第36話 押しかけ妻

「へぇーなかなか良い部屋じゃん」

 みずきはリビングに着くと周りを隅々まで見渡しながらそう口にした。

「あまり見ないでくれよ。さっき大急ぎで掃除したんだ」

「思ったより綺麗にしてる! 偉い偉い」

 

 みずきはそう言いながら背中のリュックを床に下ろし、中から次々と袋を取り出し始めた。大きなビニール袋の中にぎっしりと食材が入っているのが見える。


「なんか凄い量だな」

「ああ、これ? せっかくだから、来週分の食事を作り置きしてあげようと思って。颯太のことだから、あまり自炊してないでしょ?」

「ああ、確かにあまり自炊はできてないんだ。でも、いいの? なんだか悪いよ」

「いいからいいから。私の料理好きでしょ?」

「うん」

「任せておきなさい。色々作っといてあげるから。颯太はゆっくりしてていいよ」

 

 みずきは腕まくりをしながらそう得意げに言うと、食材が入った袋を持って台所へと向かっていった。颯太はそのみずきの後ろ姿を見送った。


 ――変わらないな。みずきは……。気が強くて自己主張がめちゃくちゃ激しい。でも俺に対して底なしに優しい。

 

 高校の頃からいつもこうだ。はたから見たら夫婦かよ、とツッコまれてもおかしくないほど、みずきはいつも尽くしてくれる。なんでこうなったのかは覚えてはいないが、確か一年生の夏休みくらいからはもうこんな感じだった。

 

 ふらっと寮の部屋に来ては、溜まった洗濯物や洗い物を片付けてくれた。しかも、料理まで作ってくれる時もあった。


 初めは異常なまでに尽くしてくれることに抵抗があり、何度も断ってきたが、結局みずきは三年間変わらず世話を焼いてくれた。

 

 そんなみずきに対して、もしかして自分のことが好きなのかもと考えたこともあったが、一向にそういうイベントもなかったため、颯太はみずきはめちゃくちゃ面倒見がいい人なのだと思うようになった。


 一時間後、出てきた料理は肉じゃがとほうれん草のお浸しとみそ汁、それとだし巻き卵であった。

 

 どれも絶品で颯太は驚いたが、特にだし巻き卵がすごかった。外側はフワフワしているのに中の方は半熟で口の中でとろけると、だしの旨味が広がっていった。みずきの料理の腕前を改めて実感した。

 

しかも、みずきは同時並行で三日間分の作り置きも作ってくれた。食事の前に、キッチンに呼ばれた颯太は、冷凍庫に入ったタッパーを見て驚いた。みずきはどこに何が入っているか颯太に説明してくれた。

 

 みずきの女子力の高さをまざまざと見せられた颯太であった。


「ご馳走様。めちゃくちゃおいしかったよ。毎日食べたいぐらい。」


 十分後、颯太は手を合わせてごちそうさまをした。おいしすぎて箸が止まらず、すごい速さで食べてしまった。


「えへへ。あと三日分あるから食べてね。かなり気合入れて作ったから多分美味しいよ」

「ありがとう。まじで助かるよ」

 

 颯太が食べ終わってから五分ほど経つと、みずきも食べ終わったようだ。手を合わせてごちそうさまと口にした。


「さてと」

そう口にするとみずきは二人分の食器を持って立ち上がった。


「そろそろゲーム始めるか?」

「ううん。せっかく私がきたんだから、できることは全部やっといてあげる。お風呂とかトイレとか、さっきちらっと見たら汚れてたから。もう少し待ってて」

みずきの言葉を聞いて颯太は慌てて立ち上がった。


「ちょっとまて!流石にトイレとか風呂とか、そんなところを掃除されるのはさすがに恥ずかしすぎるぞ」

「何恥ずかしがってんのよ。いまさら、そんな恥ずかしがる関係でもないでしょ?」

「いやいや。どんな関係だよ。熟年夫婦でもあるまいし。」

「似たようなもんじゃない。とにかく、颯太はゆっくりしてればいいのよ!」

 

 みずきの鋭い視線に、颯太はついたじろいでしまう。いつもこうだ。みずきは思い立ったらすぐ行動に移すし、自分の考えは曲げない。

 

 どちらかと言うと押しに弱い颯太は高校の頃も散々甘えてきていたが、それは今も変わらなかった。こうなってしまうとみずきは何を言っても聞いてくれない。みずきの頑固なところを颯太は痛いくらい知っていた。


「はあー……。わかったよ。ありがとう。でも、本当に軽くでいいからな」

「任せて。このアパートが完成した日よりも綺麗にしてみせるわ!」

みずきは嬉しそうに食器を持って歩いていった。


 ああーなんかスイッチ入っちゃてるよ。だから嫌だったんだ。家に来られるの。ありがたいっちゃありがたいんだけどな、なんか恥ずかしい。同い年の女の子にトイレとか掃除されるってどんな羞恥プレイだよ……、勘弁してくれ。


 みずきがすごい速さで掃除を進める中、颯太はゲームをしていたが、全く集中できなかった。

 たまにみずきの近くに行き、俺も手伝うよって言ってみてはしたが、

「大丈夫。むしろ邪魔」

 と一蹴されてしまった。

 仕方がなく、颯太はゲームを始めたのだが、みずきのことが気になってしまいあまり楽しめなかった。


 一時間ほどが経った頃、掃除は終わった。みずきに呼ばれトイレや風呂場、キッチンなどを見てみると本当に新品同様の綺麗さになっていた。

 

 自分でも掃除をしたはずなのだが、そのクオリティの差は天と地ほどもあった。

「あの、ありがとな」

「あー、スッキリした。良いよ。私、掃除好きだから。っていうか、綺麗にしたくてうずうずしちゃうんだ。そういうフェチかも」

「高校の時も何回も俺の部屋を掃除してくれたもんな。悪いな。次からはもっと綺麗にしておくよ。」

「いいよ。汚いままで。私に任せなさい!」

 みずきは胸を張った。


「あー、これでやっと思い切りゲームができる!ほらっ、早く始めよ。時間がなくなっちゃう」

 颯太はみずきに言われるがまま、リビングに移動した。壁にかけてある時計を見ると十三時を指していた。


 二人はベッドの側面を背もたれにして座るとゲーム機のコントローラーを持った。


 テレビ画面に映っているのは「大混戦ワイルドバウト」と言う格闘ゲームだ。あらゆるゲームメーカーの人気キャラクターたちが戦い合う格闘ゲームで、発売されたのは随分前になるがいまだに根強い人気を誇っている。颯太とみずきと大河の3人は学校が休みの日はよく三人でこのゲームを行なっていた。


 颯太はすぐに使用するキャラクターを決めたが、みずきは「うーん」と口にしながらまだ決めかねている。

 その様子を見ていて颯太はふと昔を懐かしんだ。


(よくこうやってゲームしたなぁ。まぁ、平日が地獄すぎて土日だけだったけど。懐かしい)


 横をちらっと見るとすぐ隣にはみずきが座っている。肩が当たりそうな距離で颯太は少し緊張してしまう。


 (いつも思うけどなんでこんな近くに座るんだ? いかに親友といっても距離感ってあるだろ。ひょっとしてアホなのか?)


 真剣な顔で画面を見つめているみづきは横顔もかなり整っていた。大きい瞳に、長いまつげ、通った鼻筋に小さめの口元、百人が見たら百人が夢中になってしまうほどの美人だと颯太は思う。高校の頃は、そんな余裕もなく、みずきをそんな風に見たことはなかったが、いま改めて見るとどうしても思ってしまう。

 

(かわいいな……)


 難しい表情を浮かべている今だって充分、写真集に使われそうな顔をしている。

そんなことを考えているとみずきから声がかかった。

「何見てるの? 顔に何かついてる?」

「いや、別になんでもない」

「変なの。選び終わったよ。颯太がスタートボタン押さなきゃ始まらない」

「ごめんごめん」

颯太は慌ててテレビの方に顔を向けた。


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