第41話 死力を尽くして

 颯太は、火災現場のフロアの中で一部、火の手が回ってないところに現れた。

 次の瞬間、探知スキルで颯太の体をオーラが包んでいないことに気づいたのか、飛鳥が今まで聞いたことのないほど大きな声を出した。


「颯太くん!なんでオーラを使ってないの⁉︎」

「もう切れてしまいました。体を守るのに使ったら瞬間移動を使えません」

「ダメだよ! 颯太くんが死んじゃう!」

 地上に飛んで!」

 

 飛鳥の強い意志をはらんだ声がスマホから鳴り響く、しかし颯太は決意を変えない。


「命が助けられそうな人はあと何人ですか?」

「……四人」

「最後までやらせてください!ここでやめたら絶対に後悔する」

「本当にやばくなったら、絶対に逃げてね!もし気絶なんてしたら。私がそこに行って絶対に助けるから!」

「わかりました」


 先ほどまで救助していた階の一つ上の階。炎が最も広がっている階に颯太は突入した。飛鳥の話によると、建物の奥の方に三人倒れているらしい。煙と炎で視界が悪い中を、颯太は駆けていく。


 室内はゴォーっという激しい音が鳴り響いており、机や棚や椅子、ありとあらゆるものが燃えていた。

 室内の温度は今までに感じたことがないほど高かった。一歩進むごとに全身が焼けていくのがわかる。

 しかし、颯太は不屈の精神で進んでいく。助けられる人がまだいるのだ。ここでやめるわけにはいかない。


 炎の中を進み、建物の奥の非常階段まで来たが、人の姿はどこにもない。


「飛鳥さん。見つかりません!」


 颯太は焼け付くような温度の中、なんとか声を絞り出した。


「非常階段に続く扉の裏!」

 

飛鳥の声がスマホから聞こえてきた。

 颯太が、扉の裏を見ると、スーツを着た男性二人と女性一人がうつ伏せで倒れていた。火傷は見られないが、意識がないようだ。階段を使って避難しようとしたが煙を吸い込みすぎて倒れてしまったようだ。

颯太はすぐに駆け寄ると三人の体に触れ、スキルを発動させた。


 みずきの近くに救助者と現れた颯太は、道路に仰向けに倒れ込んだ。


 「ゲホッ、ゲホッ」

 颯太は激しく咳き込んでしまう。煙を吸い込みすぎてしまい、肺がうまく機能していないように感じた。そして、自分の体の中のオーラが切れかかっていることを感じた。空を見ると、夕焼けに染まった雲が浮かんでいる。颯太は頭がぼーっとしてしまう中で必死に考えた。


(もうオーラがほとんど残っていない。次、瞬間移動を使ったらもうオーラは切れるだろう。ここに戻ってくることはできない。あと一人どうする?)


 いかに能力者と言えど、オーラが切れてしまってはもうただの人と変わらない。颯太は真剣にどうするか考える。


(正直、もうここまで限界以上に頑張った。これ以上は自分の命に関わる。もういい……もう十分だ……。)

 

 焼け付くような喉と肺の痛み。体全身に広がる火傷の熱。今まで生きてきた中で感じたことのない激痛に颯太の心はやられていく。体からだんだんと力が抜けていった。


 横からみずきの声が聞こえてきた。

「颯太!大丈夫? もういいよ! もういい! 颯太が死んじゃうよ! そこにいて! この人を助け終わったら、すぐ治してあげるから!」

 声がした方を向くとみずきは両手から放出したオーラで救助者の治療を続けていた。


 ぼんやりとした視界の中でその光景を見た颯太は思った。


(あぁ、みずきがいてくれて良かった……)


 数分前に救助した、全身火傷でほとんどの皮膚がただれていた女性の体が、ほぼ元通りまで回復していた。


(さすがみずきだ! みずきがいれば大丈夫だ!)


 みずきの神業を見て、颯太は再び力が湧いてくるのを感じた。


(あと一人、なんとしても助ける。ビルから助け出せさえすれば。みずきが絶対に助けてくれる!やってやる)


「だめだってば! 颯太も酷い火傷だよ! 行っちゃだめ!」

 

颯太が起きあがろうとしていると、焦ったような声でみずきが叫んだ。いつのまにか自分の服が炎で焼かれ穴だらけになっているのだが颯太はそのことに気づかなかった。どこもかしこも炎で焼かれ、その下の皮膚は赤くなっていた。


「後一人なんだ。絶対戻るから」

 颯太はそう口にすると、スキルを発動させた。


 ♢ ♢ ♢


 颯太は飛鳥に指示された通り、先ほどと同じ階に瞬間移動した。最後の一人はフロアの給湯室に倒れていた。二十代と思われる女性だった。わずかにまだ意識があるようで颯太に気がつくと手を伸ばしてきて、震える手で聡太の腕を掴んだ。その瞳からは涙が溢れていた。

 助けてという必死の気持ちが、言葉さなくとも颯太には痛いほど伝わってきた。


(こんな所で一人で耐えてたのか。怖かったろう。諦めないで良かった)


「もう大丈夫です!必ず助けます!」

 颯太は元気づけるようにあえて明るい声を出した。女性は颯太の声を聞くと小さく頷いた。

 颯太は、女性を起こすと両手で抱き抱えた。

 不思議とさっきまで感じていた。痛みをもう何も感じなかった。全身全霊をかけてこの人を救うという強い思いが身体中に溢れていた。


 颯太は、火の手がおさまってきている窓にゆっくりと歩いて行った。


(この人を抱えて非常階段を地上まで降りる力はもう残っていない。非常階段が使えるのかもわからない。これしかないよな)


 颯太は窓の縁にたった。窓は割れていて外からの風が体に当たる。地上の方を見渡すと、たくさんの観衆があたりに集まっており、こちらを見ていた。消防車は何台か到着しているが、ビルが高すぎて、到底はしご車とホースに用放水が届く場所ではなかった。


 聡太はもう瞬間移動は使えない。地上まで一瞬で飛ぶことはできない。今、颯太にできることは飛行スキルを一瞬だけ使いながら落下の速度を緩めながら下に飛び降りることだけだった。

 颯太は覚悟を決めるとビルから飛び降りた。


 颯太と女性は勢い良く落ちて行く。

 女性は颯太の首に思いきりしがみついている。

 地面が近づいてくるのが見える。

 30メートルほど落下した時に、颯太は飛行スキルを使った。すると空中で二人の落下が一瞬止まり、落下の速度が相殺された。

 しかし、すぐに二人の体は落ち始めた。


 再び30メートルほど落ちた時に、再び颯太は飛行スキルを使う。なんとかスキルは発動され、落下が一時的に止まった。

 颯太はこのスキルを繰り返しどんどん落ちて行った。


 地上まで10メートルほどの位置にきた時、颯太はスキルを使った。なんとか発動はしたが、完全にオーラが切れたことがわかった。


 颯太は覚悟を決め、女性をしっかりと抱えると足から地面に落下した。周りから見ている多数の観衆からは悲鳴が上がった。


 足が地上に着いた瞬間、とてつもない衝撃が両足に広がった。しかし、聡太はその衝撃を全て受け止めた。両足がイカれてしまったのがわかったが。女性を守るために必死に踏ん張った。

 

 落下のダメージを全て受け止めると、女性を

 抱きしめたまま、地面に倒れ込んだ。


 颯太が落ちてきたことを観衆の声で気づいたのか、颯太が倒れ込むとすぐにみずきが駆けつけてきた。

「み、みずき……」

「颯太!」

 みずきは颯太の体を見ながら声にならない声を発した。

「その人は?」

「大丈夫。颯太の方がやばいよ!」

「よ、良かった」

「なんでこんな無茶をするのよ! バカっ!」

 みずきは両手から治癒オーラを発動させながら

 そう口にした。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

「みずきと同じだよ。助けられる命を諦めたくない。それに……今日はみずきがいるから。だから無茶ができる」

 

颯太はそう口にするとついに意識を失う。


「馬鹿っ! 自分の命も大事にしなさい」

 そんな颯太に向かってみずきは泣きながら言葉をかけ、必死で治療を続けた。

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