第38話 信念と敵意

 三十分後、二人はケーキを食べ終わり、コーヒーを飲みながら話していた。話題はみずきが就職した病院についてだ。


「ほんと最低だようちの病院は」

「みずきがそんなふうに言うなんてよっぽどなんだな」

「人の命をなんだと思ってるんだって思っちゃう」

 先ほどまでの、明るい表情とは打って変わって今のみずきは暗い顔をしている。


 みずきが悩みがあると言ってきた時は、なんとなく、そんな大した話じゃないだろうと思った颯太であったが、話を聞いてみると考えが変わった。

 みずきが就職した病院は都内でも有数の大病院「星伸会病院」であった。全国にもいくつも病院が建てられているような病院グループであった。

 

 みずきの話によるとこの病院はかなりの金満体質らしく、利益至上主義な所があるらしい。

 みずきは、普段、週六日、夜勤勤務を行なっている。救急外来の担当としてだ。


 深夜に運ばれてきた外来はほとんどみずきが対応しているのだという。


 みずきはレベル7の治癒能力者である。ほとんどの外傷は一瞬で治療できるほどの力がある。

 そればかりか、簡単な感染症や風邪程度であれば根幹治療も可能だ。治癒能力者達のなかでも上位の存在であった。


だからこそ、全国で手広く病院を運営している「星伸会」から総額二億五千万円のオファーを受けたのだが……。


「この前さ、交通事故で、全身骨折してる人が運ばれてきたの。内臓も破裂しちゃっててさ、ほっとけば三十分もしないうちに死んじゃうような状態だった」

「まじか、なんか救急外来ってすごいな。で、どうしたんだ?」

「治したよ。完全に。十分後にはタクシー呼んで元気に帰っていったよ」

「おぉーすごいな!さすがみずき!」

「ありがと。それでね。夜勤が明けて、上司の人が出勤してきて報告したんだけどさ」

「褒められただろ! 命を救ったんだから」

「ううん、怒られちゃった!」

「えっ? なんで?」

 

みずきの言葉を聞いて颯太は訳がわからなかった。

「治しすぎだ!って、それじゃあ入院費が取れないだろって」

「まじか!すごいな」

「うん。うちの病院ってさ、結構綺麗な病棟で、入院費がかなり高額なんだよね。それで利益を上げてる部分もあってさ。私のやり方は病院を潰すって言われちゃったよ」

「あり得ないな。まじかよ」

「高い給料払ってるんだからもっと病院に協力しろって言われちゃったよ。入院するぐらいほどほどに治せってさ」

「みずきが正しいよ。やったことは何も間違ってない。傷ついた人がいたら最後まで治してあげるべきだよ。本質的にはそこに金は関係ないはずだ」

 

 話を聞いているうちに颯太も次第に怒りが込み上げてきていた。

「それでさ。一昨日も緊急外来があったんだ。前ほどじゃなかったけど、頚椎損傷の大怪我だった」

「どうしたんだ?」

「完璧に治したよ。当たり前じゃん。なんと言われようが私は医者なんだから。治せる治療を途中でやめたりしないよ」


「みずき」

 

 颯太は右手をみずきの前に差し出した!みずきは一瞬なんのことがわからず固まったが、意味がわかると勢いよく颯太の手を叩いた。


「それでこそみずきだよ! 偉い! 俺らの力は困っている人のために使わなきゃな…出し惜しみなんてしてられないよな! 俺でもそうするよ」


 みずきの信念の行動を知って颯太は凄く誇らしい気持ちになった。


「うん。ありがとう」

 みずきは少し目から流れ落ちた涙を手で拭った。

「えへへ。颯太ならそう言ってくれると思ったよ」

「当たり前だ!みずきは正しいよ」

「でもさ、病院内でちょっと問題になっちゃってさ。指示に従わない新人だって」

「そうなのか」

 いつも天真爛漫で誰よりも真面目で優しいみずきがそんな状況にあることを知って颯太はいたたまれなくなった。


「あーあ。転職しちゃおっかな」

「良いかもな。みずきならどこも欲しがるよ。何せレベル7の治癒能力者だ。確かレベル7以上はあまりいないんじゃなかったか?」

「レベル7以上は日本に二十人位らしいね」

「貴重な能力だよ。どこでも重宝されるさ」

「ありがとう。なんか颯太に話したら心が軽くなったよ。いざとなれば転職すれば良いもんね!契約金なんて突き返してやる!」

「そうだよ!みずきの良さをわからないとこなんてこっちから願い下げだ!」

「颯太、すごい怒ってくれるんだね!」

「ごめん。なんかみずきの話聞いてたら俺までイライラしてきちゃった」

「ううん。嬉しいよ。ありがとう」


 みずきの涙はしばらく流れ続けていたが、しばらくすると収まった。涙をハンカチで拭ったみずきは再び明るい表情に戻った。それを見て颯太もほっとした。


「颯太は最近どうなの?」

 唐突なみずきの質問に颯太は少し身構えてしまう。元々、新しい能力が出たことを報告するために連絡したことを思い出した。

「うん。まあまあかな。最近やっと仕事に慣れてきたよ」

「そっか、会社の人達は良い感じ?」

「ああ、周りの人達はみんな良い人だよ。と言っても俺を除いては三人しかいないんだけどね」

「えっ?少ないね。全部で四人?」

「うん」


 颯太は会社の人達がどんな人たちか、話していった。

 有希や猛の話は笑って聞いていたみずきであったが、飛鳥の話になった時に、その表情が急に険しくなった。

「えっ、その飛鳥さんっていう先輩、毎日お弁当作ってくれるの? しかも街を案内してくれたり何かと親切にしてくれたりするの?」

「あぁ、すごい良い人なんだ。飛鳥さんがいなかったら正直辞めてたかもな」

 颯太は飛鳥の険しい表情には気付かず、素直に飛鳥に対する感謝を口にする。

「へぇー、そうなんだ……」

 颯太の言葉を聞いてさらに深くみずきの表情は闇に染まっていったが颯太は一向に気づかない。


「飛鳥さんの写真とかないの?」

「えっ、写真? そんな気になる?」

「別に。 でも颯太がお世話になってるからさ。どんな人かなーと思って」

「写真はないけど動画なら見られるよ。少し前にインタビューされてたから」

「そうなんだ。それ見せて」

「わかった、ちょっと待ってね」

 颯太はすぐに自分のスマホで動画サイトを開くと、以前、強盗事件を解決した時の映像を流した。

 みずきは颯太の手からスマホを受け取ると、食い入るようにその動画を見た。

「ふーん。すごくきれいな人ね。この人が飛鳥さんかぁ」

「ああ」

「えっ? 二十八万再生? すごい再生されてるじゃん」

「今そんなにいったんだ。すごいな」


「ふーん。この人がめちゃくちゃ颯太に親切にしてくれるんだ。お弁当も毎日もらって」

「ああ」

 みずきは何度も動画を食い入るように見ながら、考え込むような顔をしている。

 颯太はその様子を不思議な様子で見ていた。

(一緒に働いている同僚に対してこんなに興味を示すか? 普通……)

 別に普段は鈍感な様子はあまり見られないが、颯太は女性の気持ちには疎い。

 ポカーンとした顔を浮かべてみづきを見ている。


「この人なんか怪しいよ颯太。何か隠してる気がする」

「えっ? どういうこと?」

「いや、はっきりとはわからないけどさ。多分すごくいい人なのはそうなんだろうけど、なんか怪しいんだよね」

「どうしてそんなこと思うんだ? めちゃくちゃいい人だぞ」

「まあ、女の勘ね。とにかく颯太は、今まで恋愛経験もあまりないんだから。女の人には注意しなさいね。簡単に騙されそうだし」

「みずきに心配されなくても大丈夫だよ。飛鳥さんはマジでいい人だから」

「ふーん。相当信頼してるのね。一度会ってみたいわ」

 みずきはそう口にすると、ローテーブルに置かれていたコーヒーに口を付けた。


 なんか飛鳥さんのことが気に入らないみたいだな。みずきも会ってみればすぐいい人だってわかるのに……。いや、まてまて今は飛鳥さんのことはどうでもいいだろ。今日は、能力のことを話すために会ったんだ。会話が途切れた。今がチャンスか。


「…………」

「…………」


 みずきがコーヒーを飲んでる間、能力の話をしようと思いつつも、どうしても言葉が出てこなかった。心の中にはいろいろな葛藤が渦巻いていた。

(大活躍を続ける同期たちに比べて、俺はまだ社会の中で全然活躍できていない。最近やっと結果が出始めてきてはいるが、世間から見たら底辺企業であがいているちっぽけな存在だ。みずきの方がよっぽど活躍している)

 新しい能力が出たとはいえ、颯太は自分がまだ活躍で来ていないことを気に病んでいた。それと、みずきや大河に比べて世間からの評価が低いことも気にしていた。それと、

(もっと何か大きな大活躍をして、みずきに報告したいな。驚かせたい)

 という欲望もあった。男として、一番身近な存在のみずきに圧倒的な結果をもって自分の力を示したいという、小さなプライドも自分の中に感じていた。


 大切な人だからこそ、言わなければいけない。大切な人だからこそ、まだ秘密にしておきたい。二つの感情の間で揺れていた。


 しかし、コーヒーを飲み終わった後のみずきの一言を聞いて颯太の気持ちは決まった。


「でも、颯太が元気そうでよかったわ。会社の人にも恵まれているらしいし。安心した」

 そう口にするみずきの表情はどこまでも穏やかで、微笑みからは大きな慈愛の心を感じた。


 颯太の今までの苦労も悩みも全てわかってくれていて、それでいて今の颯太の現状を心から祝福してくれているようだった。


(なにをつまらないプライドにこだわってるんだ俺は。今までさんざん心配をかけておいて。決めた!みずきには言おう。俺の一番大切な人だ)

 みずきの笑顔が決定打になり、颯太の心は決まった。


「あのさ、」

 しかし、颯太がそう言いかけたとき、みずきが先に言葉を発して、とんでもないことを口にした。

「決めた!明日も休みだし、今日泊まっていく」

「えっ」

 颯太がやっとの思いで言いかけた言葉も、その一言で頭からどっかに飛んで行ってしまった。

「一晩中ゲームしようよ」

「本気で言ってるの?」

「うん」

 みずきの眼はいつもと変わらない。冗談言っているようには見えなかった。

「泊まるのは別にいいけど、寝るときとかどうするんだ? うちはベッドが一つしかないぞ」

「一緒に寝ればいいじゃん。別に問題ないでしょ」

「いやいやいや、いかにみずきとはいえ、それはまずいんじゃないか? みずきは女の子だし」

「あれー? ひょっとしてなんか変なこと考えてる?」

 みずきはからかうように微笑みを浮かべながら自分の胸を両腕で隠すそぶりをした。

「べっ、別にそんなこと考えてないよ。お、俺はみずきが嫌じゃないかと思って言っただけだ」

 なんか自分だけ動揺してしまっているような気がして颯太は悔しさを感じてしまう。

「あら、紳士ね。でも大丈夫。私は全然嫌じゃないから」

 みずきはかわいく微笑んだ。心なしかさっきよりも顔が赤くなっているように見える。


「よし! そうと決まったら夕飯を作らなきゃね」

 みずきは腕まくりをしてキッチンに向かおうとしている。

「いや、さっき作り置きに作ってくれた奴を食べればよくないか?」

「あれは颯太の来週の分だから。一瞬で作っちゃうからちょっと待ってて」

 颯太は台所へ向かうみずきの後姿をただ見送ることしかできなかった。

(ほんと、強引な性格だよな)

 颯太は、そう思いながらも、みずきが高校の頃と何も変わっていないことに安心感を抱いていた。


(言えなかったな……。まぁ良いか。タイミングが良い時に能力のことは言おう。ゲームの練習でもしておくか。さっきは負けたからな)


 そんなことを考えながら、颯太がゲームのコントローラーを手に取ったときにスマホが激しく鳴った。電話は飛鳥からだった。


 颯太が電話に出ると、今まで聞いたことのない焦った様子の大きい声で飛鳥は叫んだ。

「颯太君、大事件だよ! 今すぐ行けるかな」

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