第62話 能力開発薬
目を覚ました飛鳥は、今の状況に戦慄した。椅子に座らされた体勢で、両腕は鎖で椅子のひじ掛けにつながれ、足は地面につながれている鎖によって片足ずつ拘束されていた。ひんやりと、冷たい鎖の感触がなんとも不快だった。自分の服や体を見ると、捕まる前と同じで、汚れもしわも見られないし、痛みもない。どうやら、なにもされてはいないようだと少し安心した。
その部屋は、全面が灰色のコンクリートで覆われていた。日本刀や、槍、弓などの武器や、マシンガンやライフル、ショットガンなどの銃器が壁にかかっているのが見える。右隣には紫吹、左隣には菱田が自分と同じような体制で椅子に拘束されていた。菅原と斎藤は、気絶させられているのか、飛鳥の前方四メートルほどの位置で倒れている。菅原と斎藤の周りには十名ほどのスーツを着た男たちが立っていた。
それぞれが、顔や首筋、手首など、肌が見える場所には入れ墨を入れている。一人一人が浮かべている目つきの鋭さや眼光も、普段飛鳥が関わっているような人物とは全く異なっていた。何人かはマシンガンも手にしている。見ているだけで、体が震えてしまうほど飛鳥は恐怖を感じていた。
(なに? この人たち……。纏っている雰囲気が普通じゃない!! 怖いよ……)
あまりに絶望的な状況に、胸の奥から次々に恐怖が込み上げてきてしまう。
飛鳥は、この危機的状況の中で自分の精神を何とか正常に保つために無理やり、自分に活を入れる。
(なにビビってるのよ!! 絶対に大丈夫よ!! すぐに颯太君が来てくれる! 颯太君なら、こんな奴ら一瞬でやっつけてくれる! 絶対に!! 弱気になるな私!
今は時間を稼ぐことだけ考えるんだ!)
颯太に対する絶対の信頼が、絶望しようとする弱い心を吹き飛ばした。飛鳥の頭脳は時間を稼ぐための方法を急速に考え始めた。
「起きたか。探索スキル女」
飛鳥が意識を取り戻したことに気が付くと、目の前に立っている三人のうちの一人が口を開いた。
「俺は
蛾来と口にした男はがっしりとした体形をしている。身長は百八十センチはあるように飛鳥には見える。また、太ももや胸筋が膨らんでおり。スーツでも隠しきれないほど筋肉質な体をしている。
蛾来が先ほど門の前で自分を気絶させた男だと飛鳥は気付いた。
「お前ら、わざわざこんな朝早くから来やがって!! 俺は朝の時間は、布団の中でゆっくりしているのが好きなんだ! おかげで最悪の気分だ」
蛾来はそのきつい眼差しを飛鳥たちに向ける。ドスの効いた声が胸に響いてくる。かなりの威圧感を飛鳥は感じた。
「なぜ奇襲がわかったんですか? 事前に情報を得ていたんですか?」
隣の紫吹は極めて冷静な顔をしながらそう尋ねた。
「ああ。どうせみんな死ぬんだから教えてやるが、うちには聴覚強化スキル持ちが三人いてな。交代しながら二十四時間、近辺の盗聴を行っている。四時半くらいに怪しい奴らがいると報告を受けてな、そこから突入してくるまでの全ての会話は聞かせてもらった! なぁバフ使いの紫吹!」
(やっぱり殺す気なんだ。なんて奴らだ!! 颯太君、早く来て……)
蛾来のどうせみんな死ぬという言葉を聞いて飛鳥の緊張感は一気に高まる
「なぜ? 能力が使えるんですか? 事前の調査だと、一人も使える人はいなかったはずです。突入前にした探知でも、体内にオーラ反応があるものはいなかったと報告を受けています!」
紫吹はなおも質問を続ける。紫吹も颯太が来るまで引き延ばそうとしているのかて飛鳥は感じる。
「お前らは良いよな! 初めからオーラを持っていて、スキルも使えるんだから。俺らは、みんな、後天的に使えるようになったんだ! 少し前まではただの一般人だった。お前ら能力者に見下されるだけのな!!」
蛾来の言葉からは強い怒りや憎しみのようなものが伝わってくる。
「後天的に能力を得られるなんて訊いたことがないですよ? 本当なんですか?」
飛鳥が質問した。おそらく話を引き延ばそうとしているであろう紫吹に協力するつもりだ。
「本当さ。まぁ、お前らみたいな日が当たる世界でのうのうと暮らしてる奴らは知らなくて当然かもな。これの存在は……」
蛾来は、太い注射器を懐から取り出し飛鳥と紫吹が見える様に掲げた。注射器の中には赤黒い液体が入っている。
「なんですか? それは?」
飛鳥が尋ねる。
「これは人工能力開発薬だ。この容器の中身は能力者の血液だ。半年ほど前に判明したんだがな。能力者の血液を非能力者に輸血すると、輸血された側も能力が出るんだ。血液の元々の持ち主と同じスキルと同じだけのオーラが」
「バカな!! そんなこと、信じられるわけがない!! だとしたらもっとニュースになっているはずです!」
紫吹は信じられないと言った顔をしている。
「考えてもみろよ! この世の中に、能力者になりたい者は無数にいるんだぜ?
この事実を知ったら世の中は大変なことなるぞ? もしかしらお前らみたいな能力者が非能力者たちに襲われるようになるかもな!」
蛾来が語る未来を思い浮かべて飛鳥はぞっとした。
(能力者の血液で、非能力者が能力を得られる?? ありえない!! でも、もし、もし本当だったらあいつが言うように、能力者を一般人が襲う未来は考えられる)
まだ、蛾来の話を全て信じたわけではない。それでも、この男たちの先ほどの戦闘を思い出すと、説得力があるのも事実だった。
「おい! 城戸! 能力を見せてみろ!」
「うす!」
蛾来の指示を聞くと。城戸はすぐに五メートルほどの鎖を錬成した。そして、それを空中で蛇みたいにうねらせている。
「こいつの能力は二ヶ月前にあるA級能力者から奪った血を使って発動させたんだ! 結構強かったが、まあ俺の敵ではなかった。」
「まさか……。こんなことがあるなんて……」
飛鳥は、目の前で実際に能力を目撃して戦慄した。
「驚いた様子だな。城戸は二ヶ月前まではお前らの言うところの、ただの一般人だった。でも今や、お前らみたいな本物の能力者を拘束できるほどの力を手に入れたんだ。すげぇだろ!」
(このことが世間に広まったら大問題になる……)
飛鳥は、目の前で起こった事実を受け入れるしかなかった。そして、世間に広まった後に起こりうる問題についてもすぐに、考えを巡らせる。
(あれ、でもおかしい……)
しかし、あることに違和感を感じ、再び尋ねる。
「じゃあなんで、スキル探知でオーラが検知されなかったんですか?」
「普通の能力者と違ってな。ほとんどの血は自分の血なんだ。だから、こうして能力を、発動した時しかオーラも放出されないんだ。探査能力者の目を掻い潜れるのはメリットだよな」
蛾来の説明に再び飛鳥は息を呑む。能力者だと検知できないのであれば、能力を使う瞬間まで非能力者を装うことができる。それがどのような危険性を持つか飛鳥はわかっていた。
「だがな、この薬は良いことだけじゃない。大きなデメリットもある。縮むんだ。寿命が。二十年も。これは裏社会の医者達の研究で明らかになっている。だがな。俺らはそれでも飲んだ。この社会は完全な格差社会だ! お前達のような能力者が社会の資本を独占しているからだ!! 考えられるか? 千人に一人。わずか〇・一%の人間が日本の三〇%の資本を独占しているんだぞ!! 能力のない者たちが必死に毎日働いて生きている中、お前たちはやれダンジョンだ! バトルトーナメントだ! 警察や消防の手伝いだとか言って簡単に金を稼ぐよな! 俺らはそれが許せねぇんだ!!」
話ながら蛾来の怒りのボルテージはどんどん高まっていく、額は真っ赤に染まり、血管が飛鳥の位置からもわかるほど太く浮き出ている
「そこの買収結界野郎! お前確か二億も持ってるんだよな? そんなに弱いのに! いい気なもんだぜ!! 後でその金もお前ら能力者の金も全てもらうからな!! お前達、能力者の全てを奪ってやる!! なぁお前ら!!」
「うぉぉーーー!!」
室内にいる男達はみな雄叫びをあげた。蛾来の怒りが他の者達に伝播したのか、皆ものすごい形相をしている。そのあまりの迫力に恐怖を感じ飛鳥の体は自然に震え始めてしまう。
「さて、話はおしまいだ。そろそろ仕事を始めるとしよう! ここまで話してもうわかっていると思うが、お前らの血も一滴残らず搾り取って販売させてもらう!! ちなみにバフ能力者! お前の能力は貴重だ。二百ccの血液が二億で売れる。そして、買収野郎の血と探知スキルの女の血は五千万だ」
そこまで叫ぶと、蛾来は、後ろを振り向く。
「そしてそこに倒れてる狼野郎の血と通過小僧の血はいらねぇ。二十年の寿命じゃ割に合わねえ不人気能力だからな。たっぷり痛み付けた後にミキサーにかけて太平洋にばらまいてやるよ! いいか!! 二度とうちに仕掛ける馬鹿が現れないように徹底的にやるぞ! おめぇら!!」
「うおおぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
蛾来の言葉を聞いて、周りの男たちは再び雄たけびを上げた。
こみ上げる恐怖の中、飛鳥はただただ祈っていた。自分の最も信頼する男の到着を。
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