第53話 告白

 颯太の感謝の思いを聞いた飛鳥は、溢れてくる涙と愛情を抑えることができなかった。

 その思いがあまりにも真っ直ぐ過ぎて……。

 純粋過ぎて……。

 心の全てを持ってかれてしまうんじゃないかと真剣に思ってしまうほど心を、揺さぶられてしまう。


 ただでさえ大好きなのに。さらに好きになるようなことを言ってくる颯太に、飛鳥は完全にやられてしまっていた。


(あー、だめだこれはもう。大好きだ! 自分でも、もうこの気持ちはコントロールできない!抑えることもできない!会社のためとかもうどうでもいい! 私は颯太くんが好き!)


 飛鳥は、涙が引いてくるのを待つと、少しだけ顔を上げてハンカチから目だけを出して颯太を見た。

「あの? 大丈夫ですか?」


 目の前にいる男はこっちの気も知らないで、心配そうにしている。その、少し鈍感な所でさえ今の飛鳥には愛しく思えてしまう。


(全くなんでこんなに真っ直ぐなのよ! 自分だって、散々私のこと助けてくれてるのに。なんでその事を少しも態度に出さないのよ! 颯太くんのおかげで私たちがどれだけ救われてると思ってるのよ! 私は……、私は最初、自分の会社のためだけに、優しくしようとしてたのに……。)

 

 颯太を見ていると、邪な考えで颯太に優しくしていた過去の自分が、心から恥ずかしくなってきてしまう。今、飛鳥の心は颯太を思う切ない痛みと、愚かだった自分を恥じる痛みの二つを同時に感じていた。


(初めの頃、会社に残ってもらうためにあえて優しくしてた事はちゃんと話そう! 大好きだって伝えた後に……。本気で謝れば颯太君は許してくれる。私も、颯太くんのように誠実な自分でいたい。)

 飛鳥は、決意を固めると最後にハンカチで目元を拭い、顔を上げる。前にはキョトンとした顔で佇む颯太が立っている。


「飛鳥さん、どうかしましたか? 僕、何か嫌なことを言っちゃいました?」

 颯太は心配そうな顔をしながらトンチンカンな事をきいてくる。

 颯太がなにもわかっていなさすぎて、飛鳥はおかしくなり笑顔になった。

「そうじゃないよ! 颯太くんの言葉が嬉しすぎて、ちょっと感動しちゃった。ありがとね!颯太君」

「ああ、そういう事でしたか、僕が何かしてしまったのかと心配しました」

 ほっとしたの、颯太は小さく微笑んでくる。


 その笑顔を見ていると、愛情が込み上げてきてしまう。

(あー、だめだ。本当に好き……。大好き! 無理だもう!我慢できない! 今日、絶対告白しよう! そうだ、あの橋の下まで行ったら言おう! よし!」


 飛鳥は覚悟を決めた。


 二人はしばらくの間、街の夜景を静かに眺める。目の前には、次つぎと美しい光景が現れては消えていく。ただの工場の灯りも車のテールランプも、この船から眺めると全て特別なイルミネーションだ。


 横を見ると、聡太は笑みを浮かべながら楽しそうに夜景を見ている。その横顔が好きすぎて、飛鳥は気づかれないように何回かちらっと見ていた。


 やがて船は、先ほど飛鳥が告白すると決めた橋の下に近づいていく。


(よし。いくよ! 頑張れ私!)

 飛鳥は颯太の方を振り向くが、目が合うとたまらず視線を逸らしてしまった。

(何をしているのよ。告白するんでしょ! びびってどうするのよ。昨日、みずきちゃんにまでわざわざ言ったんじゃない! しっかりしろ。私)


 飛鳥はもう一度ど覚悟を決めると、颯太を見た。

 しかし、

「…………」

 どう頑張っても、声が出せなかった。あまりに緊張しすぎて頭が真っ白になってしまう。心臓は颯太君に聞こえるんじゃないかというくらい高鳴っている。


 そうこうしてるうちに、船は橋の下を通過していった。


昨晩、布団の中でなんども告白のセリフを練習し、準備を重ねてきた飛鳥であったが、いざとなると弱気になってしまう。振られるのが怖くて体が震えてしまう。


(知らなかった……。告白するのってこんなに怖いんだ……)


 今までに、二十人以上から告白されたことがある飛鳥であったが、自分からするのは初めてだった。いざ告白しようと思うと、あまりの緊張感と恐怖に押しつぶされそうになってくる。


(でも頑張るしかないよ!絶対に颯太君と付き合いたいもん。よしっ、次はあのビルの横を通った時に言おう! 今度こそ! 絶対に)


「……」

「……」

「……」


しかし、飛鳥は、その後も勇気を出せず、再び定めた目標を三つも通過してしまった。

(あぁぁーーー、なんて意気地なし!! 颯太君と付き合えなくてもいいの? この子は鈍感だから言わなきゃ絶対に付き合えないよ!! 早くしないともうすぐクルーズが終わっちゃうよ)

飛鳥の頭の中で、積極的で意志の強い自分が自分に語りかけてくる。


(いや、絶対に付き合いたい! わかった。ここで決める)

飛鳥はやっと心からの決心を固め、口を開いた。


「あの、颯太君……」

飛鳥がそう口にした瞬間、突然どこかで「バシャーン」という音が聞こえた。

すると、焦ったように颯太が、背中に背負っていたリュックからコーン茶を取り出した。

「飛鳥さん! 酔っ払って歩いてた人が海に落ちました! ちょっと行ってきます!」

「えっ?」

颯太はすぐにお茶を飲み始めた。飛鳥は慌てて颯太が指差した場所を見た。


 船から五十メートルほど離れた場所には海のすぐ横に人が通れる道があった。その道のすぐ横のフェンスの下の海には確かに落ちて慌ててもがいている人間の姿があった。近くには人の姿は見えない。

「では!」

「待って、私も行く!」

一人で飛び立とうとする颯太に向かって飛鳥は慌てて叫んだ。

「わかりました」

颯太は、すぐにこの前の救助の時と同じように飛鳥の体をお姫様抱っこの形で抱え、飛翔した。


 颯太は、岸に飛鳥を下ろすと、溺れている男性の真上に飛んでいき、腕を掴んで空中に引き上げる。そのまま飛鳥の前まで、飛んできて、コンクリートの地面に下ろした。

「げほっ! げほっ! ごほっ! はぁはぁ。

あの。す、すみません! ありがとうございました!」


 お礼を言ってきたのは五十代と思われる男性だった。スーツを着ているが、今は海水に濡れてびしょ濡れだった。


びしょ濡れの男性を前に、飛鳥は内心怒っていた。

(なんてタイミングで落ちるのよ! せっかく覚悟を決めたのに! この酔っぱらい!)

目の前でまだ咳き込んでいる泥酔男が、いつもの社長に見えてしまい、なおさらイラっとしてしまう。


 しかし、そんな男性に颯太は優しかった。いなくなったかと、思うと、どこからかタオルと最低限の下着や服を持って現れた。近くのショッピング施設で買ってきたようだ!


「そのままじゃ、風邪ひきますよ。これで体を拭いてから、どこかのトイレで着替えたほうがいいです」

「えっ! まさか、君買ってきてくれたのか!! 申し訳ない!」

颯太からタオルと服を渡されると男が言った。海の冷たさに頭が覚めたのか、わりとはっきりと話せている。


「本当にありがとう!! 助かったよ! ただ、申し訳ないが、競馬と飲み屋で金を使い切ってしまって、今手元に服の金がないんだ」

男はタオルで頭を拭くと、颯太に向かってそう言った。


「別にいいですよ。安物でしたから。お気になさらず!」

「いや、そうは行かない! 海からも助けてもらったんだ。金はちゃんと返す! 今は払えないから、君の連絡先か居場所を教えてくれないか?」

意外にも男は律儀な性格のようでそう口にしてきた。


「そうですか。わかりました。僕は普段八王子のヴァルチャーという名の会社で働いています」

「八王子のヴァルチャーだな! 後君の名前は?」

「不破颯太です」

「わかった。颯太くん。本当にありがとう! 今度必ず返しに行くからな!」

男はそう口にするとどこかへ歩いて行った。


颯太は男を見送ると、飛鳥に向かって口を開いた。

「あの、飛鳥さん、すみません。船から降りてしまって……。船、行っちゃいましたね。たぶん、もう到着しちゃってます」

「ううん。仕方ないよ! 颯太君偉かったよ!服まで買ってあげるのはやり過ぎだけどね!」

「すみません。なんか可哀想で見ていられませんでした」

「優しすぎるよ」

飛鳥は、一連の颯太の行動を見ていて、改めて思った。

(颯太君はやっぱり凄いな……。この人を好きになった自分が誇らしい。颯太君を好きになったのは絶対に間違いじゃないな)


 せっかく高いお金を払って乗船したクルーズ船なのに、困っている人のために躊躇いもなくそれをなげだせる颯太を、飛鳥は心から尊敬した。しかも自分がイライラしてる中、服まで買ってきた。颯太の底なしの優しさに感動していた。


「あの、飛鳥さん、本当にすみません! せっかくのクルーズだったのに。この埋め合わせは今度またしますので!」

聡太は申し訳なさそうな表情を向けてくる。


「埋め合わせはもう良いよ。途中で降りちゃったけど、十分幸せな時間だったから」

「本当ですか?」

「うん! 最高だったよ! ありがとう!」

「なら良かったですが……」

颯太はなおも申し訳なさそうにしている。

「じゃあさ、週末のキャンプ、なにか美味しい料理作ってよ」

「わかりました! 任せてください!」

飛鳥の提案を受けて一気に笑顔になった颯太を見るとまた、胸がときめいてしまう。


(あーあ、結局、告白できなかったな……。なんで意気地なしなんだ私は! まぁでも、最高のデートだったからよしとしよう。週末は颯太君とお泊まりキャンプだ。そこで告白すればいいや! うん! そうしよう)


 その後、飛鳥と颯太は駅までの道を、色々話をしながら歩いて行き、電車で帰って行った。


この日は飛鳥にとっても、颯太にとっても幸せな一日だった。












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