第66話 決着

「このままでも負ける気はしないがな。お前は防御力も高そうだからな。こんなのはどうだ!」

 そう口にすると、蛾来の右腕が徐々に変化していき、やがて巨大なナイフになった。大きさは一メートルはあるように見える。建物の壁から差し込んでくる日の光を受けて輝いている。


 蛾来は颯太に向かって突っ込んできた。

 右腕ごと変形した巨大ナイフで颯太を切りつけてくる。しかし、颯太からしたらその動きはひどく緩慢に見えた。遅すぎて余裕で避けることができる。まるでスローモーションのように感じるほどであった。体に当たる直前に動き出しても躱すことができる。


ただ、威力はかなりあるようで、颯太が躱した先で地面や壁が豆腐のように切れているのが見えた。


「おのれ! うろちょろ逃げ回りやがって! ざまあねえな! そんなに俺のナイフが怖いか!!」

「やってみろよ。避けないでいてやるから」

蛾来の言葉が挑発なのは早くも承知であったが、颯太は挑発にのってみることした。

 颯太は立ち止まると、両手を広げて構える。

「いい度胸だ! 男に二言はねぇよな!!」

「ああ……」


 蛾来は、ナイフを思い切り振り上げると、颯太の右肩から左脇腹にかけて切り裂くように斜めにナイフを振り下ろした。

 しかし、

「ザッ」

 という鈍い音と共にナイフは颯太の身体によって受け止められた。一ミリも皮膚には食い込んでいない。

「なっ?」

 蛾来は信じられないと言った表情を浮かべた。


(この程度か……。大したことない。これならまだ有希さんの実験でダンプカーに轢かれた時の方がダメージがあったな)

 コンクリートを楽に切り裂いた攻撃を見ても、颯太は大した脅威は感じなかった。命に迫ってくるような凄みを感じられない。

 身体を張って試してみたが結果は予想通りだった。


 普通の能力者であれば間違いなく真っ二つになっていた攻撃も、オーラによる四・五倍の身体能力強化と、防御力四倍スキルを掛け合わせた颯太にとっては大した攻撃ではなかった。


「ば、ばかな!! SS級能力者から30億で買って手に入れた能力だぞ!! ただのB級能力者に防がれるわけがねぇ!! どういうことだ?」


「能力を買う? 何言ってるのかわからないが、威力は別に大したことなかったぞ!使いこなせてないんじゃないか?」

「うぉおーー!! ばかにしやがって!! 殺す!! 絶対に殺してやる!!」

 蛾来は突然走り始めると、壁にかけてあったアサルトライフルを手に取った。

 そして、颯太に向かって連射し始める。


 しかし、腹に当たる弾も胸に当たる弾も太腿に当たる弾も、自身の防御力に加え、会社から支給してもらったバトルスーツに包まれた颯太に、とっては大したダメージではなかった。しかし、額に当たった一発は少し痛かった!


 颯太はアサルトライフルの弾丸を受けながら、一歩一歩蛾来に向かって歩いていく。

「なんなんだ? なんなんだよお前!! 化け物か!?」

 そんな颯太に蛾来は腰が引けてしまっている。数分前まで見せていた余裕の表情は今はどこにもない。

「ただのB級能力者だよ。今はまだ。」

「……」

 颯太の驚異的な力を知り、蛾来は言葉を失ったように黙っている。その顔には明らかな怯えと、動揺が広がっている。


「そろそろ終わらせよう。この人達を病院に連れて行きたい」

 蛾来の実力がわかり、颯太には余裕が生まれていた。いかに莫大なオーラとSS級能力者から得た能力といえど蛾来は全く使いこなせていなかった。高校の三年間と会社に入ってからの二ヶ月、激しい鍛錬を積んできた颯太の敵ではなかった。

 そうなると次に頭に浮かんでくるのは飛鳥のこと、囚われている企業能力者たちのことであった。


「調子に乗るなよ!! だったらこうだ!」

 颯太が動き出そうとすると、蛾来は急に後ろを振り向き、椅子に拘束されている飛鳥に向かってアサルトライフルを構えた。

 

 しかし、飛鳥の前にはもう颯太が立っていた。

「なに!」

 驚く蛾来に向かって颯太は最高速で接近し、蛾来が構えているアサルトライフルを蹴り上げた。

 颯太の蹴りを受けたアサルトライフルは爆発するかのように四散した。


「お前らが卑怯者なのはもう知ってる」

 颯太は蛾来がアサルトライフル手に取った瞬間、飛鳥を狙うかもしれないということはすでに予想していた。蛾来と対峙していても頭の中は飛鳥を守ることでいっぱいだったからだ。


「クズが!! 刑務所で全ての行いを反省しろ!!」

 颯太は最大規模のオーラを放出すると、蛾来に向かっていく!!


「やってみろや!! この黄金の鎧は無敵だ!!」

 蛾来はそう叫ぶと、先ほどの颯太と同じように両手を大の字で広げて構えるとオーラを全力で放出させる。自分の防御力に絶対の自信があるようだ。


 颯太は攻撃力強化スキル八倍と、素早さ強化スキル六倍を発動させると、超高速で蛾来の首を右手で掴み、地面に押し倒した。

 そして、仰向けになった蛾来の腹に向かって上から全力の拳を放った。飛鳥を傷つけられた怒りの全てを込めて。


「ガアァァーーーーーーン」

 颯太が人類に放った初めての本気の一撃により、とてつもない金属音が轟いた。町全体に響いたのではないかと飛鳥が本気で思うほどだった。

 また、金属音と同時に

「ドガァーーン」

 といった爆発音も鳴り響き、建物の周囲二百メートルの範囲の地面が揺れた。


 砂埃が舞う中、飛鳥が眼を開くと、そこには直径五メートル、深さ二メートルほどのクレーターのような穴が広がっていた。


 颯太の身体の下には蛾来が、白目を剥いて倒れていた。すでに変身は解け、普段の姿に戻っている。内臓が傷ついているのか口からはおびただしい量の血が溢れでている。


 颯太は一応蛾来の首筋に手を当ててみると、脈はしっかりと動いていた。殺してしまったかと一瞬焦ったが颯太は安心した。


 すぐに颯太は飛鳥の側に駆けつけ、すぐに両腕、両足の鎖を手で引きちぎった。そして、右腕に刺さっていた献血針をゆっくりとひき抜いた。

 献血パックを見ると、半分のところまで血が入っていたが、命に別状がある量ではないと颯太は一安心した。


 颯太は自由の身になった飛鳥に眼を合わせると、頭を下げ、全力で謝罪する。

「すみません!! 飛鳥さん! 遅刻しました!! 申し訳ありません!」


 飛鳥の左頬に広がる青あざを見ると、颯太は申し訳なさでいっぱいになる。あまりにも痛々しいその姿に胸が締め付けられる。

(俺が遅刻さえしなければ、飛鳥さんは傷つかずに済んだのに!! 俺のせいだ……)

 颯太の心は自責の念でいっぱいだった。


「颯太くん」

 飛鳥の声に頭をあげると飛鳥は顔を真っ赤にしながら瞳に涙を浮かべていた。顔に怪我を負っていても飛鳥の顔はどこまでも美しかった。

 颯太がその表情に眼を奪われていると、

「ありがとう!!」

 と言いながら、椅子から立ち上がった飛鳥が思い切り抱きしめてきた。


 飛鳥の頬の感触と、胸の柔らかさに一瞬ドキッとしてしまうが、ゆっくりと伝わったくる飛鳥の温もりで颯太の心も落ち着いてくる。

「信じてたよ!! 絶対に颯太くんが助けてくれるって!! ありがとう颯太くん!」

 こんなに力があったのかと颯太が驚くほどぎゅっと飛鳥は抱きしめてくる。颯太は優しく抱きしめ返した。


「すみません。遅くなって」

「ううん! 時間守らず突入始めたのが悪いもん! 颯太くんは悪くないよ!」

「体は大丈夫ですか?」

「うん! ちょっと痛いけど、大丈夫! でも、怖かったよ〜〜」

 飛鳥は大声を出して泣いている。

 颯太は、飛鳥の声を聞くといたたまれない気持ちになる。少しでも危険のある仕事中はもう絶対に飛鳥のそばからはなれないと心に決めた。


 颯太は飛鳥が落ち着くまで優しく抱きしめ続けた。


 数分後、泣き止んだ飛鳥が颯太から離れると真っ直ぐに颯太を見つめてくる。

 その表情、頬が真っ赤に染まっているうえ、目がとろんとしており、なぜか色っぽく颯太には見えた。

「大丈夫ですか? 飛鳥さん、顔赤いですよ。熱があるんじゃないですか?」

「大丈夫だよ。熱はないと思う。たぶん……」

「そうですが……」

 なおもじーっと自分の目を真っ直ぐ見つめてくる甘えきったような視線に颯太は耐え切れず視線を逸らした。


「じゃ、じゃあ、倒れている人達を運ばないとですね。応援と救急車は呼んでありますからすぐに来ると思います」

 颯太は慌てて飛鳥の意識を別のところへ逸らそうとする。しかし、飛鳥は颯太の思惑を汲んでくれない。再び颯太の目の前に歩いてくると、ボーっとした目で見つめてくる。そしてもう一度颯太に抱きついてきた。先ほどとは違い今度はゆっくりと……。


「もう少しだけ、こうしてたい。だめかな?」

 耳元で囁かれる飛鳥の甘い声を受けて颯太の鼓動は速くなってくる。今の飛鳥の表情に加え、こんなふうに抱きしめられたらどきどきしすぎて正直頭がおかしくなりそうだった。

 しかし、飛鳥の要望を断るわけにもいかず、

(どうにでもなれ!)

 と颯太は飛鳥を抱きしめ返した。


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