第37話 賭け
二人の試合が始まった。
初めの頃は、全くゲームができなかったみずきも、高校の三年間で随分腕を上げ、今では颯太との実力差は無かった。
しかし、今日の初めの戦いでは颯太が使っているキャラの必殺技が、みずきが使っているお姫様キャラに当たり、颯太が勝利した。
「いえー」
颯太は嬉しそうに声を上げた。
次の瞬間、みずきは颯太の肩にもたれるように頭を乗せてきた。そして
「もおぉー、久しぶりなんだから。ちょっとは手加減してよ!」
みずきは怒ったように頬を膨らませながら可愛らしい声を出した。
しかし、颯太にその声を聞いている余裕はない。
全神経が、もたれてきたみずきの頭に持ってかれる。みずきの髪からは柑橘系の甘い香りが届いてくる。頭にガーンと響くような魅力的な香りだった。
えっ?えっ?これはどういう状況だ? 昔は無かったぞ。この感じは。 う対応するのが正解なんだ?
颯太は心臓が止まるんじゃないかというほど緊張していたが、チラッとみずきの方を見ても頭が邪魔で表情までは見えない。
颯太はたまらず
「わかったよ!最初は手加減するから、早く感を取り戻してくれ」
と言った。
「やったー」
すると、みずきは頭を戻した。どんな表情をしているのか颯太は気になったが、颯太も今は横を向くわけにはいかない。
ゲームに集中しようと颯太は頭を振った。
そこからの一時間はみずきの練習に付き合ってあげた。試合をこなす毎に着実にみずきは感を取り戻していった。
さっきみたいなことにならないようにわざと、最後はみずきが勝つようにした。全然嫌ではないのだが、心臓がもたない。
「よし、もう良いよ。だいぶ戻った!本気でやろう」
「わかった」
「せっかくだからさ、何か賭けしようよ!」
「賭け?」
「そっちの方が燃えるでしょ」
「うーん。良いけど、何賭けるんだ?」
「私が勝ったら肩揉み十分」
「そんなんで良いのか?別に景品じゃなくてもそれぐらいやってあげるけど」
「じゃあ二十分」
「わかった」
「颯太は?」
「俺もう、今日散々みずきに色々やってもらったからな。うーん。思いつかないや」
「颯太は肩凝りある?」
「あまりないかな」
「じゃあさ。颯太が勝ったら耳掃除してあげるよ」
「えっ?」
「しかも膝枕つきで」
「えっ?」
「知らないの? 都内には耳かきカフェってお店もあるんだよ。若い女の子にしてもらうんだって」
「いや、聞いたことはあるけどさ。そんなことしてもらって良いのか?」
「嫌なの?」
「いや、嬉しいです」
「正直でよろしい。でも勝ったらだからね」
颯太は、自分が有している集中力の全てを今回の試合に込めることにした。
悩んだ末に一体の剣士キャラクターに決めた。
みずきも真剣にキャラクター選択を行い、遂に決戦の火蓋が落とされた。
♢ ♢ ♢
結果は、みずきの勝ちだった。あと一歩のところまで追い詰めたのだが、颯太の放った必殺技はかわされ、逆にみずきが放った必殺技がヒットし颯太のキャラクターは画面の外へ吹っ飛んでいった。
今颯太は、ベッドに腰掛け座っている。両足の間にはみずきが座っていて、颯太は肩を揉んでいる。
(あー、惜しかったな。相変わらず、土壇場に強いんだから)
颯太といえど十八歳の青年である。耳かきカフェ体験に心が惹かれていた。
そんなことを考えながら、みずきの両肩を揉んでいく。首筋に近いところから初め肩の先へと順番に。揉むリズムを変えたり強弱を変えたり、小刻みに叩いてみたりしながら丁寧にマッサージを重ねる。
みずきは
「ああっ、そこ良い!」
「ああっ気持ちよすぎるよ!」
「天才! 天才やで」
などの嬌声をあげている。その声があまりにも艶かしいものだから、颯太はなんかいかがわしいことをしているような気持ちが湧いてきてしまった。
約束通り、二十分間のマッサージが終わると、みずきは立ち上がり、颯太の横に座ってきた。
みずきの呼吸は「はぁはぁ」と乱れており、頬もピンク色に染まっている。
その色っぽさに颯太はドキッとしてしまう。
「はぁはぁ。颯太……、あんた天才やで。稀代の天才マッサージ師の誕生や」
「なんだその、エセ関西弁は!東京生まれ東京育ちだろ」
「ふふふっ、意外とうまいでしょ。それにしても本当に気持ちよかったよ。ありがとう。嘘みたいに肩こりが楽になった」
「それは良かったよ。よし、じゃあ続きやるか」
颯太が、そう言ってコントローラーを取ろうとすると、みずき口を開いた。
「颯太」
声に反応し、顔を向けると、
みずきは、自分の太ももを右手でポンポンと二回叩くと紅潮している顔に優しい笑顔を浮かべた。
「颯太、おいで……」
「えっ? 良いの?」
「かわいそうだから」
「やったー」
颯太は太ももの上にゆっくり倒れ込んだ。
(なんだこれ? やばい)
その感触はもっちりとしているとともにふわふわもしていた。生暖かい肌感も全てが極上で、この場所こそが天国だ、と颯太は感じた。
とにかく言葉では言い表せないほど心地良かった。
また、やがて、ゆっくりと耳の中に入ってきた綿棒はどこまでも優しく撫でてくれる。初めて経験する快感が広がっていった。
颯太は至福の時間を味わった。
♢ ♢ ♢
「はい。おしまいだよ」
みずきの言葉を、聞く颯太は起き上がった。気持ちよすぎてあと少しで寝そうになっていたところだった。
「どうだった?」
「最高でした」
「ならよかった」
微笑みを浮かべるみずきは若干照れているように見えてそれがまた可愛かった。
「あっ、もうすぐ三時だね!私、ケーキ買ってきたんだけど。一旦ゲームはここまでにしようか」
「えっ、ケーキまで買ってくれたの? ありがとう。じゃあ俺、コーヒー淹れるよ。みずきは座ってて」
「いいの?ありがとう。」
颯太は立ち上がりながら思った。
みずきは強引な性格ではあるが、細かい気遣いができないわけではない。むしろ人一倍空気は読めるタイプだ。颯太にだけはいつも強引だが。
みずきのそういうところは颯太は以前から尊敬していた。
冷蔵庫の中に入っていたのは高級洋菓子店で有名な「シャペール」のショートケーキだった。
(友達の家に来るぐらい。こんな気を使わなくても良いのに)
颯太は思ったが、みずきの優しさをありがたくいただくことにした。
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