第42話 反省しなさい

 どこまでも芝生が続いている丘の上で颯太は仰向けで寝転がっていた。視界の先には澄んだ青空が広がっていて、綿飴のような形をした白い雲が風でゆっくりと流れていく。

 芝生の柔らかい感触と体を撫でる優しい風に包まれ、颯太は極上の心地の良さを感じていた。

 それは自然のエネルギーが自分の身体の中に入り込み、血管を伝って隅々まで広がっていくような感じで、暖かくて心地よい。

 

(なんか天国にいるみたいだな。最高に気持ちいい。普段の忙しさの中で忘れていたな。たまにはゆっくりこうして自然に包まれることも重要だ。今度、みずきでも誘ってハイキングでも行こうかな)

 心地よさを感じながら颯太はただぼんやりと流れる雲を見ていた。

 すると急に、辺りが真っ暗になった。颯太は慌てて目を開いた。


 そこは知らない場所だった。上には白い天井が広がっている。体に伝わる感触からベッドの上に寝ていることはわかった。まだはっきりしない頭のまま左側に寝返りをうつと、そこにはみずきがいた。


「みずき?」

 驚いて、颯太の頭は一気に醒める。

 みずきは横になりながら、優しい微笑みを浮かべて真っ直ぐにこちらを見ている。距離は三十センチも離れていない。

「おはよ」

 そう口にしたみずきがあまりにも可愛すぎて、自然と颯太の胸は高鳴ってしまう。

(な、なんだ? 一体どういう状況なんだ? なんでみずきが横で寝てる? ここはどこだ? っていうか近い! 間近でその笑顔は卑怯だろ。かわいすぎる! ひょっとして俺はまだ夢を見ているのか? )

「やっと起きたね。颯太……」


 みずきは近づいて来て、颯太の左腕を枕にしながら密着すると腕を回し抱きしめてくる。

(えっ? えっ?)

 聡太は訳がわからずフリーズしてしまう。体に密着している柔らかい感触をどう受け止めていいかもわからない。みずきの髪から伝わってくる香りがさらに心臓の鼓動を早めていく。


「よく頑張ったね。颯太……。颯太のおかげで、たくさんの人の命が救われたよ。本当にお疲れ様」

 みずきの声はどこまでも優しかった。一言一言が颯太の胸に染み込んでいく。

 みずきの言葉を聞いて、颯太はやっとこれが現実だということを認識した。

(そうか。ここは病院か。あの後俺は気絶したんだな)

 颯太がそんなようなことを考えていると、

 みずきはさらに言葉を続けていく。


「ほんと凄かったよ。さすが颯太だなって思った」

 ここまで聞いて今の状況がはっきり理解できた颯太は、

「あの、ありがとう。みずきのおかげだよ」

 と口にしながらみずきが自分にしてくれているように抱きしめ返した。なぜか今は少し胸の高まりが落ち着いて、安心感を感じていた。

颯太が抱きしめ返すと、みずきの力はかなり強く颯太をギュッとして来た。数十秒間、二人は抱きしめあっていた。


「ふうー。よし! 褒めるのはここまで」

「えっ?」

「颯太! 起きなさい!」

 突然のみずきの言葉に、颯太は呆気に取られる。

 みずきは颯太からパッと離れるとすぐに体を起こし叫んだ。

「えっ」

 颯太が身体を起こすと、いつのまにかベッドの上で膝立ちになっているみずきは優しく微笑んだ。

 そして、

「ばかやろうー」

 と、大声を出しながら颯太の鳩尾を思いっきり殴った。

「グハァ!」

 颯太はあまりの痛みに悲鳴をあげた。

(なに? なにが起こっている? 訳がわからないと。っていうかめっちゃ痛い。みずき、オーラまで使って殴ってきた。どういうこと?)


 みずきの今の一撃はかなり強力だった。みずきが持つオーラは27万。よって2.7倍の身体能力強化ができる。

 いかに、女性とはいえ、2.7倍に高められたうえ、不意を突かれ、急所に叩き込まれた一撃は強烈だった。

 颯太は、鳩尾を押さえ悶えている。


 颯太が苦しんでいると、みずきの両手をエメラルド色のオーラが包み込んだ。みずきがそっと、颯太の鳩尾に触れると痛みは一瞬でなくなった。みずきの治癒スキルだ。


「あの、ありがとう」

「ばかやろう!」

 体が回復した颯太が、そう口にするとみずきはまた叫んだ。今まで見たことがないほど激怒している表情を浮かべている。


「なによ!あの無茶な助け方は! あんたが死にそうになってどうするのよ!あの着地で両足は複雑骨折、大腿骨にもひび、脊椎も損傷。全身は大火傷。私がいたから助けてあげられたけど。いなかったら死んでたよ!何考えてるのよ!」

 みずきは本気で怒っているようだ。あまりの迫力に颯太は縮こまってしまう。

「ごめん」

「心配する側の気持ちも考えてよ!! ばかやろう! ばかばかばか!」

 みずきの頬を大粒の涙が流れていく。みずきが助けてくれた上、本気で心配してくれていることが痛いほど伝わってきた。


「もし私がいなかったらどうするのよ……本当に死んじゃってたよ……」

 泣きじゃくるみずきを見て、颯太は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「みずきがいたから無茶したんだよ。俺だって考えた。助けに行こうか、やめようか。みずきを見て、助けられると確信したんだ。ごめん。心配かけて。みずきがいなかったらあんな無茶はしなかったよ」


「ほとんどの人を救助できたのは偉いよ!ほんと立派だったと思う! でも颯太が死んじゃったら意味ないよ! 約束して! あんな無茶は二度としないって。自分の命を危険に晒さないって! 颯太が死んじゃったら私はどうすればいいのよ」


 大泣きするみずきを前に颯太は慌ててしまう。

「わかった! わかったよ! 約束する! ごめん! みずき。本当に」

「絶対だからね」

「うん」

 みずきは颯太を抱きしめた。颯太はみずきが落ち着くよう。背中をさすった。


(みずきの言うとおりだな。無茶しすぎた。結局助けてもらっちゃったし。だめだな俺は……)

 みずきが泣き止むまでの数分間、颯太は何度も反省した。


 みずきを見ると昨日と同じ服を着ていることに気がついた。

「もしかしてみずき。家に帰ってないの?」

「当たり前じゃない。昨日は颯太の家から駆けつけたんだから。家の鍵は颯太の家の中だよ。それに、昨日は救助者が多すぎて、颯太の治療中にオーラが切れちゃったの。だから、オーラが回復したらすぐに治療してあげるためにここに泊まったのよ」

「まじか。俺のせいじゃん。ごめん!!本当に迷惑かけた!」

 颯太はみずきの話を聞いていかにみずきに世話になったのかを認識した。

 ベッドの上でみずきに深々と頭を下げた。


「そうよ。だいたい、せっかく久しぶり会って遊んでいたのに、急にあんな所に連れてかれて行かれて、せっかくの休みが台無しよ」

「まじですまん! 必ず埋め合わせはする!」

そう言いいながら頭を上げ、みずきを見るとその顔は意外なほどやわらかい表情に変わっていた。

「いいよ。自分からついて行くって言ったんだから、大変なのは覚悟してたよ。私も命を救うことができて誇らしかったし」

「みずき……」

「でも埋め合わせはしてもらうね!」

「おう!なんでも言ってくれ」

「そうだなぁ〜、じゃあ次の土日休みが1ヶ月後だからそこでまた颯太の家に遊びに行く!泊まりで」

「泊まりで?」

泊まりと言う言葉が気になり颯太はつい聞き返してしまう。

「うん。泊まり。だめなの? だって昨日はそう言う予定だったじゃない」

「そうだな……。うん。別にだめじゃないぞ!決まりだな。一晩中ゲームをしよう」

「うん。あと、それとは別に、今度ワールドパークに行きたい。泊まりで」

 ワールドパークとは、都内にある、日本一人気と言っても過言でもないテーマパークだ。可愛らしいキャラクターや楽しいアトラクションが売りらしい。颯太はそこは行ったことがなかったが別に遊園地は嫌いではない。快く引き受けようとした。しかし、あることがどうしても気になってしまう。

「どうして泊まりなんだ? 別にワールドパークなら日帰りでも行けるだろ」

「ばかね! 日帰りだと、帰りで疲れちゃうでしょ? 帰りの時間が気になっちゃうし、絶対泊まりの方がいいよ」

「そうなのか? わかった」

 

俺の能力を使えば早く帰れるぞ、と言おうと思ったが何か強い意志をみずきに感じて言うのをやめた。

「颯太がホテルの予約してね。デートのプランも全部して」

「わかりました。謹んで準備いたします」

「うむ」

 颯太は丁寧に頭を下げると、みずきも偉そうに頷いた。

(まぁそれぐらいでみずきの機嫌が治るなら安いもんだな。今回はまじで世話になっちゃったからな)

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