第54話 ニュースの反響

 「大変だよ! 颯太! こっそりそこから外を見てみろ!」

 

デートの次の日である水曜日の朝、颯太がいつものように瞬間移動を使い出勤すると、急に有希に呼ばれた。

颯太が窓際に立ち、カーテンの隙間から外を見ると大きなカメラやマイクを持っている男達が数人、道路の向こう側に立っているのが見えた。

「えっ?」

「お前や飛鳥に取材をするのが狙いなのさ。今、世間ではかなり注目されているからな」

有希は嬉しそうにそう口にした。


(まじか! 会社まで取材に来るのか。しかもこんなに朝早く! すごいな!)

颯太がマスコミに驚いていると急に、スマホが鳴りはじめた。画面を見ると相手は飛鳥だった。


「助けて! 颯太君!」

その声からは緊迫感が伝わってくる。

「どうしたんですか?」

「なんか会社の前にいっぱいマスコミがいるの!」

「僕も今窓から見てました」

「お願い! 颯太君、瞬間移動で迎えにきて!」

「今ですか?」

「うん。これじゃ会社行けないよ」

「歩いてきたら良いじゃないですか! 飛鳥さん大人気なんだし」

「やだよ! なんか最近やけにSNSのフォロワーが増えたし、変なコメントも送られてくるようになっちゃったんだから! 最悪だよ」

「そうなんですか?」

「颯太君は良いよね! 自分は顔を隠してるから全く影響なくて!! 会社へも瞬間移動でヒュンだし」

 飛鳥の声色に少し怒りが込められたのを感じ取り、颯太は焦った。二ヶ月の付き合いだが、会社の中で最も共に過ごす時間が長かったため、声だけでもそれはわかった。


「わかりました! すぐ行きます!!」

「初めからそう言ってよ! 近くのローシンの前にいるから来て」

「わかりました」


 ローシンとは青色の看板でお馴染みのコンビニエンスストアだ。会社から三分ほどの距離がある。また、ローシンまでは曲がり角がニ回あり、マスコミの目を掻い潜るには丁度いい位置だと颯太は思った。


 飛鳥と合流した颯太は事務所に入った。朝のこの時間にしては珍しく社長も有希ももう出勤していた。社長と有希はこの前と同じで、しっかりとスーツを着ている。

 颯太達がくると社長はすぐに、みんなを会議室に集めた。

 席に座った自分以外の三人に対して社長は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

「みんな! 喜べ!! 仕事がたくさん入ったぞ!」

「えっ? 本当?」

「うぉー!! やったぁ!」


 飛鳥と颯太は社長の言葉を聞いて、驚きの表情を浮かべている。仕事の依頼が少ないことがこの会社の、一番の悩みだった。社長からの仕事がたくさん入ったという知らせは何より嬉しいものであった。


(ついに! この時がきたのか!! ヴァルチャーが注目される日が! まぁあれほどニュースにも取り上げられたんだ。そりゃあ仕事の依頼は来るだろう。後はどんな仕事かが、重要だ。頼む! ダンジョン案件来てくれ!!)


 颯太はずっと、企業能力者が行う仕事の中でも特にダンジョンの探索に強い憧れを持っていた。いや、颯太だけではない、能力者のほとんどが、ダンジョン探索と、純粋に強さを競うバトルトーナメントの二つの仕事に憧れを抱いている。それは颯太も同じであった。


「その……、どんな依頼が来たんですか!」

 颯太は、期待と不安が入り混じったような表情で社長を見つめる。

「口で説明するのは時間がかかる。一覧を印刷してきたから、まぁこれを見てくれ」

 社長は、一人に一枚ずつ紙を手渡した。颯太は食い入るように読み始めた。そこにはこう書かれていた。


 依頼内容     依頼人   期限

 1 旦那の浮気調査 32歳女性 なるべく早く

 2 旦那の浮気調査 29歳女性 なるべく早く

 3 旦那の浮気調査 39歳女性 なるべく早く

 4 妻の浮気調査  37歳男性 なるべく早く

 5 旦那の浮気調査 27歳女性 なるべく早く

 6妻の浮気調査  53歳男性 なるべく早く

 7 旦那の浮気調査 41歳女性 なるべく早く

 8 旦那の浮気調査 35歳女性 なるべく早く

 9 旦那の浮気調査 43歳女性 なるべく早く

 10 妻の浮気調査  30歳男性 なるべく早く

 11 旦那の浮気調査 28歳女性 なるべく早く

 12 婚約者の身辺調査 22歳男性 なるべく早く

 13 旦那の浮気調査 31歳女性 なるべく早く

 14 旦那の浮気調査 39歳女性 なるべく早く

 15 旦那の浮気調査 29歳女性 なるべく早く

 16妻の浮気調査  27歳男性 なるべく早く

 17 旦那の浮気調査 50歳女性 なるべく早く

 18「鱗玉石」の納品 株式会社セラム 七月十五日まで。


「なんですか! これ! 浮気調査ばっかりじゃないですか!」

 颯太は思わず叫んでしまった。

「そうよ! なんでこんなに偏ってるのよ!」

 飛鳥も颯太に続いた。


「それがな。俺も有希も最近知ったんだが、ここ二ヶ月くらいで何回か浮気調査の仕事をしただろう。その依頼主達が、レビューを書いてくれているんだが、その評価がどれもめちゃくちゃ高いんだよ。多分、うちが有名になったタイミングでそれを見て依頼が増えたんだと思う」

「まあうちの会社は浮気調査以外の仕事では実績が無いからな仕方ないさ。まだうちの企業レベルは低いしな」

社長の言葉に有希が続いた。


「それはそうだけど。これじゃまるで、探偵事務所じゃない!」

「確かにそうだな! よし、こうなったら社名をを変えるか!」

「ふざけないで!」


冗談を言った社長が飛鳥に怒られている横で颯太は考え込んでいた。

(まだ、ダメなのか。知名度は上がったはずなのに……。いや、浮気調査でも仕事があるだけありがたいけどさ。なんというかちょっとショックだ……。あー、早く七月になってくれ、そうすれば、企業ランクが二つ上がってもっと仕事が増えるのに……)


「そう怒るなって飛鳥! 一番下を見たか? 一つだけあるだろ! いい仕事が!」

まだ怒りの表情を崩さない飛鳥に対して社長が、言った。


「この燐玉石の納品ってダンジョン案件ですよね」

颯太が、尋ねる。


「そうだ! ダンジョン内の地下三十階層から地下三十九階層の鉱床で採掘できるやつだ。なんでも一キロ十万円で買い取ってくれるらしい」


(良かった。一つだけでもダンジョン案件があって。浮気調査ばっかりじゃ気が狂ってしまうからな……。しかも、まだ行ったことがない奥深くまで行くことができる。楽しみだな……)

颯太は、またダンジョンに行くことができると知り、少しわくわくした。


「浮気調査が片付いたらみんなでダンジョンに、行こうぜ。この仕事はまだ期限まで3週間ほどあるからな。あと一ヶ月の辛抱だ! 企業ランクが上がったら、もっといい仕事が来るはずだ! 今できる仕事を頑張ろう!」

社長は、室内に漂う澱んだ空気を打ち消すようにそう口にした。みんなを鼓舞しようという気持ちが颯太にも伝わってきた。


「わかった。今ある仕事を頑張るしかないもんね」

社長の話を聞いてやっと冷静になったのか、飛鳥がそう口にした。


「そうですね。ダンジョンに行くのを楽しみに

頑張りましょう」


朝のミーティングは終わった。

「キャンプ今週は行けないね」

先に部屋から社長と有希が出て行くと、飛鳥は残念そうにつぶやいた。

「はい。浮気調査は土日がメインですもんね」

「うん。残念すぎる」

飛鳥は心からガッカリしたように肩を落とす。


「仕方ないですよ! 仕事全部片付けて来週行きましょう!」

「うん。そうだね! 頑張るか!」

「はい!」


二人は落ち込む自分に気合を入れ直し、仕事に取り掛かった。

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