第84話 二人の作戦
しばらくして、颯太はみずきから離れた。なんか、感情的になって抱きしめてしまったのが今更恥ずかしくなってくる。
ふとみずきの方を見ると、幸せそうに笑っている……。その笑顔を見ていると、嬉しさと同時に自己嫌悪の感情が浮かんでくる。
そんな颯太の小さな心の変化を見抜くかのように、みずきは急に真面目な顔を向けてくる。
そして、「飛鳥さんとの間に何かあったんでしょ。私に何か言うことない?」
と尋ねてきた。
みずきの全てを見透かすような視線が颯太を射抜いてくる。その瞳を見て、正直に話すしか選択肢はないことを察した。
颯太は、正直に自分の思いの丈を吐露した。
告白をされたこと。みずきのことと同じぐらいら飛鳥を好きなこと。大切に思っていることなど、包み隠さず話した。
(自分で言っていて改めて思うな。俺は最低だ! クソ人間だ! 本当はみずきや飛鳥さんみたいな人のそばにいていい人間じゃないんだ……。ごめん、みずき……)
颯太の心には怒涛のように自己嫌悪が押し寄せてくる。自分だったらこんな男とは絶対に付き合わない。みずきだって同じだろう。
そう思いながらみずきの表情を恐る恐る見た。
目の前のみずきは女神のように優しい微笑みを浮かべていた。そして、
「正直に言ってくれてありがとう」
と口にした。
全力で罵倒される、いやむしろ殴られることまで颯太は想像していたため、呆気に取られてしまう。
「えっ? 殴らないの?」
「ちゃんと正直に言ったからね。嘘ついたり誤魔化そうとしたりしたら殴るつもりだったよ」
颯太は正直に言ってよかったと心から思った。
「その目の下のくま……。どうせ颯太のことだから、自己嫌悪にでも陥って悩んでいたんでしょ! それでキャンプだって延期してもらったんでしょ? 」
「なんでそれを……」
「だってもう飛鳥さんと私は友達だもん。結構連絡取り合ってるよ」
「そうなんだ」
(どういうことだ? なんでみずきと飛鳥さんがそんな近しい関係に? いつの間に? もうわけがわからないよ……)
颯太は顔には出さなかったが、心の中は混乱を極めていた。
「よし! じゃあ、今から飛鳥さんの家に行くよ! 玄米茶買ってきたから早く飲んで!」
「えっ? 今から行くの? なんで?」
しかし、みずきはさらに驚くことを言ってくる。颯太はもう意味がわからない。完全についていけない。
「いいから! 早く飲んで! はい」
みずきは玄米茶が入ったペットボトルを鞄から取り出し、蓋を開けてから渡してくる。
颯太は仕方がなく、玄米茶を口にした。そして、みずきに促されるまま飛鳥の家に向かって瞬間移動スキルを使った。
部屋に着くと、飛鳥がベッドに腰掛けて待っていた。飛鳥は濃いネイビーのデニムのスカートを履いている。上には白いTシャツを着ていた。シンプルな組み合わせだったが、とても似合っていた。
「飛鳥さん……」
「颯太くん。待ってたよ! みずきちゃんありがとう」
飛鳥はいつもと同じように穏やかな笑みを向けてくる。
「さあ颯太! 自分の正直な気持ちを言いなさい。心の中にあることを全て!」
「颯太くん。全部話して」
ここに来てようやく颯太は二人の意図を理解する事ができた。
(二人は俺に話をする機会をくれたんだな。今の関係を解決するために。ありがたいな……)
颯太は二人の意思を汲み取り二人に感謝する。同時に女々しく悩み続けている自分を恥じ、覚悟を決めた。
(どんな未来になっても俺は、この二人を一生大切にしていこう。嫌われても、拒絶してもしょうがない。思っていることを全部言おう)
颯太は思いの丈を全て話した。
自分を最低だと思っていること、異常者だと思っていること。でも、どんなに考えても二人のことが好きだと言うことを。
そして最後に、
「飛鳥さん、みずき。こんな自分で本当に申し訳ないです! でも、これが偽りのない本心です」
颯太は土下座をして謝罪をする。
「二人と付き合って良いよ」
「えっ?」
みずきから聞こえてきた声は信じられないものだった。
「私とみずきちゃん。両方と付き合って良いんだよ?」
「えっ?」
飛鳥もそう口にしてくる。
思わぬ返事に理解が追いつかない。刺されても仕方がないと思うほどの状況なのに。二人の声はどこまでも穏やかだった。
颯太が土下座の態勢から顔を上げると、
「颯太が本気で私たちのことを想ってくれているのがわかるし。そのことで自分のことを責めているのもわかるよ」
「颯太くん。もう悩まないで良いよ」
みずきも飛鳥も優しい眼差しを向けてくる。その表情を見ているとなんだか目頭が熱くなってくる。
「えっ? でも、将来的には?」
「重婚制度が何年か前にできたでしょ? あれを使おう」
飛鳥が答えた。
「えっ? 重婚?」
何年か前にニュースで見た気はしたが、自分には全く関係がないと思い忘れていた。
「本気で言ってるの?」
颯太は尋ねる。
「うん! 私たちはもうそのつもりだよ。ねぇ飛鳥さん」
「はい」
「……」
颯太は二人の優しさに感動する。自然と涙が溢れてきてしまい、何度も手で拭う。
「みずきと飛鳥さんは、本当にそれで良いんですか? そんな普通とは違う未来を選択してしまって。俺なんかのために……。二人とも、性格も、顔も、何もかも最高なのに……」
自分の言葉が気持ち悪いと思いながらも正直に颯太は話した。颯太の言葉を聞いて二人はすごく嬉しそうに微笑んだ。
「実は昨日飛鳥さんとゆっくり話したんだけどさ、私も飛鳥さんも同じ結論だったよ。ね。飛鳥さん」
「はい。私もみずきちゃんも颯太くん以外との未来は想像できません。たとえ結婚相手が自分だけじゃなかったとしても、それでも颯太くんが良い。それが私たちの結論だよ」
颯太は涙が止まらない。二人に対して何度も頭を下げた。
「ごめんなさい! ありがとうございます!」
「颯太はさ、私たちと結婚する気ある? 私たちは、颯太なら絶対に幸せにしてくれるって信じてるよ」
「うん! 颯太くんなら、例え、奥さんが一人だけじゃなくても、他の人よりも何十倍も幸せにしてくれるってわかるんだ。颯太くんはどうなの?」
絨毯爆撃のような二人の怒涛の思いを受けて、颯太は感動しっぱなしだ。そして、決意が浮かんでくる。
「俺も二人を幸せにしたいです! それが許してもらえるならば……。絶対に、絶対に幸せにします!」
颯太は土下座する。
「決まりだね!」
「絶対だよ!」
「はい!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「颯太。私たち二人と付き合っていく上で一つ条件があるの。書類を作ってきたからこれを見て」
颯太の涙が落ち着いたところで、二人から条件を出される。
(条件か……。当たり前だよな。こんな最高な二人と付き合えるんだ。どんな条件だってお釣りがくるよ)
颯太はみずきが差し出してきた種類に目を通した。その書類は上部に大きい文字で誓約書と書かれていた。
「じゃあ読むね。これ以上、他の女の人を好きにならないこと。幸せにしたいと思わないこと。もし破ったら、結婚してからは月二万円のお小遣い制にする」
みずきが読み上げると、颯太は思わず声を発する。
「えっ、こんな条件でいいの? 軽すぎるだろ! みずきと飛鳥さんの他になんて絶対にあり得ないよ!!」
颯太は条件が緩すぎて呆気に取られる。二人以外を好きになるなんてあり得なすぎて条件として成立してない。
「本当に? 絶対に守れる?」
みずきと飛鳥は二人して疑いの目を向けてくる。
「絶対に守れるよ! 新しく女の人を好きになるなんてあり得ないよ! 第一、二人に失礼すぎる! 誓ってもいい!」
「わかった。颯太くんがそこまで言うなら信じるよ。ねっ! みずきちゃん」
「はい。でも、絶対だよ?」
穏やかな表情を浮かべる飛鳥とは異なり、みずきはまだ疑いの目を向けてくる。そんなに自分は信用がないのかと、少し悲しくなってしまう。
「もし、そんなことになってしまったら、俺は切腹するよ! 約束する!」
二人を安心させるために颯太はさらに覚悟を伝える。
「そこまでしなくても……」
飛鳥はそう口にしたが、みずきは、
「わかった。切腹だからね!」
とさらに念を押してきた。
「ああ!」
颯太は自信満々に答えた。
(みずきと飛鳥さんみたいな超絶美少女と付き合っておいて、さらに別の人、なんてことになったら世の中の男の人たちから刺されちゃうよ!)
「わかった! じゃあここに名前を書いて印鑑も押して!」
颯太は、ボールペンと印鑑を持ってくると、誓約書にサインと捺印を押した。それを見て、みずきと飛鳥はどこか満足気だった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
颯太がお手洗いに席を立ったタイミングで二人は静かに視線を合わせる。
「うまくいきましたね」
「うん!」
二人は笑顔でハイタッチを交わした。
昨日の会議で決まった作戦の一つ目は、颯太に誓約書にサインをさせるということだった。颯太は真面目で責任感が強い性格であることを二人は理解していた。ここまでさせれば、さすがに抑止力が働くだろうと二人は考えている。
颯太の反応も言葉も。ほとんどが昨日の打ち合わせの際に想定したものだった。二人の颯太に対する理解力は颯太本人をも上回っていた。さすがに切腹すると言い出したのは読めなかったが……。
「これで、少し安心だね! あっ、そう言えば、神宮さんから占いの結果きた?」
「まだ油断は出来ないですけどね。結果は来ましたよ。まだ三人目の名前はわからなかったそうです」
「そうなんだ。じゃあ、まだ颯太くんが出会っていない人なんだね」
「はい」
「頑張らなきゃね。馬の骨撲滅作戦」
「そうですね。頑張りましょう!」
二人はまだ見ぬ未知の脅威に対して、壮絶な覚悟で戦を開始した。
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