第78話 夢の世界(布団の中)で ②

 飛鳥の身体から伝わってくる温もりが颯太の体に伝わり、全身に広がっていく。髪のあたりから漂ってくるシャンプーの香りが颯太の本能を刺激してくる。


(なんで女の人って、こんなに良い匂いするんだろ……)

 体に伝わってくる温もり。柔らかい感触。脳を刺激する香り……。全てが颯太を、これでもかと魅了してくる。颯太は、だんだんと思考がぼーっとしてくる。


 颯太が必死で冷静になろうと努力していると。飛鳥がスッと離れ、元いた位置まで戻った。もう少しで理性が破壊されそうになっていた颯太は胸を撫で下ろす。


 すると飛鳥は、さっきまでの甘えたような声色とは異なり、少し声が低くなった真剣なトーンで話しかけてきた。


「颯太くんさ。聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「なんですか?」

「颯太くんにとって、如月さんって大切な人なの?」

「どうしてですか?」

「だって……気になるから……」

「大切な人です。高校の頃から、たくさん助けてもらいました」

「そっか……みずきさんのことも好きなんだよね?」

「はい。おそらく、飛鳥さんのことと同じぐらいは」

「そっか……」

「すみません」


 颯太は自分で言ってて、自己嫌悪に陥ってしまう。仕事をする中であれほど、浮気する人を嫌悪していたはずなのに、とうの自分は二人の人を同時に好きになってしまった。


(最低だ……俺って……)


 颯太の頭の中では、自分に対する嫌悪感が次々に溢れ出してくる。

 しかし、飛鳥とみずきに抱いている感情はどちらも本物で……。一時の気の迷いや勘違いでは絶対になかった。間違いなく二人に特別な感情を抱いている。その思いは隠すことも偽ることも出来ぬほどに強かった。


「謝らなくて良いよ。颯太くん悪くないよ。

 元々如月さんのことが好きだったんでしょ?」

「はい」

「でも、私のことも好きになってくれたんだ」

「はい」


「悩ませちゃって、ごめんね。私が二人の関係の中に入っちゃって。でも私も誰にも渡したくないぐらい颯太くんのこと好きだから……。だから、諦めてあげられないや」

「二人の関係を邪魔しちゃうかもだけど、私は颯太くんが好き!! もう明日にでも結婚したいぐらい!!」

「えっ!! 結婚ですか?」

「うん!! 絶対に幸せにするよ! 毎日美味しい料理食べさせてあげられるし、他にもなんでもしてあげるよ!!」

「飛鳥さん……」

 颯太は飛鳥がそんな未来のことまで想像していることに驚いた。


(いくらなんでも気が早すぎるだろう! まぁ俺も飛鳥さんみたいな人と結婚したいと考えたことあるけどさ。それにしても……)

 どうやら飛鳥は、考え始めるとどんどん思考が先走っていくタイプのようだ。

 しかし、なんでもしてあげるという言葉を思い出し、また胸の鼓動が早くなってしまう。


「ありがとう好きになってくれて。如月さんとの関係がはっきりするまで付き合うのは我慢するよ」

「みずきは、俺のことを男友達としか見てないと思うので、たぶん振られると思いますが。とりあえず真剣に話してみます」

「如月さんも颯太くんのこと好きだよ」

「えっ? なんでそんなことわかるんですか?」

「女の人はね。自分の好きな人を想っている人は、なんとなくわかるようにできてるんだよ。この前焼肉屋で如月さんと話したけど、間違いなく颯太くんに惚れてるよ」

「えっ? そんな特殊能力があるんですか? 本当に、みずきが俺を?」


「女の勘だけどね。自信はあるよ」

「そうですか……、まぁとりあえず話してみます」

「うん。私は百パーセント颯太くんを幸せにするからね」






 しばらくして、飛鳥は再び颯太に近づいてきた。

「颯太くんの気持ちがはっきりするまで、もう甘えるのやめるね。だからさ、最後に一個だけお願い聞いて」

「なんですか?」

 飛鳥は質問には答えず、静かに顔を近づけてくる。その顔は、暗い中でもはっきりと赤く染まっていることがわかった。


 息を呑むほどの美しさに、颯太は見惚れてしまい動くことができない。やがて、飛鳥の唇がそっと颯太の唇に触れた。


 瞬間、すべての時が静止したのかと思うほどの衝撃が全身に走った。飛鳥の唇の柔らかさに颯太は圧倒されてしまった。


(なんだこれ)

 生まれて初めての感触に颯太は言葉を失った。それと同時に多幸感と恥ずかしさが同時に全身を駆け巡っていった。

 

 少し目を開けると、飛鳥は嬉しそうに微笑んでいる。

「もう一回いい?」

 颯太は飛鳥の言葉にただ頷くことしかできなかった。


(なんだこれ。幸せすぎる)

 生まれて初めての感触に颯太は感動すら覚えていた。

 飛鳥も同じ気持ちだったのか、

「まだ上の幸せがあったよ。今が一番幸せだ」

 と呟き、微笑んでいた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


次の日、二人は八時に目を覚ますと平日にも関わらずゆっくりと食事をした。飛鳥がさっと作った味噌汁と卵焼きは絶品で颯太は驚いた。

 食後ベッドの上でまったりした後に二人は家を出て、九時半に出社した。


 飛鳥の元気になった顔を見て、社長と有希は、飛鳥に気づかれないように颯太に向かって親指を立ててきた。

二人の笑顔に、颯太はすこしきまりが悪そうに微笑み返した。



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