


(仲間が一瞬で倒されたのに、まだ突っ込んでくるのか話には聞いていたけど、ゴブリンって本当に知能が低いんだな。逃げた二体が正解だよ)

 颯太は迎撃態勢を取りながらそんなことを考える。颯太は、性格的に、自分より弱いものに対して一方的に力を行使するのは好きではない。通常だったら、生き物に対して攻撃するのは気が引けてしまう。しかし、以前のウサギ狩りの際に社長に聞いた「ダンジョン内の魔物は生き物ではない。ただの魔力の結晶体だからためらわず倒していい」という言葉を思い出し、倒す覚悟を決めた。


 しかし、突っ込んでくるゴブリンが颯太の三メートルほど前まで来たとき、ゴブリンは急に床に倒れた。苦しみながら口から泡を吐いたと思ったら、光と共に消滅していった。


「えっ? みずきちゃん?」

「なんだ今の?」

 飛鳥と社長の驚いた声に颯太が振り向くと、みずきは右手を前方に突き出し立っていた。何かを投げた後の体勢の用に見えた。


「えへへ、久しぶりだからちょっと心配だったけど、うまく言ったでしょ?」

 みずきは小さく微笑みながら颯太を見ている。


 颯太は、ゴブリンが消えた場所をもう一度見ると、そこには十センチメートルほどの細い針のような金属が落ちていた。


「千本か、みずきがこれを使うの久しぶりに見たよ」

 千本は忍者が護身用に持ったとされる暗器の一種で、一五センチメートルほどの細い金属の針を投げたり突き刺したりして攻撃する武器である。颯太はみずきが高校生の頃、よくこの武器を使っていたのを思い出した。最も、みずきが戦闘訓練に参加していたのはスキルが発動する二年生の一学期の頃までで、レベル七の治癒スキルが発現してからは、戦闘訓練に参加することはなくなり、千本を使う場面は見なくなったが。


「すげえな! ゴブリンの額に正確に突き刺さってたぞ! 良いコントロールだ!!」

「ホントだよ! みずきちゃん、こんなこともできるんだね! びっくりしたよ」

 みずきの実力を見て、社長と飛鳥は興奮した様子だ。


「あ、ありがとうございます。投げる練習だけは死ぬほどやったので、今の距離ぐらいだったら確実に仕留められます」

 褒められたみずきは少し恥ずかしそうにしながらそう答える。


「ただの千本じゃないんだろ? 死ぬ間際に泡を吐いてたぞ?」

 颯太は、地面に落ちている千本のそばに立ちながらそう口にする。


「うん。致死性の毒が塗ってあるから触ったらだめだよ」

「へぇ、毒まで塗ってあるのか、すごいな。自分で毒は作ったのか?」

 みずきの言葉を受けて、感心したように社長がつぶやく。


「はい、そういうの作るのは得意なんです。一応今使った、致死性の毒の他に、麻痺させる毒や、眠らせる毒の千本もありますよ。最も、ランクが高い魔物には効かないかもしれないですけどね」

 みずきは瞳に怪しい光を浮かべながらそう口にすると、颯太のそばまで歩いていき、落ちている千本を手袋をした手で採り、黒い入れ物にしまった。


「そ、そうなのか……、いやー驚いた! 治癒以外でも十分戦力になりそうだな。流石だ!」

 社長は少し怯えたような様子だ。

「強力な治癒スキルもあるのに戦闘もできるなんてみずきちゃんはすごいなぁ」

 飛鳥は、心から感心した顔をしている。


 みずきは、飛鳥の言葉に笑顔で答えると、颯太のそばに近づき、耳元に顔を寄せてきて口を開いた。


「もし、私と飛鳥さん以外に女を作ったら、千本、刺しちゃうからね」

「そんなことあるわけないだろ!」

「冗談だよ」

 耳元から離れたみずきの顔は笑ってはいるが颯太にはみずきが言ったことが冗談だとは思えなかった。


 こいつなら本当にやるかもしれない。浮気なんかするわけないけど。誤解をされないように気をつけなきゃな……。離れていくみずきの後姿を眺めながら颯太は気を引き締めた。


 


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