第46話 勧誘

「あの、本当にありがとうございます」

 みずきはその後も何度もお礼を言った。よほど褒められたのが嬉しかったように見える。

 普段から十分可愛いが、嬉しそうに笑う今の姿は颯太にはさらに魅力的に思えた。笑ってる女の子ってやっぱりかわいい。


「如月さん。今日はあと一つ。大事な話があるんだ」

 颯太がみずきに見惚れていると、真剣な様子で社長が口を開いた。

 社長の真剣な顔を見てみずきもすぐに居住まいを正した。なんなだろう? と颯太も注目する。

「初めに断っておくけど、この話はさっきのお金とは何も関係はないから。安心して聞いてくれ」

「はぁ。わかりました」

 みずきは社長の何か意味がありげな言葉を聞くも、話が見えないようでぽかんとしている。それは颯太も同じだ。


「実はな。ここにいる副社長の有希と娘の飛鳥と昨日よく話し合ったんだけどな……」

「はい」

「君をスカウトしたいんだ!」

社長は勢いよく言い切った。

「えっ! スカウトって? 」

 いきなり酒の席でこんな話をされるとは思ってなかったのだろう。突然のことにみずきは目を丸くしている。颯太もまだ言葉の意味を飲み込めずにいる。

「言葉のままの意味さ。君をヴァルチャーに引き抜きたい」


颯太は有希や飛鳥の顔を見ると二人も真剣な顔をしている。

(まじかよ……。社長、いや、有希さんも飛鳥さんも本気でみずきを引き抜こうとしてるんだ! 昨日の今日で突然すぎるだろ! どんな会社なんだうちは!)


「えっと、すみません。オファーをして頂いたのはとても光栄です。ありがとうございます。

 ただ、突然のことなので多少混乱しています。あの……? どうして私を?」

 みずきの表情は嬉しそうでもあったが、少し緊張しているようでもあった。


「昨日の圧倒的な力を見てだ! 絶対にうちに欲しい人材だと確信したよ! 恥ずかしながらうちの会社には治癒能力者がいないんだ。だから、今まで人命救助に関する仕事にはあまり手を出して来れなかったんだ。だけど、君がいれば昨日のように颯太と飛鳥で救助し、その場で治療まで行える。会社として大幅なレベルアップが図れる」


 社長はいつになく、みずきの必要性を熱弁する。颯太も、社長の話を聞いているとみずきが必要な理由がわかってきた。みずきも真剣な顔で聞いている。


 社長はなおも話を続ける。


「しかも、飛鳥みたいな探索能力者と颯太のように戦闘ができて万能な能力者、それに君のような超一流の治癒能力者が加われば、ダンジョン探査の仕事だってたくさん引き受けられるようになる。わかるだろ? うちの会社には君が必要なんだ」


(おお、なんか今日の社長、熱いな! しかも説得力もある!)

 ここまで聞いて、社長にこれほど会社に対する思いがあったのかと、颯太は感心する。

 さぁどうするのかなと、みずきに視線を向ける。


「あの……、私を必要としてくださってる理由はよくわかりました。素直にとっても嬉しいです。ただ、試用期間中の転職となると、契約金の返却などの手続きも生じますので。条件面も教えてもらっても良いでしょうか」


「うん。条件面は大切だよな。そこに関しては私から話そう」

 

みずきの反応を受けて、今まで黙っていた有希が口を開いた。

「すまないが。まず初めに、君が今の病院と結んだ契約と、月の給料を教えてもらっても構わないか?」

「はい。大丈夫です。病院が私を採るために高校側に支払ったのが1億5千万円で、私に支払ったのが5000万円です」

「なるほど、学校契約金が一億五千万、個人契約金が五千万だな」

「はい。そして、月々に頂いている給料は200万円です。また夏と冬には基本給の二ヶ月分のボーナスが出ます」

「わかった。ざっと計算すると大体君の年収は3200万だな。それに別で個人契約金が5000万か」

 有希はすぐにスマホの計算金アプリで計算するとそう口にした。


「はい!」


(すごいな。みずき。そんなに貰ってるのか!

 俺とは大違いだ。いや、なんだかんだミッションボーナスとかで、結構俺も貰ってるか……。基本給は14万8000円だけど)

 颯太は身近な存在だったみずきがそこまで貰っていることを改めて認識し自分が少し情けなく感じた。


「わかった。ちなみに五千万円の個人契約金はまだとっといてあるか?」


 入社して、半年間の使用期間中に契約を破棄する場合は、契約金は全てオファーを出した会社に返金しなければならない。学校契約金の方は学校側がしっかりと管理をしていて、契約破棄となったらすぐに返金してくれるから問題はいが、個人でもらった方がいくら残ってるのかが重要であったが。


「その点は問題ありません。契約金にはいっさい手をつけていませんから」

 

しかし、しっかりものかのみずきにはそんな心配は必要なかった。流石だなと颯太は思った。


「ありがとう。ここまで教えてくれて、では、ここからがうちの会社の条件だ」

「はい」

「初めに言っておくと、うちの会社は金がない。ど貧乏だ。今もらっているような。給料は出せない。だがしかしメリットもある。まぁそれは後で説明しよう」

「はい」

「うちが払えるのは学校契約金三千万、個人契約金千万。そして月の給料が百万だ」

「なるほど」

「すまないが昨日計算したんだが、これ以上はどうしても払えないんだ。金があったらいくらでも払いたいぐらいなんだが……」

「なるほど……」

 条件を聞いてみずきは何か考えているのか黙り込んでしまう。


(よくこんな条件でスカウトしようとしたな!完全に損じゃないか。受けるわけないだろ……)

 颯太は有希の話を聞いて完全に失望した。オファーの話が始まってから、親友のみずきと一緒に働けるのかもとせっかくワクワクしていたのに、一気にテンションが下がってしまう。貧乏なのはわかっていたが、もう少し頑張って欲しかった。


「あの、一つ質問しても良いですか?」

「ああ」

「メリットって言うのはなんのことですか?」

「よく聞いてくれた! メリットって言うのはだな……」

 みずきの質問を受けて再び社長が話し始めた。

「はい」

「それはな。うちに颯太がいることだ」

「えっ?」

「はい?」

 社長の言葉にみずきと一緒に颯太まで驚いてしまう。言葉だけでは意味がわからない。


「如月さんは颯太の能力は全部聞いたかい?」

「はい。昨日……」

「凄かっただろ。今出ている能力の価値を計算しただけでも三十億以上の市場価値が颯太にはある。それはつまり、会社にとって颯太は、三十億払ってでも欲しい人材だと言うことだ」

 みずきは黙って聞いている。颯太は自分の価値を急に語られなんか恥ずかしくなったため、とりあえずコーラを一口飲んだ。

 社長はなおも続ける。


「うちは颯太がエースだ。颯太を全面的にバックアップしてかならず大活躍させる!颯太なら警察のサポートをする「検挙業界」でも、

 消防のサポートをする「救助業界」でも、「ダンジョン探索業界」でも、賞金をかけて戦う「バトル業界」でも、どの業界においても頂点に立つことができる!俺らはそう信じてるんだ。うちは颯太に全てを賭ける!」


(普段はあまり言われることはないけど。こんなにも期待してくれてるんだな)

 自分への期待を熱く語る社長の言葉に颯太は胸を打たれていた。泣きそうになるのを必死で堪える。


「颯太は自分の本当の力と価値がわかった後も、貧乏なのを承知の上でうちの会社に残ってくれた! その気概に応えるためにもうちは颯太で勝負する! 昨日の活躍でも分かる通りこいつはやる男だ。かならず会社をでかくしてくれる! そうなれば、今もらってる以上の給料を君にも払うことができるんだ。どうだ!これがメリットだ」


 なんかメチャクチャな理論だなとは思ったが、自分にかける期待と信頼を改めて知って颯太は言葉にできないほど嬉しかった。

(あぁ、俺の選択は間違ってなかったな)

 と心から感じることができた。


 みずきはしばらく黙っていたが、やがて小さく微笑んだ。そして口を開いた。


「颯太に賭ける……。良い言葉ですね。颯太をここまで評価してくれているのがすごく嬉しいです!確かに颯太はきっと大活躍するでしょう。頼りないところもありますが、根性と努力し続ける力は高校の時もずば抜けてました!」


(みずき……。)

 思っても見なかったみずきの褒め言葉に颯太はまた泣きそうになった。


 みずきは明るい表情で話し続けた。

「大事なことなので今日即決はできませんが。前向きに考えていきたいです。返事は一ヶ月後でも良いでしょうか?」


「ああ、構わない。よろしく頼むよ」

社長と有希はみずきの言葉に満足したようであった。


 スカウトが終わると、颯太の新しく出た能力の話題が広がった。様々な能力の実験結果について有希が嬉しそうに語って、それをみずきも興味深く聞いていたため、会話は非常に盛り上がっていたのだが、社長が不用意に発したある言葉で場は急に凍りついた。


 それは……

「颯太の能力と言えばよ!透視能力はすげぇ良い能力だよな。そう言えばこいつ、初めて能力が出た時、飛鳥と有希の裸を見ちゃったんだよな!あれはうけたぜ!」


 社長の言葉を聞いてみずきの額の血管が浮き上がったのが付き合いの長い颯太にはわかった。一気に颯太の肝が冷える。


「どう言うこと?」

 みずきは今朝、颯太を殴ったとき以上の迫力で颯太を睨んでくる。

 飛鳥は顔を赤らめ、有希は社長の頭を思い切り叩いた。












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