第65話 怒りの颯太

 颯太は扉を蹴りで吹っ飛ばし、建物内に入った。あまりに焦っているため、変装のためのマスクやゴーグルはつけていない。


 突然の登場に驚く影心会の男たちを尻目に、颯太は建物内を見渡した。

 そこには信じられない光景が広がっていた。建物内の右手には企業能力者と思われる男が、鎖につながれながら、鉄杭に体を貫かれている。男の周りには血の海が広がっていた。

 そして、左手には、三人の企業能力者が鎖によって手足の自由を奪われながら椅子に拘束されていた。颯太は、三人の真ん中に飛鳥の姿を見つけた。


「飛鳥さん! 大丈夫ですか!」

 颯太は、飛鳥のすぐそばに高速で駆け寄ると、慌てて声をかける!


「大丈夫だよ!! ちょっと、お腹と顔を殴られちゃったけど、他は何もされてない

 ! 大丈夫!!」

 飛鳥の顔を見た颯太は、瞬時に何が起こったか、悟った。右頬にこぶし大の青あざができていた。そして、目の周りには涙の痕も……。

「必ず、助けますから! 安心してください」

 颯太は、そう声をかけるのがやっとだった。飛鳥が、あえて自分に心配をかけないために、浮かべたであろう笑顔も、痛々しくて、颯太は見てられなかった。


(飛鳥さんをこんな目に合わせたやつはどんなことをしても痛い目に合わせてやる)と、颯太は今までの人生で抱いたほどのない怒りが、こみ上げてくるのを感じた。

 あまりにもその感情が大きすぎて、今にも爆発してしまいそうなほどだ。


「お前達は何をやっているんだ!!」

 颯太は、影心会の男たちに向かって思い切り叫んだ。


「よお! やっと来たか! 遅刻野郎! 何をしているかだって? ビジネスだよ!  お前たち能力者の血は高く売れるんだよ! お前のスキルも教えろよ! 良いスキルだったら俺らが売りさばいてやるからよ」


(こいつは何を言ってるんだ? 能力者の血を売る? 全く意味が分からない

まあ、いい。まともに相手にしている場合じゃない。早くこいつらを倒して、飛鳥さんを助けないと)

蛾来の言葉の意味を深く考えてる余裕は颯太にはなかった。頭の中には飛鳥のことと、男達への怒りしかない。


「血を売るとか、よくわからないが、あの集団失踪事件はお前らがやったのか?」

颯太は一つだけ気になることを尋ねた。

「そうだ。散々いたぶったあと、粉々にして海に捨てたよ。お前にも見せたかったぜ! 泣き叫ぶあいつらの顔をよ」

得意げにそう答えた蛾来と、一緒になって笑っている後ろの男たちを見て、

(何の遠慮もなくこの男たちを倒そう)

と、颯太は心を決めた。


「最低だな。お前ら! 刑務所に入って罪を償え!!」

普段、人を責めたり傷つけたりする言葉を発することのない颯太であったが、今目の前にいる者達に対しては別だった。抑えきれない怒りにより自分の言葉が、冷たい鋭利なナイフのような侮蔑の言葉に自然と変わってしまう。


「あっはっはっは!! 面白ぇなお前!!この状況で俺らを捕える気でいるのか!!」

 颯太の言葉を聞くと、蛾来は口を大きく開けて笑う。周りの男たちも同様だった。

「なぁ、お前、B級なんだよな? しかも確か企業レベルⅠのクソ会社の人間なんだろ? さっき、S級やA級の奴らが手も足も出ずにくたばったんだぞ? 普通に考えて勝ち目ゼロだろ! バカなのか?」

蛾来は馬鹿にするような眼を浮かべ颯太にそう言い放つ。


「身分や位や立場だけでは、人間の本当の価値はわからない」

蛾来のあおりを受けても颯太は静かにそう答えた。

「なに、カッコつけてるんだ! お前!」

男たちは痛いものでも見る目で颯太を見ている。


「颯太君……」

そんな颯太を飛鳥は心配そうな目で見つめている。

「ちょっと待っていてください!! すぐ助けますから!」

飛鳥の視線に気づいた颯太は、さっき飛鳥が自分にしたように、あえて笑顔を浮かべ、穏やかな声でそう口した。


「女の前だからって調子乗ってるんじゃねぇぞ! お前! おい、飛田! この前得た能力を、こいつで試してみたらどうだ!!」

「えっ? 良いんですか? ありがとうございます!!」

 蛾来に飛田と呼ばれた男は颯太の目に踊りでた。身長は颯太と同じぐらいであるが、スーツの上からも筋肉質な体をしていることが見て取れる。飛田はスキルを発現させると一瞬のうちに十人に分身した。

颯太を囲うように円の形に広がっていった。


「いいじゃねぇか! 分身能力。これは当たりだぜ!!」

その様子を蛾来は満足げに見ている。

「どうだ俺の能力は!! この前A級能力者を殺して奪ったんだ! どの分身も実体をがあるんだぜ! すげえだろ! そして、分裂している間は身につけていたものも分裂する。こんなふうにな!」

 飛田が懐からナイフを取り出すと、同じように他の分身もナイフを取り出して構えた。


「いいぞ!飛田! その生意気な小僧を八つ裂きにしろ!」

 ショーでも眺めるように蛾来は楽しんでいる。

「すぐに殺すなよ! つまんないから!」

「ああ、急所は外してじっくり時間をかけて痛みつけようぜ!」

 蛾来に続いて他の男たちも楽しそうに声をかけてくる。


(こんな奴らがいるのか!! 同じ人間なのに、ここまで異常な奴らが!)

颯太は、いざ戦うという場面になっても頭の中で様々なことが考えていた。

 颯太は男たちの様子に嫌悪感が溢れてくる。人を傷つけて楽しむような人間がこの世に存在するとは今日まで思っていなかった。しかし、敵として相対するとなるとむしろこういうやつらの方がなんの抵抗もなくとらえることができて好都合だとも思った。


「どうした? 立ち尽くして、ビビったのか?」

「なさけねえなぁ! おい!」

 動く様子もなく立ち尽くしている颯太を見て男達は笑い始める


 颯太は、もう会話することをやめた。話して解決する相手ではないことも短いやり取りで理解していた。今自分がすべきことに全ての集中を注ぐ。


「少しは楽しませてくれよ! B級能力者さん!」

 分裂した十人は、ナイフを構えたまま、颯太に向かって突っ込んできた。次の瞬間、颯太の体は消えた。すると、突然建物内に、猛烈な風が巻き起こった。そして、飛田が分身した十体は建物内の四方に吹っ飛び、壁に激突した。壁に激突する激しい衝撃音がほぼ同時に響いた。


 速度強化六倍と身体能力強化四.五倍を併用した颯太の速さは時速七〇〇キロを超える。

 建物内にいた者が誰一人として視界に捉えることができなかった。

 颯太は、迫り来る十人に、蹴りや突きをお見舞いしていた。相手の体を気遣い、攻撃力強化スキルは使わなかった。


 分身は消え、飛田の本体だけが残った。颯太の正拳突きを腹に受けたためか、口元からは血が溢れている。


 想像もしていなかったであろう光景に、影心会の男達は静まり返っている。そんな中。蛾来が大声で叫んだ!

「城戸! 辻川! 」

 蛾来の声を聞くと城戸と辻川は素早くスキルを発動させる。城戸の手から鎖、辻川の手から蜘蛛の糸が放出され、颯太の身体を拘束した。

 そして、鎖と糸で包まれている颯太に向かって錬成した巨大なハンマーを持って芹沢が近づき、颯太に向かってハンマーを振り上げる。


「なんだ! 驚かせやがって!スピードだけはあるようだが、そうなってしまったらもう終わりだな!なんか言い残すことはあるか?」

 言葉は強気だが、蛾来はやや、ホッとしたような顔をしている。

「やってみろよ」

 と颯太。


 芹沢は颯太の頭部に向かって巨大なハンマーを振り下ろした。すると、

「ガァン」

 という音と共に、巨大ハンマーは弾かれた。

「イッテェェーーー」

 芹沢はハンマーを手から離すと両手首を振っている。かなり痛そうだ。

 オーラによる強化と、防御力四倍スキルを合わせた颯太は頭部へのハンマーの一撃も軽々防いだ。

 

 予想外の事態に颯太を囲んでいる影心会の男たちは驚きの表情を浮かべている。

「この程度か……」

「なんだと!!」

 颯太は、攻撃力強化八倍を発動させると、身体に巻き付いている鎖を一瞬で断ち切り、蜘蛛の糸も引きちぎった。


 そして再び、瞳に映ら無くなったかと思うと、桐生、辻川、城戸、芹沢の四人を次々に倒していった。颯太の拳を受けた四人はコンクリートの壁も突き破り、飛んでいき、ぴくりとも動かなくなった。建物に空いた四つの穴からはところどころ朝日が差し込んでいる。


「なんなんだ。おめえは!! ただのB級能力者じゃねぇのか!!」

「俺はただのB級能力者だ!」


「あ、あり得ない!! お、おい! な。なんなんだ……あいつは?」

 飛鳥の隣で拘束されている菱田は、信じられないものでも見ているような顔をしながら飛鳥に訪ねてきた。散々痛み付けられたためか、口元が切れていて言葉が詰まっている。

「だから待ちましょうって言ったじゃないですか! 彼がうちのエースです」

殴られた痛みはまだひいてはいなかったが、颯太のことを菱田に話す飛鳥は少し得意げであった。


「お前ぇ!! こいつらを倒したからって調子に乗るなよ!! 俺が直々に相手してやるよ!! はぁぁーーーーーー!!」

 オーラを展開すると同時に蛾来の体が再び黄金に変化していく。放出しているオーラが強大すぎて、建物全体が揺れるほどだ。

「みろよ! この圧倒的なオーラとこの黄金の身体を! 今の俺は戦車の砲撃すら受け止める自信があるぜ!! 残念だったな!! これが、SS級能力の力だ!」


「……」

 颯太の瞳はまっすぐに蛾来を睨みつけている。蛾来の莫大なオーラと強力なスキルを前にしても少しの動揺も見られない。


「勝手にやってきて! うちをめちゃくちゃにしやがって!! ダダで帰れると思うなよ!!」

  

「ふざけるな!!!!! 散々犯罪を行なってきているくせに、うちの飛鳥さんまで傷つけやがって!! 絶対に許さない!!! 刑務所にぶち込んでやるから覚悟しろ!!」

蛾来の言葉が終わると、颯太はものすごい声量の怒声とともにオーラを全開に放出した。先ほどの蛾来と同じように、あまりのオーラの放出量に建物や空気が激しく振動する。

「くっ」


 颯太のあまりの怒声と、全てを焼き尽くすような激しい怒りの視線を受け、蛾来の方が少しひるんだ様に飛鳥には見えた。


 颯太と蛾来は、建物の中央で対峙した。




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