第76話 二人だけのイルミネーション

 しばらくするとやっと、飛鳥が動き二人の身体は離れた。一体どれぐらいの時間抱き合っていたかも颯太はわからない。それぐらい長くて、特別な時間だった。

 

「ごめんね。ぎゅーしすぎちゃった。ハグするの本当に好きみたい」

 颯太から離れた飛鳥は恥ずかしそうにそう口にする。

「いえ、僕も。その……なんか幸せでした」

「えへへ。やった」


 飛鳥の表情は先ほど会ったときと比べて嘘みたいに明るくなっていた。


(良かった。元気になってくれたみたいだな)

 飛鳥の表情を見て颯太は胸を撫で下ろした。

 そして、その微笑みがあまりに無邪気すぎて、颯太はさらに飛鳥を喜ばせたくなってくる。


「飛鳥さん。あったかい上着ありますか?」

「えっ? どうして?」

「ちょっと。見せたいものがありまして。」

「こんなのでも良いかな?」

 飛鳥は押入れの中から黒のダウンジャケットを、取り出すと颯太に見せてくる。


「それで大丈夫です。着てください」

「どこかに行くの?」

 飛鳥は突然の提案に不思議そうな表情を浮かべている。


「そのままこっちに来てください」

 颯太は、飛鳥をベランダまで招き寄せると、窓を開けた。夏の夜の生暖かい風が入ってくる。


「行きますよ」

「キャッ」

 飛鳥がベランダの近くまで来ると、颯太は窓の縁で飛鳥をお姫様抱っこの姿勢で抱き抱えた。

 突然颯太に抱き抱えられ、飛鳥は驚きの声をあげる。


 颯太は飛鳥を抱えたまま、空中に浮き上がると、窓を出てから、窓を閉める。

「颯太くん? もしかして」

 飛鳥が訪ねてくる顔に笑顔を向ける。

「僕が良いというまで目をつぶっててください」

「うん」


 飛鳥は嬉しそうに返事をすると瞼を閉じた。

 そして、空に向かって一気に急上昇し始めた。

 颯太は、飛鳥がダウンジャケットを探してる間にリュックの中に入れていたコーン茶を飲んでいた。発動したのは【飛行スキル】。


 颯太と飛鳥はぐんぐん天に向かって上がっていった。


「目を開けてください」

 数十秒後、高度が約八百メートルを超えたあたりで颯太は飛鳥に声をかけた。

 飛鳥は目を開けると

「わぁーーー」

 と子供みたいな歓声を上げた。


 二人の眼下には美しい夜景が広がっていた。

 ビルの光、信号の灯り、車のライトの煌めきなど、色とりどりの輝きが二人の目に飛び込んでくる。


 颯太には、その一つ一つがまるで宝石の輝きのように美しく思えた。飛鳥にとっても同じだったのか、飛鳥はいつのまにか涙を流していた。

「綺麗……。本当に。今まで見てきたどの夜景よりも……」

「飛鳥さん、上もすごいですよ!」

 颯太の言葉で飛鳥が上を見上げると、雲一つない空に星たちが輝いていた。普段、地上から見るよりも鮮明に見ることができた。

「すごい!!」

 飛鳥はまた驚きの声を上げた。こういう時に素直に感情を出してくれるのが、飛鳥の良いところだと颯太は感じた。

「初めてこのスキルが出た時に約束しましたよね」

「覚えてくれたんだ!」

飛鳥はとびきりの笑みを颯太に向ける。

「はい」


 天空と地上。異なる二種類の明かりが二人を包んでいる。


 ひたすら感動の声を上げ続ける飛鳥の横で、颯太もじっと景色を眺める。

 颯太にとっても今日の夜景は特別なものに感じられた。先週の金曜日にはまるで色を失ったかのように無機質なものに感じた輝きが今は、胸に迫ってくる。涙が自然と込み上げてきた。


 しばらく、二人は絶景を眺めていたが、急に飛鳥が口を開いた。


「颯太くん」

「なんですか?」

「いい機会だからちゃんと言っておくね。大好きだよ」

「僕もですよ」

「えへへ! 最高の場所で告白できた。ありがとう颯太くん」

「良かったです」

「生まれてきて、今日が一番幸せな日かもしれない」

飛鳥は夜景にも負けないようなとびきりの笑顔でそう口にする。


「大袈裟ですよ」

飛鳥の美しさに目を奪われながら颯太はそう口にしたが、好きな人と両思いになれた嬉しさは飛鳥の言うようにとてつもない喜びだった。考えてみると「たしかに……」と頷いてしまう自分がいる。


「これ以上の幸せなんてあるのかな?」

飛鳥は今度はいたって真面目な顔をしながらそう呟く。これには颯太はすぐ返事をすることができた。

「それは絶対ありますよ。だって今度キャンプ行くじゃないですか! めちゃくちゃ楽しいから期待していてください!」

「そうだ! キャンプ行くんだ!! 颯太くんと二人。最高だ! 今度こそ絶対行こうね!」

「はい」



二人は上空八百メートルで会話をしながらしばらく景色を楽しんだ。

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