第40話 凄惨な現場
(まずいな……)
颯太ら飛鳥を抱えながら、上昇し始めるとすぐ、あることに気づいた。それは、
(オーラが足りない)
ということであった。
連絡を受けてからすぐ来れたのは良かったけど、流石に三人での長距離移動はまずかったと颯太は思う。自分の肉体に神経を集中させると、残りのオーラが五万を切っていることがわかった。九割以上のオーラを移動だけで使ってしまった。
しかし、みずきと飛鳥を連れてきたことに少しの後悔はない。この状況では間違いなく二人の力が必要だと言う確信があった。
(でもオーラは節約しなければすぐなくなるな)
颯太はオーラを抑えることを決めた。
颯太と飛鳥は急上昇を続けて行った。腕には飛鳥の足と背中から柔らかい感触が伝わってくるが今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
どんどん二人の高度は上昇していく。おそらく今は午後五時ぐらいなのだろうか、太陽が沈み始め、あたりはわずかに薄暗くなってきている。
颯太達二人は火災が発生している現場の真横まで辿り着いた。
立ち昇る黒煙と炎で、よく見えないが、ヘリコプターの尾翼と思われる部分が少しだけ見えた。
ヘリコプターの衝突は四階層に渡って火災を引き起こしたようだ。フロア四つ分が激しく燃えていた。
「飛鳥さん!お願いできますか?」
「うん」
飛鳥はスキルを発動させた。自分の体から放出したオーラを燃え盛るビルに向かって広げていく。
飛鳥の【探索スキル】は自分から五十メートル以内の範囲であればオーラを飛ばして様子を探ることができる。
「いる!何人もいるよ!」
探索が終わったのか、飛鳥が叫んだ。すぐ近くにいても、上空の風の音と燃える音、何かが破裂する音で普通の声では聞こえづらい。
「何人くらいですか?」
「うーんと、十六、いや十七人かな。動いてる人もいるし、倒れてる人もいる」
「わかりました」
そう言うと颯太は後ろを振り向き、道路を挟んで立っているビルの屋上に降り立った。このビルはプリンスタワーほどではないが百二十メートルほどの高さがある。
「飛鳥さんは、ここからスキルを使って探索してください。そして、僕に位置を教えてください」
「わかった。でも大丈夫? 颯太くん、ここに来るまでに結構オーラを使っちゃったんじゃない?」
「はい。でもなんとか持たせます。倒れてる人から救助します。教えてください。電話を繋いでおきましょう」
颯太はスマホで飛鳥に電話をかけるとスピーカーにして胸ポケットに入れた。そしてすぐに飛び立つと再び、燃え盛る現場の横まで上昇した。
「颯太くんが今いる階だと、二人倒れているよ。中に入って十メートルほど斜め右奥に行った場所」
「わかりました」
颯太は火属性スキルを発動させた。このスキルを使っている最中は、颯太は炎によるダメージを受けない。
炎の中へ颯太は突入していった。
中は酷い有様だった。企業のオフィスとは思えないほどめちゃくちゃに破壊されていた。天井も一部が崩壊し、上の階まで炎が立ち上っている。煙と炎で視界も悪い。
颯太は、先ほど飛鳥が指示した場所へ急いだ。
すると、机の下に一人の男性が倒れていた。腕も足も、煤で真っ黒になっている。頭の眉間の辺りからは血が流れ出ていた。意識はないようだ。
颯太は男の手を掴むと、瞬間移動スキルを発動した。
「わっ!」
突然現れた颯太と怪我人に、みずきは驚き悲鳴をあげた。場所は封鎖されている道路の一角。みずきはビルの様子を見ながら待機していた。
「頼んだ」
颯太はそう一言だけ口にするとまた元の位置に瞬間移動をした。
「次はもっと右側」
ビルに戻るとすぐに飛鳥が指示を出してくる。颯太は言われるがまま夢中で火の中をかけずり回った。
五分後、十二人目の救助者を助けた所で颯太は自分のオーラがまもなく切れることに気がついた。
(まだだめだ。あと五人も残っている。ここで切らすわけにはいかないこうなったら火属性スキルを……)
炎によるダメージを受けないことは非常にありがたかったが、オーラの消費が激しい。このままでは瞬間移動が使えなくなってしまう。
炎が立ち上るフロアの中で颯太は静かに炎属性スキルを解除した。
瞬間、体に襲い掛かってきたのは猛烈な熱波と痛みだった。
尋常ではない熱さに、つい逃げ出しそうになる。充満する煙を吸い込みむせそうになる。あまりの熱気に、吸い込んだ肺が焼けるように痛かった。
しかし、颯太は歯を食いしばる。
(あと五人! あと五人だ! なんとしてでも助け出す!)
「飛鳥さん! つぎお願いします!」
「二個上の階の中央に1人倒れてるよ。多分女性だと思う」
「わかりました」
颯太は飛行スキルを一瞬だけ使い、天井が崩落した箇所から上に上がった。飛鳥の指示があった場所には確かに女性が倒れていた。四十代ぐらいに見える。
火が足元まで達していた。颯太は慌てて体に触れると、瞬間移動を使った。
♢ ♢ ♢
次々に運ばれてくる要救助者をみずきは手際よく治癒していく。みずきの両手からは緑色のオーラが放出され、それが体を包むと、わずかな時間で肉体が回復していく。すでに十一人の命は救っていた。一人は手遅れだったが後は全て間に合った。
さすがに完全回復してあげるほどの時間もオーラもなかったため、命が確実に助かり、後遺症が何も残らないラインまで回復させたところで駆け付けた救急車に乗せていった。
今は颯太が先ほど連れてきた男性を大至急治療しているで両足の肌は焼け焦げ、腕の皮膚もただれていたが、今ならまだ助けられる。みずきはオーラの出力を上げた。
途切れることのない患者の治療に体は激しく消耗していたがまだ余力は残っていた。
そこに、新しい、救助者を連れて颯太が現れた。
新しい患者が、今治癒している者よりも火傷の具合が軽いことは一目でわかった。
それよりも颯太の様子に眼を奪われた。
「はぁはぁはぁ」
颯太は、両膝を地につけながら上半身も地に着くまでかがんで苦しんでいる。
「颯太!」
みずきは叫んだ。近くに駆け寄りたいが、今この患者から離れたら間違いなくこの人は死んでしまう。
「大丈夫。ちょっとむせただけ。あと四人だ」
颯太はそう口にすると、再び姿を消した。
みずきは、自分の心臓がつぶれそうになるほどの不安を覚えた。
♢ ♢ ♢
颯太は再び火災現場に戻った。わずか数十秒だけでも中にいるだけで倒れてしまいそうになるほど、現場は過酷だった。しかし、残されたオーラが少ないため颯太は、普段から身を守っている基礎オーラもすでに使っていない。今はただ、瞬間移動が使えるだけの生身の人間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます