第59話 突入

(嘘だろ? 予定時刻よりも三〇分も早いじゃないか!! しかも、まだ俺が到着してないのに始めるのかよっ! くそっ! どうする?)

 飛鳥から連絡を受けた颯太は焦っていた。降車予定の駅まではまだ二駅もある。


(飛鳥さん。大丈夫か……?)

 ベテランの能力者と一緒に任務を行うと社長は言っていたがそれでも颯太の心には不安が浮かんできてしまう。それは、これから対峙するのが、一家集団失踪事件という不穏な事件を起こした元凶かもしれない連中だということと、すでに飛鳥が颯太にとってかけがえのない存在になっていたからである。


(なんとしても飛鳥さんを守りたい!!)

 そう思っている颯太の額には焦りの色が浮かんでいた。百キロ以上で走っていると思われる電車の速さが、今はとても遅く感じてしまう。

(落ち着け! 俺、焦るのはよくない。 次の駅に止まったら、最高速で現場に向かおう)

 しばらくして電車の速度が少しずつ落ちてくるのを感じ取った颯太は、リュックからコーン茶を取り出して口を付けた。


(目的の駅まではまだ二駅ある。そこからタクシーで現場に行こうと思っていたけどそんな悠長にしてる場合じゃない……。こうなったら……)

 颯太は、電車が停止し、ドアが開くと同時にコーン茶で発動する【飛行スキル】を発動させた。手には目的地を入力した地図アプリを持ち、ホームから、空へ勢いよく飛び立った。


 空はわずかに明るくなり始めていた。


 ♢       ♢       ♢       ♢      ♢


 飛鳥たち五人は巨大な木造りの門の前に立っていた。その門は大きく、まるで寺の入り口にあるようだと飛鳥は思った。

 今、飛鳥が紺色、菱田と菅原は緑色、紫吹と斉藤は黒色の戦闘スーツを着ている。

 今から突入しようとしている屋敷は、

 

 日本古来の和風建築で建てられている。門の奥には大きな寺の境内と言われても信じてしまうほど広大な庭が広がっている。そして、門から三〇メートルほど奥には平屋建ての和風建築が見える。

 その屋敷を一目見て飛鳥は

(まるで巨大な寺ね。どんだけお金を稼いでいるのよ)

 と、屋敷の大きさに面食らってしまう。


「すごいな。この屋敷は」

「ああ、確か昔の大物政治家が使っていた屋敷だったらしいぞ。その政治家が亡くなってから、遺族が売りに出したそうだ」

「それを奴らが買ったのか。まったく! ずいぶん儲けてやがるな」

「話はそれぐらいにしてください。有馬さん。突入前に最後の索敵をお願いします」

「はい!」


 飛鳥は、屋敷に向かって両手を突き出し、オーラを飛ばした。飛鳥のオーラが屋敷を包むように広がっていくと、飛鳥の脳内には屋敷内の映像が、完全にではないが伝わってくる。

「終わりました。 ここからだと、屋敷の前方半分ぐらいまでオーラが届きませんでしたが、中にいる人は皆横になっています。おそらく寝ていると思われます。

 そして、情報にあったように、体内にオーラがある人は一人もいませんでした。

 能力者はいません」

「十分です! では、さっそく突入しましょう。皆さん。準備は良いですか」

「「「はい」」」


「ウオォォーーー」

 紫吹が掛け声をかけると、飛鳥のすぐ右に立っている菅原がいきなりうなり声をあげた。飛鳥が驚いて振り向くと、菅原はいつの間にか上半身の服を全て脱いでいた。飛鳥が呆気にとられていると、菅原の身体は、徐々に変形し始めた。手や腕に灰色の毛が急速に生えていくかと思ったら、骨格も変形し始めた。上顎からは五センチほどはありそうな牙が二本下に向かって映え、耳の形も鋭くとがったものに変わっていく。数秒後、飛鳥の隣には狼人間が立っていた。突然の変身に飛鳥は目を丸くする。


 飛鳥のその表情に気付いたのか、菅原は、自分の肉体を見せつける様にポーズをとりながら得意げに話しかけてくる。

「どうだ? 珍しいだろ!! 狼人間への変身スキルだ! この姿になれば人間の身体よりも二倍の身体能力を得ることができるんだ。犯罪者共の、頭をかみくだいてやるぜ」


(この人、変身スキル持ちだったんだ……)

 飛鳥は高校の頃に授業の中で教師が話していたことを思い出した。

 【生物変身スキル】――そこまで希少ではないが、ほとんどの場合、身体能力を底上げできるため、能力者たちの間では一定の評価を得ていた。中でも、生態系の上位に立ちような生物は強力であるため評価されていた。見た目が、動物に変わってしまうため、子供からの人気はなかったが。


「お前がいきなり変身したから飛鳥ちゃんがビビってんじゃねーか。ごめんな。飛鳥ちゃん」

 飛鳥に向かって、いかにも軽薄な笑みを浮かべながら菱田が声をかけてきた。

「いえ」

「こいつは狼人間スキル。そして俺は……」


 菱田は、右手の指を鳴らした。すると、狼人間に変身した菅原の周りに、ガラスのような結界が現れ、菅原を取り囲んだ。菅原の上下左右には透明な壁が透けて見える。


「結界スキルだ。見るのは初めてかい?」

「いえ、高校の頃の同期でいました」

「なんだ。つまんねーの……」

「おいっ!! 早く出せっ!! コラ!」

 飛鳥の言葉を聞いて菱田は面白くなさそうにつぶやいた。

 閉じ込められた菅原は結界を内側から叩きながら叫んでいる。


【結界スキル】――自分や仲間に使えば防御スキルとして使用でき、敵に使えば容易に拘束することができる。発現割合としてはそこまで珍しいものではないが、警察や、悪人を捕らえる仕事に就きたい能力者にとって好まれる能力であった。


「おい!」

「いてっ」

 菱田が菅原の周りの結界を消すと、菅原は菱田の頭を軽く殴った。


「良いですね! じゃあ私も……」

 次に紫吹がそう口にすると、体の周りにオーラを放出し始めた。色は赤色で美しく輝いている。

「いきますよ!」

 紫吹は自身の周りを覆っていたオーラを周りの四人に飛ばした。その瞬間、飛鳥は自分の体にある変化を感じ取った。


(身体が強化された?)

 飛鳥は高校の時の団体戦で似たような経験があった。紫吹のオーラが体内に入り、自分の体を強化しているのがわかった。


「紫吹さん、これって……」

「ええ、防御力強化のバフスキルです。今から三〇分間、みなさんの防御力は二倍になります」

「二倍ですか……。 すごい……」

 飛鳥は驚いた。ただでさえオーラで強化されている能力者の身体能力を高めるバフはかなり貴重なスキルであった。しかも、1.2倍や1.5倍強化バフが多い中、二倍バフと言うのは聞いたことがなかった。


「紫吹さん、すごいだろ! 伊達にS級能力者やってねぇよ」

「ああ。何回うけてもすごいバフだ!」

 菅原と菱田は飛鳥に対してはもの凄く横柄で、見下してくるが実力者の紫吹の事は尊敬してるようであった。


「おい! 齊藤! お前の能力も見せてやれよ!」

 菅原にそう声をかけられると、斎藤は一瞬嫌な表情を浮かべた。そして、何も言わずに黒色のオーラを自分の周りに放出すると、目の前の門をそのまますり抜け、姿を消した。


 飛鳥が何が起こったか理解できないでいると、斉藤は門の向こうをすり抜けて再び現れた。


「あっはっは!! おもしろいだろ? 通り抜けスキルだ。毎回笑っちまう!」

 菅原は楽しそうにそう口にしたが、斎藤は先ほどと、変わらず無表情を浮かべていた。


「よし、能力を把握したところで、早速始めますか!」

 しばらくすると、紫吹が指揮をとりついに任務をスタートさせた。


 斉藤はするすると門をすり抜けると内側から鍵を開けた。すると、紫吹は飛鳥に向かって、口を開いた。

「君は、ここにいて良いですよ」

「えっ、でも索敵は?」

 紫吹の言葉を聞いて飛鳥は驚いた。通常、こうした任務の場合、索敵スキル持ちが敵の状況を把握し、細かく指示を出すからである。

 しかし、紫吹の答えは予想外のものであった。


「一般人相手に索敵は入りません」

「そう言う事だ。警察は依頼をしたようだが君は必要ない。ここで見てな。」

「ああ、敵の様子がわかったらスリルもなくなっちまうからな!」

 紫吹の言葉に菱田と菅原も続いた。

 三人の言葉を聞いて飛鳥の胸の中には再び怒りが広がった。


(この人達、仕事をゲームかなんかだと思ってるんだ……。信じられない。なによスリルがなくなるって! バカじゃないの?)

 飛鳥は内心、怒りの感情でいっぱいだったが、先ほども散々馬鹿にされていたため、もう反論するのも嫌だった。


 飛鳥が、押し黙っていると、四人はこちらを気にも止めず、

「おい菱田! なん分で終わらせる?」

「十分!」

「それじゃあ遅いですね五分でけりつけましょう」

 などの会話を繰り広げ、やがて一気に奥に見える屋敷に向かって駆けていった。その緊張感のない様子にイライラしながらも、飛鳥は四人の後を追った。


 飛鳥以外の四人は、屋敷に続く砂利道を抜け、一瞬で建物の入り口に辿り着いた。入り口の扉を狼化した菅原が蹴り倒すと、四人は素早く建物内に侵入した。

玄関らしき場所には誰もいなかった。目の前には奥の部屋に続く通路が広がっていた。

 木の床を四人は駆けていくと、再び菅原が扉を蹴り飛ばし、四人はその部屋に突入した。


 すると、四人が部屋に入った瞬間、眼の前の空中に手榴弾が投げ込まれ、激しい閃光を発しながら爆発した。

突然の出来事に誰一人回避も防御もできなかった。


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