第49話 社会の闇

 深夜二時、東京湾に面した工業地帯の一角に五人の男がいた。

 倉庫がいくつも並んでいるところを見ると、どこかの会社が所有している土地なのだろうが、今は五人を除いて誰もいない。ところどころ電灯があり、白く輝いているがこの辺りは薄暗い。遠くにはスカイツリーやビル群の明かりも見える。


 男がたちが居る場所は海に面しているコンクリートの上で、数メートル先にはもう海が広がっている。


 海から一メートルほどの位置で正座をさせられている二人の男は、どちらも顔がパンパンに膨らんでいる。眼の周りや頬など、青いあざや、赤く染まった傷跡が無数に広がっている。服は、スーツを着ているのだろうが、びりびりに破けている個所や、黒い地で滲んでいる様子をみると、散々痛めつけられた後のようだ。二人の両腕はいくつもの結束バンドで縛られていた。二人はその表情から三十代ぐらいに見える。


 ボロボロの二人の前に立っている三人もスーツを着ていた。ただ、二人と比べ決定的に異なるのは、スーツはピカピカで一片の埃すらもついていない。光沢のある質感から、高級なのだろうことが予想できる。三人の男の腕や首元からはスーツからはみ出た入れ墨が見える。三人とも子供が見たら一瞬で泣き出してしまいそうないかつい顔をしていた。


「よお、刑事さんよ。なんか言い残すことはあるか」

 三人の中で真ん中に立っている男が口を開いた。男は「桐生 むくろ」という名前だ。最近東京の町田のあたりで急速に勢力を拡大してきた半グレ組織「影心会」の副リーダーを務めている。男は眉毛とこめかみに反りこみを入れている。極めて威圧的な姿をしている。


「頼む。殺さないでくれ!」

「お願いします。知った情報は絶対に上には伝えませんから。どうか、どうか助けてください!」

 必死の命乞いを繰り返す二人の男は警視庁所属の警察官であった。警視庁の組織犯罪対策課に所属している。とある組織が凶悪な犯罪を繰り返しているという情報を聞き、組織の情報を調べていた時に見つかってしまったのだ。

 

 二人は能力者でもあった。

 背の高い方は名前を「柏木」と言い【聴力強化】の能力を持っている。スキルを使えば百メートル先の人間の会話も聞き取ることができる。三十七歳で、少し年下の妻と、二人の娘がいる。

 背の低い小太りの方は名前を「吉野」と言い【分身】スキルを持っている。スキルを使えば二人に分身することができる。三十二歳で、同い年の妻と、先月、一歳になったばかりの息子がいた。


「あっはっは! おもしれぇ! お前ら弱いくせに頭も悪いんだな! 助けるわけないだろ!」

 二人の必死の命乞いを聞くと、一番右端に立っていた男が大声で笑った。名前を「芹沢 雅」といい、桐生と同じく影心会に所属している。オールバックにした長髪を後ろでゴムで止めている。細長い瞳から冷たい印象を受ける男であった。


「俺たちを調べようなんてのが、そもそも間違いだったな。それも、お前たちのようなカス能力者をよこすなんてな。まだまだ舐められてるのがよくわかったぜ」

 そう口にした男は、名前を「辻川 祥平」言い坊主頭が特徴的だ。仲間の二人と比べると、小柄である。しかし、顔面にも様々な入れ墨を入れており、その様子は異様そのものであった。


「まさか、自分たちがまだ助かる気でいたとはな……」

男たちの中心者、桐生はあきれたような顔でスマホを取り出すと、ある情報を読み上げた。

「葛飾区千波町69-45」

「板橋区古川町981-13」


その言葉を聞いた二人は絶望した。男が読み上げたもの、それは家族が住む家の住所だった。

「ま、まさか……」

「嘘ですよね?」

どちらも、あまりの恐怖に震えている。


「嘘なもんか。この後、順番にそこへ行くんだ。俺らの情報を何か聞いてるかもしれないからな。生かしておくわけないだろ」

だが、桐生はさも当然だろ、と言った様子で淡々とそう口にした。


「頼む。どんなことでもするから。家族だけは、家族だけはやめてくれ! お願いだぁ!」

「あぁ、仲間にだってなります。あなた達のために汚い仕事だって、なんだってする! 例え、犯罪であっても。なんでもするから、お願いします!家族だけは、家族だけは勘弁してください!」

二人は涙と鼻水がごちゃ混ぜになりながら、コンクリートに、額をつけ頼み込んだ。


「大の大人が…鼻水まで流して、みっともねぇなぁ」

「はっはっは! まじ受けるぜお前ら!」

坊主頭の辻川はその様子を嬉しそうにスマホで撮影する。


「今まで、散々そのしょぼい能力を使ってちやほやされてきたんだろう。お前らみたいな、能力がなければ何もできないカス。仲間にするわけないだろう」

芹沢も口元に薄ら笑いを浮かべている。


「お願いします! どうか……どうか……」

何を言われても二人は土下座の姿勢を崩さない。必死の哀願を続ける。たとえ自分が死んでも、愛する家族に手を出されることだけは嫌だった。


「いや、殺すよ? お前らも。女も、子供も一人残らず」

「なっ⁉︎  なんでそんなことができるんだよ!! やめろてくれよぉ!!!!」

「お願いします!!!! それだけはやめてください!!! 僕は殺されてもいいから! 家族だけは!!!」

二人はもう顔をくしゃくしゃにして泣いている。三十代の男とは思えない程、あられもない姿で。


「ああ、良いぞ! もっとだ!! もっと泣き叫べ! お前たちの今のみっともない姿を奥さんに見せてやるよ。体をめちゃくちゃに味わった後にな!」

そんな二人を見て嬉しそうに辻川は撮影を続ける。


辻川の姿を見て、交渉の余地がないことを悟った二人は絶望した。土下座の体制のまま流れる涙がコンクリートに黒いシミを作る

「そんな……酷すぎる」

「お願いします。神様……」


「せいぜい、自分の人生を恨むんだな!」


「お願いします! お願いします!」

「神様……神様……」


力強く祈りを捧げる二人を、男たちは、笑いながら拳銃で撃ちまくった。その拳銃に込められた全ての弾が尽きるまで……。


――影心会

それは能力を使用することのできる人間が、あらゆる手を使って犯罪を繰り返す半グレ集団だった。








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