第48話 如月みずき

 月曜日の午後六時。みずきは、布団の中で目を覚ました。カーテンの隙間から見える外はもう薄暗く、すでに日が沈んでしまっている。

 

 三十分ぐらいの間、いつものように好きな人を思いながらのまどろみを楽しむと、みずきはやっと布団から抜け出した。白地に水玉が入ったパジャマを着ている。


 夜勤が始まる午後八時まで、まだ時間がある。歯を磨いたあと、焼いたパンにバターを塗ってハムを乗せただけのトーストとコーヒーを用意するとテレビの前のテーブルに座った。


 なんとなくテレビをつけると、ちょうど夕方の情報番組がやっていた。スタジオの椅子に座り、見慣れたアナウンサーに質問をされているのは高校の三年間を共に過ごした友人だった。


 みずきは旧友を見て、懐かしくなった。テレビに出ていてもあまり驚きはしない。テレビに映る友人、「神宮愛」は高校生の頃から有名人だった。艶がある黒髪ロングに大きめの黒縁眼鏡が特徴的な見た目をしている。紫色のアイシャドウがどこか儚さと妖しさを醸し出している。


「本当よく出てるなぁ。あいちゃん。さすが!」

 みずきは活躍を続ける友人を見るたびに誇らしくなる。それと同時に高校の頃を思い出して懐かしくもなった。


(あの頃は毎日颯太のことで悩んでたな……)


 如月みずきは不破颯太が好きであった。高校一年生の夏頃にはすでに、言葉では言い表せないほど惚れていた。それ以来、約三年間ずっと思い続けている。


 告白はまだしていない。溢れる想いに押され、何度もしようかとも考えたが、結局は出来なかった。


 みずきが真剣に颯太と付き合いたくなった頃、颯太の地獄が始まった。次々にクラスメイト達がスキルを発現させていく中、颯太だけはスキルが出なかった。


 一人取り残された颯太は忍耐強かった。

 いつも気丈に振る舞い、人一倍の訓練を行なっていた。自分だけが、スキルを使った戦闘訓練に参加できなくても……。学年内での順位を決める個人戦で負け続けても……。企業からのオファーを貰えなくても……。颯太はずっと笑顔を絶やさなかった。


 しかし、いつもそばにいたみずきにはわかっていた。颯太がクラスメイトに余計な心配をかけないように気丈に振る舞っていることを。

 一人でトレーニング室にいる時に泣いていることを。


 そんなギリギリの状況の中、必死に努力している颯太に、身勝手な自分の恋愛の感情をぶつけることなど出来なかった。今、颯太が必要なのは自分の愛情じゃないことはわかっていたから……。


 それでも颯太への想いは消えることはなかった。ひたむきな颯太を見ていると、より心を奪われてしまう。今の颯太の状況と自分の欲望の間でずっと揺れていた。


 そんな時にスキルを覚醒させたのが目の前のテレビに写っている「神宮愛」だった。

 神宮愛のスキルは占い。それも、百パーセントの的中率を誇る「必中の占い」であった。


 颯太に対する想いで悩んでいたみずきは、颯太との未来を神宮愛に占ってもらった。

 出た結果は今までのみずきの人生の中で一番の幸福を与えるものだった。


「みずきは颯太と結婚する。そして四人の子供をもうける」


 体中の水分が全て出たのではないかと思うほど、喜びの涙を流したみずきには、もう迷いはなかった。


(今はただの友人として颯太を支えよう。颯太の幸せだけを思ってできることをしよう。

 私と颯太が結ばれることはもう絶対なんだ。だったら、颯太が成長するために必死になっているこの時に余計なことをするべきじゃないな。私は私で、自分のことを全力で鍛えよう。いつか共に生きる颯太のために!)


 みずきは親友として、颯太を励ましつつ、自分の治癒能力を極限まで高めていった。


 そして、現在。高校を卒業して二ヶ月。ついにみずきは颯太にアプローチをかけることを決めた。颯太も、もう社会人として頑張っている。恋愛をする余裕もあるだろうと思ったからだ。

というか会わないでいるのがもう限界だった。

 

 みずきは思い出に浸るのをやめると、僅かに微笑んだ。しかし、すぐにその笑みは消え、怒っているような、呆れているような表情を浮かべた。


(全く、颯太は! あんなにアプローチしたのに、少しも私の気持ちに気付いた様子がない。どんだけ鈍感なんだ。あのアホは!)

 みずきは一昨日の颯太のアパートでのことを思い出し、つい罵倒してしまう。


(さんざん抱き締めたり、料理を作ったり肩を頭に乗っけたりしたのに全然思いが伝わった様子がなかった……。どんだけ恥ずかしいと思ってるのよ!)

 

 思い出すだけでも顔が赤くなってしまうことを必死で頑張ったのに、普段と様子が変わらない颯太を思い出すと本当に呆れてしまう。


(膝枕での耳掻きだけはすごくしてもらいたそうにしていたのは可愛かったけどさぁ〜。もう少し、こう、察してくれてもいいじゃない)


 あまりにも悔しいからつい、今日は泊まっていくとも言ってしまった。結局、火災現場に駆けつけたためにそれはできなくなってしまったが……。あのまま泊まっていったらどうなっていたのだろう。考えるだけでみずきの顔はにやけてしまう。


 しかし、再びみずきの表情は曇った。あの女のことを思い出してしまったからだ。

 出会って二ヶ月の分際で颯太のことを好きだと抜かしたあの女。飛鳥を思い出すと負の感情が込み上げてきてしまう。


「毎日お弁当作るなんてあざとすぎるだろ!よくやるよ本当……。颯太にお姫様抱っこまでしてもらってさ! 私だってされたことがないのに……」


 特に、救助の時に颯太にお姫様抱っこしてもらったのが許せなかった。人命救助のためだと言うのは頭ではわかっていたが心では到底受けいられない。


「なにがひたむきな所が好きだよ。そんなの、ずっと前からわかってるってば!」


 昨日の飛鳥の言葉を思い出しては悶々としてしまうがなんとか一つの事実をもって気持ちを入れ替えようとする。 


(落ち着け私。私と颯太が結ばれることは確定してるんだ。何も心配することはない。もう勝負はついてる。うん大丈夫)

 

 そうやって自分に言い聞かせるも心はすぐに変わってはくれない。飛鳥があまりにも美人で優しそうで、颯太に信頼しているのがわかるからつい心配になってしまう。


 すると、目の前の画面の中でアナウンサーの質問に答えるように神宮愛が話した。

「占いが外れたことはあるんですか?」

「いいえ! 能力が出てから三年間、あらゆる占いをしましたが外れたことはありません!」


力強く言い切る神宮の姿にみずきは勇気づけられる。

「そうだ! 絶対に大丈夫。あの女になんて。颯太は絶対になびかない」

ゆっくりとみずきの心から負の感情が消えていった。


 昨日は、颯太に告白すると言った飛鳥に、「上手くいくといいですね」と言ったがもちろん少しもそんなことは思ってはいない。勝つ気満々だ。

 そもそも、飛鳥がフラれることはわかっているから、はなから勝負になっていない。少し可哀想ではあるが颯太は絶対に渡さない。


「ふふっ」

みずきはそこまで考えると小さく笑った。そして、今度は一ヶ月後のデートのことを考え始めた。


(早く一ヶ月後にならないかな。颯太の家でお泊まりデート。しかもワールドパークに行くデートも約束した。そしてそっちも泊まり……。)

考えるだけでみずきの頬は緩んでしまう。


 その後みずきはデートのことを考えながら支度を行い。憂鬱な職場に向けて家を出た。

夜勤は今日から六日間続く。









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