第79話 負けられない戦い

 土曜日の午後二時、みずきは立川駅前のカフェにいた。みずきは上は黒のブラウス、下着は白のチノパンを履いている。


 ここのカフェは広々とした店内の至る所に観葉植物が置かれており、緑豊かな空間を演出している。穏やかな洋風なメロディも心地よく、みずきのお気に入りのカフェであった。


 しかし、お気に入りのカフェいるにも関わらず、みずきの心は穏やかではない。

渦巻くような焦りと不安、そしてまるで大事な勝負に望む前のような緊張感が胸の中を漂っている。


 四日前の火曜日、突然言葉には言い表せないような不安感に襲われたみずきは颯太に電話をした。

 近況などを尋ねた後に、みずきは一番気になっていた事を尋ねた?


「飛鳥さんと何かあった?」

「えっ? 別に、な、なにもないよ?」


 みずきのシンプルな質問に、颯太は明らかに動揺していた。長い付き合いだから颯太のことは声を聞くだけで大体のことはわかる。


 みずきは瞬間的に、颯太と飛鳥の関係が良からぬ方向に進んでしまった事を確信した。

 その後、話を変えてきた颯太との当たり障りのない電話を終わらせると、みずきはすぐにメールをした。飛鳥に、直接会えないかと。

しばらくして飛鳥から返事があり、今日の予定が決まったのだった。


(今日で、あの女と颯太との関係を終わらせる)

一人、四人がけのテーブル席に座りながらみずきの心は静かに燃えていた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 しばらくして飛鳥はやってきた。白いTシャツに黄色のカーディガンを着ている。下は、ベージュのチノパンを履いていた。女のみずきから見てもその姿は憎たらしいほど美しかった。


「こんにちは」

そう口にしながら、前の席に飛鳥が座ると2人は、まずメニューを注文した。

 みずきが注文したのは、イチゴのパンケーキとミルクティー。飛鳥が注文したのはチーズケーキとアイスティーだった。


 二人の料理が運ばれてくると、みずきはミルクティーを一口飲んだ。そしてすぐに本題に入った。

 

「もう颯太にアプローチするのやめてくれませんか」

「えっ?」

「この前はごまかしてしまいましたが、実は私も颯太のことが好きなんです」

「そうなんだ」

飛鳥は真剣な顔をしながら聞いている。


「飛鳥さんには申し訳ありませんが、飛鳥さんに勝ち目は無いんです」

 みずきの言葉に飛鳥は目を丸くする。しかしそれを意にも返さずみずきは言葉を続ける。

「実は私は颯太と結ばれることが決まっているんです」


 みずきは、高校時代に百パーセント当たる占いをすることができることで、世間を賑わせている「神宮愛」と同級生だったこと。そして、神宮に二年前に占ってもらった結果、颯太と結婚することがわかった事を淡々と説明していった。


「颯太と結婚して、四人の子供を作る。それが私と颯太の未来です。この未来は百パーセント変わりません。そういうことなので、申し訳ないですが、颯太のことは諦めてください」

「……」

みずきの言葉を受けて、飛鳥は呆然とした顔で押し黙っている。


それを見てみずきは、

(勝った)

と、自分の勝利を確信した。


なおも黙っている飛鳥に、みずきは最後の言葉を吐いた。

「颯太がヴァルチャーで働いていくのは構いません。ですが、颯太には手は出さないでくださいね。飛鳥さんが颯太と結ばれることは絶対にありませんので!」

そう口にしながらみずきは心の中で高笑いをした。




「そんなこと言われても、もう手を出しちゃったよ?」


「えっ?」

 

しかし、飛鳥が口にした一言で、飛鳥の戦勝気分は一気に吹き飛んだ。飛鳥を睨みながら次の言葉を待つ。


「四日前に、颯太くんはうちに泊まったんだ。夜は同じ布団で寝て、その時にキスしちゃった」


「はぁぁ?」

みずきはもの凄い目で飛鳥を睨む。もし自分が剣を錬成できる能力者だったら一瞬で剣を錬成してそのふくよかな胸を突き刺してしまいそうだと、感じるほど怒りが込み上げてきた。


「何回?」

「そんなの数えてないからわからないよ。でもいっぱい」

 

 その言葉を聞いて、みずきの頭は爆発しそうになった。パンケーキの横に置かれているフォークを掴んでその可愛らしい顔を傷つけてやろうかとさえ思った。


(まずい。まずい。落ち着け私。それをしたら犯罪だ。冷静になるのよ。私は颯太と結婚するのが決まっている。子供だって四人も生まれることが確定してる。先にキスをされたぐらいで殺すことはない。落ち着け。キスなんて子供のままごとみたいなもんだ。大事なのはその先だ。その先……?)

瞬間飛鳥の頭の中にはゾッとする光景が浮かんだ。苦虫を噛み潰したような顔をしながら恐る恐る尋ねる。


「まさか、その先は?」

「私はありかなと思ったんだけど、颯太くんがそういうのは付き合ってからじゃないとっていうから。してません」

みずきは少し安心したが、だんだんと怒りが込み上げてきた。怒りで体が自然と震えてしまう。


(あんの、むっつりスケベが! 私というものがありながら。キスだって付き合ってなきゃしちゃダメでしょ! 私がどれだけ我慢してきたと思ってるのよ)

 みずきは目の前にいる飛鳥を思い切り睨みつけた。その殺気が込められた視線を受け流しながら飛鳥はアイスティーを一口飲んだ。


「もしかして、まだキスとかしてなかったの? っていうか、颯太くんに好きだって気持ちはちゃんと伝えてるの? 私は伝えたよ。真剣に」


「颯太は、高校の時、それどころじゃなかったんです。スキルが出なくて自分だけ周りから置いてかれて、死ぬほど苦しんでたんです。毎日必死に努力して、努力して、努力して、それでもだめで。そんな状況の颯太に、好きだって伝えられますか? 自分と付き合って欲しい。デートして欲しいって。私はそこまで自分勝手にはなれませんでした。でも、悩んでた時に、友達の占いで颯太と結婚できることがわかったんです。だから私は今は颯太に恋愛の感情をぶつけるんじゃなくて親友としてどこまでも支えていこうと決めたんです!」


「……」

みずきの思いを再び飛鳥は静かに聞いている。


「今やっと颯太は社会人になって報われ始めました。だから、私は正々堂々と気持ちを伝えることができるんです!三年間待ったんです。いい加減な気持ちで私の邪魔をしないでください」


「颯太君のことを真剣に思ってるのはわかったよ。でも私も颯太君だけは譲れない。好きな気持ちに年月は関係ないから」

 自分の必死の思いを聞いても、飛鳥には一ミリも引き下がる気配が見られない。みずきはなんとか諦めさせようと攻撃を放つ。


「あなたは会社のために颯太に優しくしてただけでしょ? 颯太の話を聞いてすぐピンと来ましたよ。そんな邪な気持ちで颯太に優しくしておいて、いまさら好きにならないでください」


 考えを見透かされていたことに戸惑ったのか、飛鳥は一瞬目を見開いた。しかし、すぐに冷静な顔に戻ると話を続けてくる。


「この前、颯太くんに全力で謝ったよ。初めの頃は確かに会社と両親のことしか確かに考えてなかった。でも今は違うよ。会社のために本気で頑張ってくれる颯太君、私のことをいつも助けてくれる颯太くん。いつも成長しようと努力を続ける颯太君。そんな颯太君を本気で好きになった。これ以上ないくらい真剣に。颯太君がたとえヴァルチャーをやめるとなっても私は別に止めないよ。でも颯太君と離れるのだけは嫌だ。私も本気だよ」


「私は、高校の頃、颯太に救われてます。とんでもない恩があります。古い言い方になっちゃいますが、私は颯太のためにならどんなことでもできますよ。あなたはどうなんですか?」


「私もこの前、命を救われてるよ。颯太君のためならどんなことでも耐えられる。世界で1番、自分の命よりも大切な人だから」


「はぁ〜。わかりました。もうすぐ私の友達が来ます。例の占いができる子です。飛鳥さんの未来を占ってもらうので、その結果を見たら諦めてくださいね。何度も言いますが、占いは絶対なので」

何を言っても飛鳥に少しも諦める気配がないことにみずきは驚いた。正直ここまで頑固だとは思わなかった。

「わかったわ」


みずきは仕方がなくあらかじめ約束をしていた友人に電話をかけた。


「ごめん! やっぱり来てもらっても良い?」

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