第58話 侮蔑

「わかった? なにも心配することないよ。すぐ終わるさ。それよりもさ、好きな食べ物教えてよ。いい店予約するからさ」

 菱田はなおも飛鳥をデートに誘おうとしてくる。その口元に浮かべている薄ら笑いを見るだけで飛鳥は嫌悪感が次々にこみ上げてくる。


「でも、拳銃だって持ってるかもしれないじゃないですか!! 当たりどころが悪ければ、能力者と言えども死にますよ」

 飛鳥は、いい加減、食事に誘われることに嫌気がさしていた。仕事のことに話を戻す。


「俺らが着ているこの戦闘服は特別製だから。防弾チョッキと同じくらいの防御力がある。見ろ! 結構分厚いだろ? それに俺のオーラは35万はある。拳銃程度の威力じゃ致命傷にならない!」

 菅原は自分が着ている深緑色の戦闘服を飛鳥に見せてきた。確かに、今自分が着ている物よりもずっと性能は良さそうだと飛鳥は思った。


「君のオーラはどれくらいなの?」

 菱田が尋ねてくる。

「22万です」

「そっか、まぁ能力者の平均ぐらいだね! それじゃあ拳銃を怖がるのもわかるよ。ちなみに俺は33万だから。守ってあげるよ! 俺の後ろにいなよ」


「さっきも言っただろ! お前は引っ込んでろって!!」

「お前がな」

 再び言い合いを始めた二人を見て、飛鳥は頭を抱えた。


 それから五分ほどの時間が経った頃、紫吹がおもむろに口を開いた。


「来ませんねぇ。後1人が」

「君、確か、同じ会社じゃなかったか?」

 紫吹の言葉を受けて菅原が訊いてくる。

「ええ、でもまだ四時五十五分ですよ? まだ集合時間まで五分ありますよ」

 飛鳥は腕に着けている時計をみんなに見せる様に掲げる。


「しょうがないですねえ。こう言うときは、少し早めに来るんですよ! そして、みんな集まったらすぐ仕事を始める! そうすれば、すぐ帰れるでしょう?」

「でも……。作戦とかは?」

「相手が一般人の時は、そんなのは必要ありません。 ただ正面から突入して1人1人拘束していくだけです。なにがあろうとこちらが負けることはないですから」

 紫吹も、先ほどの菱田と菅原と同じで、一般人など相手にしていないと言った様子だ。

「さて、どうしましょうか……」


「いいんじゃないですか? 先に始めちゃっても!! 待ちくたびれましたよ!」

 紫吹の問いかけに菱田が答えた。

「なるほど……。君たちはどう思いますか?」

「賛成! ただの一般人だろ!! ぱっと捕まえてさっさと解散しましょうや!」

 菅原も威勢よく答える。

「斎藤君! もう始めてもいいかい?」

 未だにイヤホンを仕えたままゲームをしている斎藤に向かって紫吹は大きな声で叫んだ。すると、斎藤はさもめんどくさそうにイヤホンを外すと、

「いつでも行けますよ」

 と答えた。


「決まりですね! 五分後に突入します! 準備を始めてください!」

「よっしゃ!」

「やっとですね」

 紫吹の指示を受けて、それぞれが、準備を始めようとする。飛鳥は、慌てて叫ぶ。

「ちょっと待ってください! うちの会社からもう一人来るんです!! それまで待ってください! 多分本当にもうすぐ来ますから!」

 飛鳥は必死に頼み込む。


「そういえば、君の会社ってどこなんだ? まだ聞いていなかったね。」

 菱田は身支度をしながら、尋ねてくる。

「株式会社ヴァルチャーです」

「ヴァルチャー? 聞いたことないですね! 皆さんは知っていますか?」

「いや、わかりません」

「きいたことないぞ」

「僕も」

 最近、テレビで報じられる機会が多かったがこの者達は知らないようであった。


「企業レベルはいくつなんですか??」

「Ⅰです……」

「えっ?」

「Ⅰです!!」


「えっ?」

「まじか!!」

「嘘だろ??」


「…………あっはっはっは!!!」


 飛鳥の声を聞くと、一瞬の静寂の後。男たちはみな大爆笑した!調子に乗っていてうざい菱田や菅原はまだしも、比較的常識があると感じていた紫吹や斎藤も。口を押えて失笑している。

 その姿を見て、飛鳥は、この場から今すぐ消えたくなるほど恥ずかしくなった。

 全身の血が沸騰しているのではないかと思うほど体が熱くなってくる。今までの人生でこんな屈辱は感じたことがない。耐えられないほどの羞恥を感じていた。

 しかし、男たちはこっちの気持ちなんて意にも返さず、思いっきり笑っている。菅原に至っては、目に涙まで浮かべていた。


「初めて見たよ! 企業レベルが最低の会社の人! なあ菅原!」

「あぁ、どおりで素人くさいって思ったぜ!! 普段ウサギ狩りとかしかしてないんだろ?? そりゃあこんな現場にいきなり来たらビビるよな」

 二人は、もう、最初にナンパをしてきたような薄ら笑いも浮かべていなかった。今は、ひたすら飛鳥の身分を侮蔑してくる。

(最っっ低!!)


 飛鳥ははらわたが煮えくり返るほど悔しかった。あまりの屈辱に涙がこみ上げそうになってくる。しかし、泣いている姿だけは絶対に見せないようになんとか堪えている。これ以上、この男たちに馬鹿にされる隙は見せたくない。

「君たち、さすがにそれは失礼でしょう。企業レベルⅠの会社に所属している方もいるのですから」

「すみません。あまりにおかしかったので……」

「ああ、初めて見たから、驚いちまった」

 さっきまで自分も笑っていた紫吹が、一言いうと、やっと二人の笑いは収まってきた。


「ちなみに聞きますが、君ともう一人の階級はいくらなんですか?」

「Bです……」


「「あっはっはっは」」

 飛鳥が発した小さな声を聞くと、再び、菱田と菅原は噴き出した。

「なんだよBランクだったのかよ。貴重な索敵スキル持ちだからAランクかと思ってたぞ」

「ああ。そうだな。でも落ち込むことはないよ。だって君まだ21歳だろ? Bランクでも何も恥ずかしいことはないさ」

 飛鳥のランクを知った二人はさらに飛鳥を下に見たようだった。言葉の節々から見下されていることが伝わってくる。

 

 社会で活躍する企業能力者は、日本の能力者を統べる政府の能力者管理部門によってランク分けされている。

 特殊能力者育成学園を卒業した能力者はB級能力者の資格を与えられる。そこから、社会への貢献度によってA級、S級、SS級と位が上がっていくのである。


 B級能力者がもっとも人数が多く、位があがるほど人数は減っていく。

 A級能力者には一定の実績を上げないと成ることができないため、能力者業界の中では、実力者として認識されている。飛鳥を散々笑った菱田と菅原、ゲーム好きの斎藤はA級であった。

 S級能力者は社会に大きく貢献する実績を上げたものだけがなれるくらいで、能力者の中でも憧れの的であった。今回の任務の隊長を務める紫吹はS級能力者である。

 SS級は、莫大な成果を上げるか、その力を示して者に与えられるランクで、日本にはわずか九人しか存在しない。能力者たちにとって神にも等しい存在であり、全国民、果ては海外の人たちからも絶大な人気を誇る存在であった。


 能力者業界は、階級主義が常識であった。下のランクの者は上のランクの者の指示に従うのが一般常識であった。


「そうですか。では、今日は私の指示に従ってください。私はこう見えてもS級ですので……」

「……」

紫吹の言葉を聞いて飛鳥が呆然としていると、

「あきらめなよ。俺らはAランクだし、旦那に至ってはSランクだ! わかってるとは思うけど、この世界は階級が絶対だからな! さあはやく準備を始めな」

菅原の言葉を聞き、飛鳥は仕方がなく、準備を始めようとした。


すると次に、菱田が手を伸ばしてきて飛鳥の肩に置きながら小さな声で囁いてくる。

「この仕事が片付いたら、うちの会社に口を聞いてあげるよ! 直ぐ転職しなよ! そんなクズ会社!」

「結構です!!」

 飛鳥はその手を勢いよく払った。


飛鳥以外の三人が車を降りていくと、飛鳥はたまらず颯太に電話をかけた。

「颯太君!! どこにいるの!! 」

「飛鳥さん! おはようございます! もう直ぐ町田に着きます。すみません! 途中で困っているおばぁちゃんがいて、助けてあげていたら電車を一本逃してしまいました! あと、十五分くらいで着きますよ!」


「もう! 遅いよ!! もう作戦始めちゃうって!!」

「えーー、任務開始は五時半になったらじゃないんですか? 今はまだ四時五十五分ですよ!!」

「私も反対したけど話を少しも聞いちゃくれないの! とにかく早く来て!!」

「わかりました!」


 飛鳥は電話を切った。先ほど受けた多大なストレスにより、颯太に対していつもよりきつく当たってしまった自分をわずかに反省すると、車を降りた。

 




 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る