第45話 太っ腹
「なんでここにみずきがいるんだ?」
想定外のことに颯太は驚いた。スーツを着た三人の隣にみずきは確かに立っている。
昨日とは違い。ベージュ色のサマーニットワンピースを着ている。頭もお団子の形に結んでいてかわいらしい恰好だった。
「だって、誘われたんだもん」
「いつ?」
「昨日の颯太が気絶しているとき」
「なんだ。だったら今日の朝とかに言ってくれればよかったのに」
「へへへ。たまにはちょっと驚かせたくてさ」
「俺が誘ったんだ。今日のサプライズゲストだ。先に言ったらつまらないだろ? まあ店に向かおうぜ。予約した時間になっちまう」
颯太たち四人は、南口を出ると駅前の通りを西側に歩いていく。社長の話によると、数分でその焼き肉屋はあるらしい。
「次に会うのは一か月後だと思ってたよ」
颯太はすぐ隣を歩いているみずきに話しかけた。
「うまく騙せてよかった。驚いた顔、見たかったから」
みずきは満足げな様子で微笑んでいる。
「あのなー。お前、他の会社の飲み会に出るなんて嫌じゃないのか?」
「私は別に気にしないよ。なんかみんないい人そうだし」
(そう言えばみずきはコミュニケーション能力が高かったな)
高校の頃、いつの間に知らない先輩や後輩とも仲良くなっていて驚いたことを思い出した。
(まぁ、こういう誰に対しても壁を作らないのはみずきの良いところだな)
「颯太は嫌なの? 私が会社の飲み会にいるのが?」
颯太がそんなことを考えているとみずきが颯太の顔を覗き込むようにして聞いてきた。少し不安そうな顔をしている。
「そっ、そんなことはないよ。ただ少し不思議な感じがするだけ。みずきがいてくれるのはどんな時でも嬉しいよ」
「良かった……」
みずきは颯太の言葉を聞いて心から安心したようであった。それと同時にわずかに頬が赤く染まった。
「俺も今度みずきの会社の飲み会に参加しようかな。どんな人たちか知りたいし」
颯太はみずきを困らせるため、全く思ってもいないことを口にした。
すると、みずきは困ったように笑った。
「飲み会なんて一回もやったことないよ。私が誘われてないだけかもしれないけどさ」
みずきがさみしそうにつぶやいたのを聞いて、颯太は昨日の話を思い出し、しまったと思った。
「ごめん」
「ううん。別にいいんだ。職場に信頼できる人、一人もいないし。一緒に食事したいとも思わないかな。そんな時間あったら友達と遊んだり、颯太とゲームしたりしてたいよ」
「そっか……」
「うん……」
(こんなに明るくてコミュニケーション能力もあるみずきがここまでつらそうにしているなんてな。かわいそうに……)
みずきの言葉を聞いて颯太は一気にみずきがかわいそうになってしまった。親友のみずきが苦しんでいると自分まで苦しく感じてしまう。
「みずき、今度の遊園地とゲーム大会、思いっきり楽しもうな。みずきはもっと遊んだほうが良いよ」
「ありがとう。すっごく楽しみにしてる!」
話ながら五分ほど進むと目的の焼き肉屋についた。入り口や外壁に大理石が使われており。その外観からして敷居が高そうな店だった。
店内に入るとすぐにそれぞれ食べたいものを注文した。一皿四千円の上タン塩や、五千円のサーロインなど、一つ一つのメニューが高くて心配になったが、社長が今日は心配するなというため、颯太も好きなものを頼んだ。飲み物が届くと、社長が音頭をとって乾杯を行った。乾杯の音頭の時に、ヴァルチャーの発展と、昨日の颯太と飛鳥とみずきの活躍を讃えてくれたのが嬉しかった。
やがて運ばれてきた肉はどれも絶品であった。頬がとろけ落ちるんじゃないかと思うほどやわらかいミスジや、コリコリとした触感と共に旨味が染み出てくるホルモンなど、颯太は絶品の焼き肉を味わった。
颯太以外の四人も、上質な肉に満足そうだ。特に、テーブルを挟んで反対側に座っている社長と有希と飛鳥の三人は酒も飲んでいるため特に上機嫌だ。次々にビールを空けていく。そんな三人を見ていて、もともと血筋的に酒が好きなんだろうなと颯太は見ていて感じた。
颯太の隣に座っているみずきも酒は飲んでいないが、楽しそうに話をしている。ほぼ初対面の三人ともうまく会話をしている。その様子を見ながら、颯太も安心して肉に夢中になった。
♢ ♢ ♢
しばらく時間が経って、テーブルの上の食材がなくなったころ社長が居住まいを正してから言った。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらう。みんな聞いてくれ。」
それぞれが話していたことを中断し、自分に注目が集まったのを確認してから、社長は話し始めた。
「颯太。飛鳥。如月さん。昨日は本当に大手柄だった。本当にありがとう」
社長は酔いがかなり回っているのか、真っ赤に染まった顔をしている。それでも礼を言うと、しっかりと頭を下げた。
「先ほど、今回の救助に対する報酬が口座に振り込まれ、もらえる企業ポイントも通知があった」
「おおっ、いくらだったんですか」
颯太は社長の言葉に注目する。
「今回の報酬金は……三千万だ」
「えっ? そんなにもらったんですか」
「すごい!」
颯太と飛鳥は驚きを隠せない。
「えっと、報酬金が三千万ということは、もらえるポイントは三千ポイントだよね? お母さん、今うちって何ポイントなんだっけ?」
飛鳥は急いで有希に確認する。
「現時点で1596ポイントだ。今回のを足すと4596ポイントになるな」
「えっ? それじゃあ」
「ああ3000ポイントを超えたから企業レベルⅢに昇格決定だ!」
有希のその言葉を聞いて、ヴァルチャーの4人は歓喜した。企業レベルが上がるということはそのまま会社の信用が高まったことを意味する。
特に今いる、最底辺のレベルであるレベルⅠと二つ上のレベルⅢでは天と地ほどの差があった。
四人がハイタッチなどをして喜びを分かち合うさなか、みずきもしきりに「おめでとうございます」などの言葉を口にし、一緒に喜んでいた。
「ありがとう。みんなのおかげで七月からは次のステージに上がることができる。今の世間の注目具合から考えると、来週からの仕事もさらに増えるだろう。これからもよろしく頼む!」
社長はそう口にすると、頭を机にぶつけるほど深く下げた。
「「はい」」
颯太と飛鳥は大きな声で返事をした。
「さて、恒例のボーナスタイムを始めよう」
社長は自分のカバンにおもむろに手を入れ始めた。
「待て、まさかお前。また引き出してきたのか?」
それを見て有希は険しい顔で叫んだ。
「そのまさかだ」
「馬鹿野郎。強盗にでもあったらどうするんだ」
「俺らから盗める奴なんているわけないだろ? 能力者だぞ俺らは」
「まったく調子に乗りやがって」
有希はあきれたようにため息をついた。みずきは何が始まるのかがわからずぽかんとしている。
「じゃあまず。颯太からだな。えっと颯太のミッションボーナスは10パーセントだから……三百万だな」
社長は札束を三つバッグから取り出すと、颯太の前に置いた。
「こんなに? 良いんですか?」
今までに見たことがない額の現金に颯太は慌てて聞き返した。
「当たり前だろ。契約通りだ」
「ありがとうございます」
颯太はすぐに自分のリュックに札束を拾った。
「次は飛鳥だな。飛鳥も10パーセントだから同じ額だな」
社長は再びバッグから札束を三つ取り出すと今度は飛鳥の前に置いた。
「ありがとう! でも次からは現金じゃなくて振り込みにして。こんな額、持ち歩きたくないから」
飛鳥は嬉しそうにしながらそう答えると、颯太と同じですぐに自分のリュックにしまった。
「ばかやろう。何もわかってねえな。現金で渡すから意味があるんじゃねえか。まったく」
社長のつぶやきに対して飛鳥はもう何も言わない。酔っ払いに何をいっても無駄だとわかってるからだ。
「よかったねぇ颯太。そんなにもらえるなんて。良い会社だね」
みずきが隣に座っている颯太にそう口にすると、社長が再び口を開いた。
「そして最後に君だ。如月さん」
「えっ? 私ですか?」
「君無しでは昨日の救助はあんなにうまくいかなかっただろう。死者も今よりもっと多かったはずだ。颯太の身体も治療してもらって。本当に感謝してる!」
「私は、その、颯太についていっただけですし。いつもやっていることをやっただけですよ」
みずきは、恥ずかしそうに顔の前で手を振っている。
「いやいや、謙遜するな。昨日の働きは颯太と並んで素晴らしいものだった。うちの会社は本当に助けられたよ。ありがとう」
謙遜するみずきに向かって有希も感謝を口にした。
「みずきさん。ありがとう」
「みずき。助かったよ」
飛鳥と颯太もみずきにお礼を言うと、みずきの眼にはいよいよ涙が浮かび始めた。
「ごめんなさい。人を助けてここまで感謝されることなかったので。なんか感動しちゃって」
みずきは涙をこらえるのに必死の様子だ。
「あぁー涙出そう。颯太ぁ、どうしよう」
みずきは恥ずかしそうに慌てふためいている。颯太に助けを求めてきた。
「良いことをして感謝されるのは当たり前だろ。普通に泣けばいいじゃん」
「もう、ばかーー」
颯太の声を聞くと、みずきはついに大泣きし始めた。ポケットから取り出した。オレンジ色のハンカチで顔を隠して震えている。
その様子をヴァルチャーの三人は暖かい目で見守っていたが、颯太は普段どんだけ虐げられているんだと、みずきのことが心配になってしまった。
みずきが落ち着いてくるのを待って、社長はみずきの前に三百万円を置いた。
「これは君の物だ。受け取ってくれ」
「ええぇぇーーーー。これは頂けませんよ。私、社員でもないですし」
「遠慮しないでくれ。これだけ助けてもらっておいて何もしなかったら後でうちの会社が笑われてしまうよ」
「でも……」
みずきはまだ申し訳なさそうな顔をしている。
「貰っときなよ。うちの会社からの感謝の気持ちなんだから」
「そうですよ」
颯太と飛鳥もそう言うと。
「では、ありがたく頂戴いたします」
とみずきは金を受け取り、カバンに入れた。
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