第47話 戦いの火蓋

「どういうこと?」


 みずきの突き刺すような視線に颯太は焦る。みずきは普段、底無しに優しいがキレた時は手に負えない。高校の頃の苦い記憶が込み上げてくる。


「じ、事故だったんだよ。そんな怖い顔するなよ。本当だって!」

「ふーん……。本当かしら?」

 みずきは犯人を追い詰めるような鋭い視線を変えようとはしない。颯太は縮こまってしまう。

 しかし、よく考えたらある疑問が浮かんできた。

(なんでみずきに怒られなくちゃならないんだ? 有希さんと飛鳥さんに怒られるなら分かるが。みずきには実害はないだろう……)


「まぁまぁ、もう済んだことだから」

焦ってる颯太を見て飛鳥がそう口にすると、

「飛鳥さんと有希さんは良いんですか?」

みずきはすぐに二人に尋ねる。


「土下座して謝ってくれたしね。颯太君はわざとそうゆうことをする人じゃないし……。別にもう気にしてないよ。かなり恥ずかしかったけどね……」

 全く怒った様子のない飛鳥の表情を見て颯太は安心した。飛鳥の恥ずかしかったと言う言葉を聞いて、あの時の光景が浮かんでしまったが、颯太はすぐにかき消した。


「私はなにも気にしないぞ。減るもんじゃないしな。」

「いや、お前は一応、俺の妻なんだから少しは気にしろよ!」

 怒るどころかむしろ楽しそうにそう口にした有希に珍しく社長がツッコミを入れる。


 それを見てみずきの怒りも少し収まったようだ、呆れてはいるが先ほどのように険しい顔はもう浮かべていない。

「そうですか。なら良いですけど……。優しい人達で良かったわね。普通なら警察に突き出されてるわよ」


「すみません。任務中以外は二度と飲まないようにします」


 すぐに話題が飛鳥の高校の時の話に移ったため、颯太は、

(あー、良かった。これぐらいで済んで……)

 と、胸を撫で下ろした。



 食事の最後に運ばれてきたデザートも食べ終わり、もうそろそろお開きかなと颯太が思っているとみずきと飛鳥が同じタイミングで席を外した。


 社長と有希はかなり酔いが回っているようで二人とも顔は真っ赤だ。それでも二人で何か楽しそうに話している。


(なんだかんだ仲良いよな。この二人って。)

 颯太はしばらく二人のやりとりを微笑ましい思いで見ていたが、ふとスマホに高校の時の友人からメールが入ったため、スマホを開いた。



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 みずきがトイレを済ますと、化粧台の鏡の前には飛鳥が立っていた。ちょうど口紅を塗り終えた後のようだ。

「あっ、みずきちゃん。焼肉楽しめた?」

「はい。とっても楽しかったです」

「ごめんね。いきなり誘っちゃって……。気を遣わせちゃったよね」

「全然です。みんな良い人ですし、すごく楽しかったです!」

「そっか。なら良かった!」


 飛鳥と二人きりで話すのはこれが初めてで、少し身構えそうになったが、話してみるととっても話しやすくて驚いてしまう。飛鳥の言葉の節々から気遣いと温かみを感じるからだろうか。


「あの……。オファーとお金。本当にありがとうございました」

みずきは改めて、先ほどのお礼を伝えた。


「ごめんね。急な話で、うちの親はいつもああなの、思い立ったらすぐ行動しちゃうんだ。でもみずきちゃんに来て欲しいのは本当だよ!

 来てくれたらすっごく助かるから」

「はい。私も、今の職場のことで結構悩んでたので、オファー、すごく嬉しかったです」

「情けないけど、うちの会社はお金がないからさ。お金の面では下がっちゃうかもしれないけど、必ず大きくして見せるからさ。できたら来てね」

「はい。前向きに考えます」

「あと、昨日は本当にありがとね。颯太君やたくさんの人を救ってくれてすごく助かったよ!本当すごい治癒能力だったし、居てくれてよかった」

「いえいえ、お力になれて良かったです」


 飛鳥の言葉と表情からは心から自分に感謝している気持ちが伝わってくる。しかも、微笑みを浮かべている顔は女の自分でも一瞬見惚れるほど美しい。嫌でも飛鳥の女性としての魅力を実感してしまう。


(あぁ、やっぱりこの人は良い人だ。すっごく綺麗だし……。最悪)

 みずきは心の中でそっと呟いた。


「昨日はたまたま、颯太くんと一緒にいたの?」

 そう質問してきた飛鳥の表情に僅かに不安の色が混じっていることにみずきは気づいた。しかし、それには気づかなかったフリをして話を聞き続ける。


「昨日はたまたま颯太の家でゲームしてたんです。同じゲームが昔から好きで、高校の頃からよくやってたので……」

「颯太君の家で遊んでたんだ! 本当に仲が良いんだね」

 

 みずきの言葉を聞いた、飛鳥の不安の色はさらに濃くなる。みずきは自分でも思うが勘がいい。飛鳥の気持ちが手に取るようにわかってしまう。

「まぁ気は合いますね。性格は全然違いますけど」

「そうだよね。見てて分かるよ」


「あのさ……もしかして颯太君とみずきちゃんって付き合ってるの?」

(はぁ、やっぱりこうきたか)

 飛鳥の質問が予想通りすぎて。内心驚いてしまう。


「いや、そういう関係ではないですよ! そう見えました?」

「うん! すごく仲良いし、信頼しあってるように見えるから」

「そうですね。信頼はしてます。颯太はすごく良いやつですから。でもそういった関係ではないですよ」

「そうなんだ……」

 飛鳥は、みずきの話を聞くと少し考え込んだ。そしてしばらくすると小さくうんと、頷いた後、意を決したように口を開いた。


「じゃあさ。私告白しても良いかな?」


「えっ?」

 みずきは飛鳥の言葉を聞いてフリーズしてしまった。思わず聞き返してしまう。


「好きなんだよね。すごく。」

「颯太を……ですか?」

「うん。初めは弟のようにしか感じてなかったんだけど、一緒に働いてるうちにさ。やられちゃった……。いつも一生懸命、努力してるところが好きなんだ」

「そうなんですね。まああいつは良い奴ですからね」

「告白しても大丈夫かな?」

「良いと思いますよ。さっきも言いましたが、私と颯太はそういう関係ではないので……」


 「良かったぁ。みずきちゃんがライバルだったら勝ち目がなさそうだからさ。今日どうしても聞きたかったんだ。ごめんね。急に変なことを聞いて」

 

 みずきの言葉を聞いて飛鳥は心から安堵したようだった。さっきまでの真剣な顔が崩れ、可愛らしい顔で、笑っている。


 その様子を見てみずきは僅かに心が痛んだ。その気持ちを顔には出さず。

「上手くいくといいですね」

 とだけ声をかけた。


 みずき達がテーブルに戻ると、颯太達はもう出る準備をしていた。

みずきも荷物を持つとみんなで店を出た。

そして、八王子駅までみんなで歩いて行き、改札の所で解散した。




 








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