第69話 全ての秘密がバレる時

 今回の颯太の活躍によりヴァルチャーの知名度はさらに高まった。報道陣が会社の前に押しかけることも何回かあったが、颯太が瞬間移動スキルを使って取材を躱してしまうため、徐々に少なくなっていった。


 会社に対する世間の評価は着実に上がっているようで、仕事は浮気調査の他に、以前はあまり依頼が入らなかったダンジョン探査の依頼が増えてきた。後二週間後の七月にならないと企業レベルⅢには上がれないが、すでに昇格が確定しているためダンジョン探査の制限は解除されていた。


 ダンジョンは企業レベルによって探索可能範囲が決められている。

 最低ランクである、企業レベルⅠに所属する会社はダンジョンの地下二十五階までしか探索が認められていない。

 一つ上の企業レベルⅡは地下五十階まで。そのまた上の企業レベルⅢは地下百階層まで。

 位によって探索可能範囲は定められてらいる。


 そのため、ヴァルチャーは二十年間ダンジョンの地下二五階層より先へは進んだことがない。

 颯太が入社するまでの間、何回かダンジョン内で取れるモンスターのドロップアイテムや資源を売って儲けようとしたこともあった。

 

 しかし、二十五階層までに出てくるモンスターのレベルや探索する難易度が低い代わりに、入手できるアイテムの価値も低かった。よほどのレアアイテムを見つけない限り、ダンジョン探査にかかった道具や経費の方が上回ってしまった。


 企業レベルが低い会社にとってはダンジョン探索は敷居の高い仕事であった。


 しかし、四月頭から六月末までの第一期でポイントを大幅に稼いだヴァルチャーは、七月から始まる第二期を企業レベルⅢとして扱われる。そのため、ダンジョン探査もすでに地下百階層までの探索が認められていた。


 何度も大きな事件を解決した結果がやっとで始めたようで、今ヴァルチャーには四つのダンジョン探索の依頼が来ていた。そのため、社長はもう新規の浮気調査や身辺調査は受けないことを決めた。これからはダンジョン探査などのさらなる利益が見込める仕事を増やしていく方針だった。

 颯太や飛鳥は、社長の決定を心から喜んだ。


 颯太と飛鳥は水曜、木曜と浮気調査を頑張った。今ある仕事を終わらせれば、これからはダンジョン探索の仕事をすることができる。そのことが高いモチベーションになり、二人は次々に依頼をこなしていった。


 一緒に仕事をする上で、颯太は飛鳥の体調を一番心配していたが、飛鳥の表情を見る限りかなり良いようであった。以前と同じように常に優しい笑顔を浮かべながら仕事をしている。

 そんな飛鳥を見て颯太は

(あぁ、良かった)

 と、一安心だった。


 ただ、以前との変化も飛鳥には見られた。

 それは、前よりも明らかに距離が近いのだ。

 休憩時間にベンチに並んで座る時など、肩が当たるんじゃないかってくらいそばに座ってくるようになった。しかも、

「疲れたー」

 とか言いながら颯太の肩に頭を乗せてくるのだ。そういう行動に慣れていない颯太は、そんな飛鳥を見ていちいち胸がドキドキしてしまう。


 そして極め付けは、あの顔だった。

 頬を赤くしながら甘えたようなとろんとした目で颯太を見てくることが増えた。自分の勘違いかなとも思ったが、昨日数えてみたら一日に四回もあったから間違いない。


 ただでさえ、常軌を逸した美人なのに、そんな色っぽい顔をしないで欲しいと颯太は思う。心臓がいくつあっても足りない。


 木曜日の午後六時、二人は八王子のとある公園で休んでいた。今日一日で二件の身辺調査と三件の浮気調査を終えた二人は、会社に戻る前に一休みしていた。

 

 今も飛鳥は颯太の横に座っている。身体が触れるか触れないかギリギリの距離で……。

 二人がいる公園はこの時間になると人通りも少なく薄暗い。世間に注目されている身としては、休むのにちょうど良い場所だった。


 横をちらっと見ると飛鳥はすごく幸せそうな顔をしながらコーヒーを飲んでいる。

 颯太も飛鳥が買ってくれたコーヒーを飲みながらぼーっと空を見上げる。遠くに見える雲のすぐそばを緑色の光を発しながら飛行機が飛んでいるのが見える。


(はぁー。平和だなぁ。この前の検挙が嘘みたいだ。飛鳥さんも元気だし、ほんと良かった。)

 颯太がそんなことを考えながら和んでいると横にいる飛鳥が話しかけてきた。


「今日も結構頑張ったね! 颯太くん。疲れてない?」

「正直、ちょっと疲れました」

「颯太くん、浮気調査の仕事嫌いだもんね」

「はい」

「こういう仕事はあとちょっとで終わるからさ、頑張ろうね!」

「はい!」

 飛鳥はいつも前向きで、自分のことを励ましてくれる。それは入社してからずっと変わらなかった。颯太はそんな飛鳥の気遣いがいつも嬉しかった。

(ほんと、飛鳥さんって理想の先輩だよな。飛鳥さんがそばにいるだけで心が前向きになる。感謝しないとだな。もし俺にも後輩ができたら同じように親切にしてあげよう)


 颯太は、この前の事件を通して、自分にとって飛鳥がどれほど大きな存在だったか自覚していた。

 以前から飛鳥に対する好感度は高かったが、今はより、飛鳥のことを大切に思っていた。


「そろそろ会社に戻ろっか? 次の仕事までまだ時間あるし。」

 颯太がそんなことを考えていると飛鳥が口を開いた。

 飛鳥が言うように、今日はもう一件浮気調査の依頼があった。しかしマークしている男が会社から出てくるのが、二十一時以降になるため、二人は一度会社に戻ることにした。


 颯太の瞬間移動で会社に帰るとまだ社長も事務所に残っていた。

 颯太は時間までトレーニング室で特訓をすることにした。飛鳥は、事務作業をすると言っていた。

 七時半にまた会社を出ることん決めて、颯太はトレーニング室に向かった。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 颯太は会社内にいる間は決まってトレーニング室にいる。そこで自分のスキルを使いこなすためにあらゆる特訓を積むのだ。ストイックな性格のため、仕事中に何もせずにぼーっとしていることなどありえなかった。時間があったらさらに自分を高めたいと言うのが、颯太の基本的なスタンスである。


トレーニング室の中で三十分ほど、火属性スキルを使いこなす訓練をした後、颯太はあることを思い出した。


今日の仕事中にしてしまった小さな失敗を。

そのことを思い出すと颯太はすぐに自分の悪かった点を改善するために新しい特訓を始めた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「それにしても颯太はすげぇよな! あの凶悪な犯罪者達を一人で全て倒しちまうんだから!」

「ほんとだよね! お父さんにも見せたかったよ! すっごくかっこよかったんだから!」

 午後八時半。飛鳥と社長は給湯室で話をしていた。

「ほんと颯太はうちのエースだよな! 颯太を採用できたことはまじでラッキーだった!」

「ほんとそうだよね。感謝しなきゃね!」

そこまで話すと、社長は手に持っているタバコを一口吸った。飛鳥も、湯気が立っている緑茶を一口飲んだ。


社長はふーーっと白い煙を吐き出すと、再び口を開いた。


「そう言えば、あの作戦ってどうなったんだ?」

「えっ? なんのこと?」

「だから、以前お前が言っていた奴だよ。颯太をお前に惚れさせて、転職させないようにするやつ」

「ああー、あれは……」

飛鳥が話そうとした瞬間。

 

「ガシャン!!」

と、何かが割れる音がした。二人が振り向くとそこには颯太が立っていた。


「どういうことですか。今の話……」

颯太は、静かにそうつぶやいた。


五分前に浮気調査の仕事で、透明になりながらターゲットの尾行中に足音を鳴らしてしまい。

「なんだ今の音?」

と少し怪しまれてしまった。


 それを反省した颯太は、透明化スキルを使いながら、頭にお皿を乗せ、音を鳴らさないように歩く特訓を行なっていたのだった。


 颯太の厳しい視線を受けて二人は言葉を失った。





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