第60話 待ち伏せ

 爆発が起こる直前、飛鳥は敵の動きの全てを探知していた。企業能力者四人が門から走り始めると同時に、建物内の全ての人間が動き始めた。ものすごい速さで、動き回り、数十秒で迎撃態勢を整えていった。手には拳銃やマシンガンのようなものを持っている。

 その事実に気が付いたとき、飛鳥の顔から血の気が引いていく。

(なんで? 完全にこちらの動きが読まれている! 待ち伏せされている! 伝えなきゃ!!)


 飛鳥は、前を走る四人にこの事実を伝えようとしたが、四人はすでに建物の中に侵入してしまっていた。そして次の瞬間、四人の目の前に五個の手榴弾が投げ込まれるのがわかった。

 四人が扉を蹴破り、中に入ろうとしたその瞬間。完璧に合わせたタイミングで……。


 飛鳥は、四人が爆風をもろに受け、吹っ飛んだのを感知した。そして、あまりの出来事に飛鳥の思考がフリーズし、ただ呆然としていると、待ち構えていた影心会の六人が倒れ伏している企業能力者たちに向かってマシンガンを乱射し始めた。

 人を攻撃することになんのためらいのない敵の様子に飛鳥は愕然とした。


 ♢       ♢       ♢       ♢       ♢ 


 今回の任務に集められた唯一のS級能力者でる紫吹は、床に倒れ伏しながら、マシンガンによる猛攻を必死で耐えていた。オーラにより底上げされた防御力と、さらに自身のバフで二倍に引き上げられた防御力。そして、最近開発された高性能戦闘スーツにより、何とか手榴弾とマシンガンによる猛攻を受け続ける。

 

 耐えると言ってもそのダメージを全て消す事は出来ない。爆発による衝撃は自分の体に深刻な打撲を与え、今受けているマシンガンの一撃一撃が、全身の骨に深刻なダメージをあたえているのを感じていた。


 しかし、紫吹は勤続十六年のベテラン企業能力者であり、日本に現在三十八人しかいないS級能力者である。強靭な精神力で、全身に走る激痛をなんとか耐え、頭では必死に現状を分析しながら打開策を考えていた。

(どういうことだ? 完全に待ち伏せされていた! 自分たちの奇襲が全て見透かされ、逆に待ち伏せをされてしまった! しかも、手榴弾や、マシンガンを所持しているなんて、こいつら普通の半グレ組織じゃない!! 完全に油断していた。頼みます。みんな無事でいてください!)


 十数秒続いた、マシンガンによる攻撃は、やっと止まった。あまりの痛みに紫吹がすぐには起き上がれないでいると、男たちの声が聞こえてくる。


「嘘だろ? 死んじまったのか? なんて弱さだよ!! こいつら本当にプロか? せっかく楽しめると思ったのに! くそつまらねぇ!!!」

「馬鹿! 油断するのがお前の悪い癖だぞ! 辻川! オーラに守られ、高級な戦闘スーツを着ているこいつらが簡単に死ぬわけないだろ? しかも今は、そこのSランク様のバフもかかっているんだから。ちゃんとみんな心臓は動いてるし、一人を除いて意識もあるぞ! 油断するなよ」

「桐生さん。すみません! でも生きているなら良かったぜ。Sランク様と結界使いと探知女は殺すなって言われてるしな」


(なんでこいつら俺たちの情報や、能力まで把握しているんだ? ただの一般人じゃないのか? くそ! 状況は最悪だ。でもみんな生きてはいるんだな)

 紫吹は、両手で体を支える様にして何とか立ち上がろうとする。体に走る痛みから、右足の大腿骨と左腕が骨折しているように感じた。


 紫吹が立ち上がると男たちの姿を見た。男たちはみなスーツを着ていた。桐生と呼ばれた男は黒色の短髪に眉毛とこめかみに反りこみを入れている。また、桐生の隣にたっている辻川と呼ばれた男は坊主頭をしており、その顔面には様々な入れ墨が入っている。


 紫吹は、ちらっと仲間の方を見た。

 菱田は、片膝をついた姿勢で。自分の周りに結界を展開していた。結界スキルにより、何とかマシンガンの攻撃は防いだようであるが、手榴弾の爆風はもろに受けたようで、深緑のスーツは、所々破れ、右肩のあたりには血も滲んでいた。狼人間に変身していた菅原も、全身にダメージを負ってはいるが、意識はあるようで、ゆっくりと立ち上がろうとしている。斎藤は、意識を失っているようで、うつ伏せに倒れていた。


「いってぇええええええ!!! くそっ!!! お前ら、絶対に許さねぇぞ!!」

「そんなボロボロの身体で調子に乗るな!! おいっ! 辻川、お見舞いしろ!」

「ああ!」

 辻川は、再びマシンガンを菅原に向かって放った。

「ああぁぁぁああああああぁぁーーーーーーーーーーー」

 あまりの激痛に菅原は声を上げて地面に倒れこみ、転げまわった。


「情けねえなぁ、能力者様と言ってもマシンガンの前じゃこのざまか」

桐生はあきれたようにつぶやく。


「菅原さん!」

 紫吹が菅原を心配するしぐさを見せると、桐生は紫吹の鳩尾に一発、弾を当てた。

「ぐっ」

 紫吹は痛みで、僅かに声が漏れた。


「おい! 勝手に動くな! いいか! こっちはお前らのせいで朝早く叩き起こされて迷惑してんだ。ただで帰れると思うなよ」

 桐生は、そう口にする。


 桐生の言動と、その立ち振る舞いから、桐生がこの場にいる男たちのリーダーなのだと紫吹は理解した。そして、起き上がってから、必死に考え続けた策を伝えるため、口を開いた。


「菱田さん! 菅原さん! 私がこいつらを食い止めます! そのうちに斎藤さんを連れて逃げてください。今の私たちでは彼らを拘束することは不可能です! いったん退いて立て直しましょう!! 門にいる女の子も忘れずに!!」

 手榴弾とマシンガンによるみんなのダメージが深刻なことを一目で理解した紫吹は撤退を促した。自分の身体もボロボロであったが、部隊のリーダーとして、死んでもみんなを逃がす決意を固めた。


 紫吹の決死の思いが届いたの、菅原は素早く起き上がると、倒れている斎藤のもとに駆け寄ろうとする。

 しかし、

「だから! 逃がさないって! 城戸! 」

 桐生に城戸と呼ばれた男は男たちの中で唯一その短髪を金髪に染めている。

 城戸が菅原のもとに駆け寄ると、その体から紫色のオーラを放出させた。そのオーラは、たちまち太い鎖へと姿を変え、菅原の身体に一瞬で巻き付いていった。

 巻き付いた鎖は狼人間へと変身し、身体能力が高まっている菅原でも切断できないようであった。菅原はしばらくもがいた挙句、鎖に足をとられ地面に倒れた。


「お前もな」

 すると次に、倒れている斎藤のもとに辻川と呼ばれた男が近づくと、両手から、粘着質の蜘蛛の糸のようなものを放出し、斎藤の身体に纏わせていく。


「なんであなたたち、スキルを使えるんですか!!!」

 その様子を見ていた紫吹は大声だす。依頼にあった情報と明らかに異なる。しかも、あの探知能力者による調査でもオーラは確認されなかった。今だかつてない未知の状況に紫吹の頭は混乱を極めていた。


「なんでお前たちに話さなきゃいけないんだ。これから死んでいくのに……。おい! 城戸! 辻川!」

 桐生が、そう口にすると、城戸と辻川は紫吹に向かって駆け寄ってくる。

 紫吹は、懐に忍ばせていたナイフを取り出して応戦しようとするも、城戸の鎖によって、両足を拘束されてしまう。紫吹が鎖に足をとられた隙に、辻川は蜘蛛の巣の形をした粘着糸を手から放出し、紫吹の身体を拘束する。


 いかにSランク能力者といえど、思いもよらぬ攻撃によって体に追ってしまったダメージと、もともと生粋の非戦闘タイプである紫吹では、これ以上どうすることもできなかった。紫吹は、顔面を粘着質の糸に覆われ、苦しそうにもがいている。



















          

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る