第57話 企業能力者たち

 午前四時四十五分。飛鳥は八人乗りの車の中にいた。日の出まで少し時間があるため窓の外はまだ暗闇に包まれている。今から五分前に社長が運転する車で現場に到着した飛鳥は、待ち合わせの車に乗り込んだのだ。颯太はまだ到着していない。待ち合わせ時刻まではまだ十五分ある。車の中には飛鳥の他に四人の男が乗っていた。


(はぁ……)

 飛鳥は今、猛烈に困っていた。四人の男の内の一人から猛烈にナンパをされていたからだ。


「君、ほんとかわいいね〜! 連絡先交換しようよ!! そして今度ご飯行こうよ! 俺、めっちゃ美味い店知ってるからさ、今度ご馳走するよ!」

 そう口にした男は「菅原大吾」という。年齢は二十六歳。クラスⅢの能力者企業「ゾディアック」に所属している。金色の髪に坊主頭という威圧的な風貌をしている。耳に着けている太いリングのピアスと、右手にいくつか着けているドクロやごつい指輪が印象的な男だった。

 

 飛鳥は、一目見た瞬間、

(なんかこの人無理!)

 と思ったが、その威圧的な見た目から態度に出せずにいた。

 菅原は、飛鳥が座っている席の前に座っているが、座席を乗り越えてこちらに顔を出してきていた。数分前からずっと声をかけてきている。


「おい! 菅原! こんな場所でナンパすんなよ! 恥ずかしいやつだな! おっ、でも君、本当に綺麗だね!! やば!! モデルでもやってるの? 君みたいな美人この仕事してて初めて見たよ! 今日この仕事が片付いたらさ、俺と食事でも行こうよ!」

 菅原の隣から同じように顔を出してきた男は「菱田京也」という。年齢は二十六歳。菅原の同期で同じく企業クラスⅢの「ゾディアック」に所属している。髪形は黒髪のセンターバックをいている。通った鼻筋と、大きな瞳が印象的な男だった。世間的に見れば十分イケメンなのだろうが、飛鳥は、(何この人、ナルシストっぽい! 無理! キモイ!)と評価は最悪だった。


 そんな飛鳥の気持ちには気付かず、菱田はなおも言葉を続けてくる。

「せっかく今、時間があるんだからさ、連絡先、交換しようよ。ちょっと待ってね。今スマホ出すから」

 菱田がそこまで言うと、横にいた菅原が怒声を上げる。

「おい!!!てめぇも同じじゃねぇか!! 俺が先に声かけたんだから。引っ込んでろボケ! 殺すぞ!!」

「はぁ、お前みたいな奴にこんな綺麗な子が釣り合うわけないだろ! お前こそ!引っ込んでろよ!! 君、こいつだけはやめときなよ! 業界でも有名なクズだから!」

 その威圧的な風貌とドスの効いた声もあって、かなりの威圧感を飛鳥は感じるが、隣にいる菱田は飄々としている。

「あぁ!! もう一度行ってみろや! タコ!コラッ! あいつらの前に先にお前をボコボコにしてやるよ!」


「君たち、ちょっと黙りなさい! 何を騒いでいるんですか! 私は眠いんです。邪魔しないでくれますか?」

 殴り合いを始めようとしている二人に対して、車の一番後ろの席から声がかかった。


「紫吹さん……。すみません、起こしちゃいましたか。」

「申し訳ありません。お前のせいだぞ!」

 その声を聞いた瞬間、さっきまで威勢がよかった二人は、嘘のように静かになり、居住まいも正した。


「これだけうるさくされたらね! まったく、困ったものです。プライベートの話は仕事の後にしなさい。もう少し寝るので、頼みますよ」

 男はそう口にするとアイマスクを付け、再び座席を倒した。

「「すみませんでした!!」」

 菅原と菱田は、高校球児にように丁寧に謝罪した。


 あれだけ調子に乗っていた二人が敬意を払うこの男は「紫吹光」という。年齢は三十七歳。超一流企業の証である企業クラスⅤの企業「エンドラ」に所属している。

 口調は丁寧であったが、なんとも言えない凄みを飛鳥も感じていた。ワックスで丁寧に七三に固めた髪形と、銀色の眼鏡。そして切れ長の瞳が相まって、冷たい雰囲気を醸し出していた。


 最後の一人は、飛鳥が車に乗り込んだときからずっと、ゲームをしている。ちらっと見えたが手に持っていたのは、最近人気の持ち運び型ゲーム機だった。耳に着けているイヤホンがゆっくりと水色に点滅している。

 この男は「斎藤透」という。年は二十四歳。企業クラスⅣの企業「フィール」に所属している。眼が隠れてるようなマッシュルームカットの髪形に、女性に見えるほど小柄な体型をしていた。


(なんなのよ? この人たち……。本当に仕事する気あるの? これから犯罪者のもとに突入するんだよね? なんなの? この緊張感のなさは。この人達、本当に大丈夫なのかな?)

 飛鳥は、思っていたのとまったく違う、周りの男たちの姿にあっけにとられてしまった。

(だいたい、なんなのよ。あのナンパ男二人は! 仕事を何だと思っているのよ! 気持ち悪い! あーー早く颯太君来ないかな……)


 飛鳥がそんなことを考えていると、再び前の二人が後ろを向き、背もたれの上から顔を出してきた。

「そういえばさ。君って東京校? それとも京都校? 俺らは東京校で、今二十六歳なんだけどさ。被ってはないよね! 」「あほかお前!こんな綺麗な子、俺らの時にいなかっただろ!」

 二人がまた、絡んできて、飛鳥は嫌気がさした。よほど飛鳥に興味があるのか、かなりしつこい。紫吹に気を使っているのか二人の声は少し小さくなっている。

「……東京校です。今二十一歳です」

 飛鳥は、嫌々答える。容姿を褒められたら普通はわずかながらでも嬉しさが込み上げるものだが、なぜか、目の前に座っている二人からは嫌悪感しか感じない。


「そっかぁ。五つも下か、わからないわけだ。なあ、集団戦闘学の中村って君の時、まだ元気だった? 俺、あいつにかなり怒られたんだよね~。そうだ! 仕事終わった後、ちょっと前の学校がどうなってたか教えてよ! 食事奢るからさ」

「私、この後予定あるので、終わったらすぐに失礼します」

「そう言わずにさ。ちょっとだけいいだろ。なっ?」

「ああ、普段食べられないような超高級な店連れてってあげるから」

 二人の声を聞いていると、飛鳥は次第にイライラしてきてしまった。

 その気持ち込めて、気になっていることを逆に質問した。


「なんか皆さんずいぶん落ち着いているんですね、大丈夫なんですか? 準備とか、作戦とか立てなくて……。もうすぐ敵のアジトに乗り込むんですよね?」

「あれっ? 君…もしかしてこういう仕事初めて?? かわいいなぁーー。怖がっちゃって!! 大丈夫だよ!! ちゃんと俺が守ってあげるから! 怖かったら、手、握っててあげようか?」

 飛鳥の言葉を聞いて菱田は口元に笑みを浮かべながらそう口にした。


「別に怖くないです! ただ、そんな緊張感がない感じで大丈夫なんですかって! 聞いてるんです!! 後一時間後には突入するのに?」

 菱田の言葉を聞いて、飛鳥のイライラはさらに高まる。その言葉や声、表情からは明らかに自分を見下しているのが伝わってくる。


「あっはっは!」

「君、まじ受けるな!」

 飛鳥の言葉を聞いて、二人は本格的に笑い始めた。


「なんだ、君、本当に素人なんだ! ごめん! 気付かなかった。」

 飛鳥の言葉を聞いた菱田はそうつぶやく。今までよりもさらに見下してくるのをその口元に浮かんだ卑しい笑みから感じる。

 「君、今日の仕事内容をちゃんと聞いた?? 相手は一般人だぞ! いっ、ぱん、じん!! 君も知ってるだろ、能力者と一般人とでは大人と子供以上に力の差があるって。 少しやんちゃした小学生を懲らしめるのに、大人が緊張するか? わかるか、今日の任務はそういう任務なんだ」

 菱田の隣にいる金髪坊主の菅原が言った。

「そう言うこと。今日の任務は正直イージーだ。いっぱん人みたいなカス。俺ら二人でもいいぐらいだよ」

 菱田も同意する。


 飛鳥は二人の言葉を聞いてぞっとした。


 この世界には能力者と能力を持たない人間がいる。能力者が、一般人を見下すことは、少なからずあることだった。どこの世の中でも一定数の人間は、自分より下だと思うものを見下し、侮り、嘲笑し挙句の果ては差別しようとする。そんな人間が存在することを知ってはいたが、飛鳥はいざ目の前にそんな人間が現れると驚いてしまう。しかも、世の中のために貢献しようとする能力者企業に所属している者達の中に……。


 飛鳥はふと、高校の時の教師の言葉を思い出した。「能力者だからと言って、一般の人を見下してはいけない。むしろ、君たちは力があるのだから、その力は困っている人や弱い立場の人のために使うんだ」という言葉を飛鳥はいつも大切にしていた。


 しかし、目の前の二人はそうではないらしい。完全に、一般の人を見下している。そして、さらには女である自分のことも……。

 飛鳥は、目の前にいる二人が、自分の最も嫌悪するタイプの人間だということを完全に認識した。


(ああ、こんな人たちと仕事するのか……。最悪。颯太君、何してんのよ! 早く来て!)


飛鳥は溢れる嫌悪感を必死に抑えながら颯太の到着を祈った。




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