第34話 変装アイテム

 ヴァルチャーの四人は七重の滝ダンジョンを後にして、群馬県のとあるうどん屋にやってきた。店内はテーブルや壁や柱が全て木でできており、おしゃれな雰囲気だ。有希によるとこの店の水沢うどんと舞茸のてんぷらは、全国から多くの人が訪れるほど有名らしい。 

 

 颯太はたった今、配膳されたばかりのお盆に目を落とした。お盆の右上にあるのは大きな舞茸の天ぷらだ。食べる前から香ばしい香りが届いてくる。肉厚でずいぶん大きい。天ぷらの左にはめんつゆを、ざるに乗ったうどんが置かれている。今日はかなり疲れがたまったから麺を大盛にしておいた。麺は光を反射して輝いている。艶がありとてもおいしそうだ。


 颯太は少なめに麺をとると、そのままつゆにつけ口に運んだ。噛んだら心地よく押し返してくる弾力と飲み込むときのつるっというのど越しが相まってとてもおいしい。鰹だしの風味が香るつゆとの相性もばっちりで、県外から多くの人が訪れるのもわかる気がする。


「おいしいですね」

 颯太は顔をあげて目の前に座っている有希と社長を見た。

「当たり前だろ! 群馬県でも三本の指に入る店だ」

 颯太の前に座っている有希は、そう言うと、小さめの舞茸をつゆの中に入れ、小さくめに持ち上げたうどんと共に口に運んだ。

「うーーーーん。たまらん。ついてきてよかった」

 普段あまり感情を表に出さない有希であるが、今の表情はとても幸せそうだ。


「本当、有希はここのうどんが好きだよな」

 社長の猛はいつも食べるのが速い。すでに運ばれたうどんをもう食べ終えて、今は爪楊枝を使っている。颯太の隣に座っている飛鳥は黙々と食べ続けている。


「このために私は今日ついてきたんだ。お前たちが帰ってくるまで暇すぎて映画を二本もみてしまったぞ」

 

颯太は有希の言葉を聞いて、ダンジョンの中に入らないにも関わらず、有希がついてきた理由がやっとわかった。


「それにしても、颯太、本当によくやったな。お前たちが持ってきた金を見たとき腰が抜けるかと思ったよ」

 

 しばらくしてうどんを食べ終わった有希は食後に出された緑茶を一口飲むとそう口にした。


 颯太は有希の言葉で先ほどのことを思い出した。颯太たちがダンジョンを後にし、有希が待つ車に戻ったとき、有希はスマホで映画を見ていた。

 

 社長が助手席のドアを開けて、札束が入った袋を見せると有希はあまりの衝撃に言葉を発さなかった。そしてしばらくして「いくら稼いだんだ?」と有希が尋ね、飛鳥が嬉しそうに「千二百三十二万円あるよ」というと、「うぎゃーーー」という、まるで発狂でもしたのではないかと颯太が思うほどの奇声を発して喜んだのだ。

 その異常な喜びように颯太の方が驚いてしまったぐらいだった。


「颯太がいてもせいぜい二百万くらいだと思っていたよ。いつも飛鳥と猛が頑張っても七十万くらいだったからな」

「悪かったなぁ。俺らがへぼで」

社長は少しばつが悪そうにつぶやいた。

「いや、お前たちを責めているわけじゃない。颯太がすごすぎるんだ。それはわかっている。重要なのはこれだ。見てみろ」

 

 そう言うと有希は手に持っていたスマホで計算機アプリの画面を開いて三人に向けた。そこには千四百四と表示されている。

「あの? なんの数字ですか?」

 颯太が尋ねると有希はもったいぶったように時間を溜めてから口を開いた。

「企業クラスⅢまでのポイントだ」

「えっ? それしかないのか?」

「いくつでしたっけ。企業クラスⅢは?」


 有希の言葉を聞いて飛鳥と社長は焦り始めた。企業ポイントが今日時点で五百を超えて、次の期末である六月末に企業クラスⅡに昇格することは知っていたが、次のランクのことは全く意識していなかったようだ。


「まったく。飛鳥はこんな大事なことも知らないのか?」

「今まで、一つ上にも上がったことがなかったんだからしょうがないじゃん。で、いくつなの? 企業クラスⅢにあがるボーダーラインは?」

「三千ポイントだ」

「えっ、けっこう低いんだな。えっと……今が……」

「今日の分を加算すると千五百九十六ポイントだ」

「えっそれじゃあ」

「ああ、だからあと千四百四ポイントでランクⅢに上がれる」

「まじか、六月末まであと二か月ぐらいあるじゃないか。行けるぞこれは!」

「ああ、行ける! 正確にはあと五十三日だ。今の会社なら不可能じゃない」

「そうなったらすごいね。クラスⅡだって初めてなのにそれを飛び越えてクラスⅢになったら絶対今よりも仕事が増えるよ。やったー」


 まだ、確定したわけでもないのに、どんどんテンションが上がっていく三人を颯太は微笑えましい気持ちで見ていた。


(クラスⅢなんて能企社会全体で見たらまだまだ中堅クラスなのに、この喜びよう。よっぽどクラスⅠを抜け出せなくて悔しかったんだな。安心してくれ。俺が必ず、クラスⅢどころかランク最上位のクラスⅤまで上げて見せるから)


 颯太は、今まで、自分の会社が社会でも最底辺なことにもやもやとして気持ちを抱えてきてはいたが、先ほどの大河との会話の後にすべてが吹っ切れていた。必ず、親友である大河と同じレベルまで自分も会社も高めてやるという思いで今はいっぱいだった。


「なあ、颯太。お前がうちのエースだ。うちのポイントの上昇値を見て、さらに仕事は増えるだろう。何とかクラスⅢまで頼むよ」

有希たち三人の期待をはらんだ瞳に

「はい! 頑張ります」

と颯太は力強く答えた。


「あ、そうだ。これを渡すのを忘れていたな」

しばらくした時に、有希が机の上にあるものを出してきた。それは、黒いヘルメットと目を守るスモークがかかったゴーグルと鼻まで隠れるような黒いマスクだった。


「えっと、なんですか。これ」

颯太は、意味が分からず尋ねた。

「前に話しただろう。会社に注目を集めるために颯太を謎の能力者として売り出していくんだ。すでに政府の能力者管理部門に行き手続きは済ましている。」


(ああ、あれか。そう言えばこの前言ってたな。本当につけるんだ。マスク)


「えっ?能力者管理部門で手続きしたって何をしたんですか?」

「お前の個人情報を全て非公開にしてきたぞ。これで何か事件をお前が解決したとしてもお前の名前が報道されることはない。謎の能力者Xとして世間の注目を浴びることになるだろう」


(まじか。もう手を打っていたのか)

颯太は有希の根回しの速さに驚いた。まあ別に颯太としても、なにかちっぽけな事件を解決したぐらいでニュースに乗るのは正直ごめんだった。もともと恥ずかしがり屋だし目立つのが好きな方でもない。能力者として活躍しながらプライベートの生活が送れるのは魅力的だ。


「颯太君、さっそくだからつけてみてよ」

「えっ? でも今はこの格好ですよ。似合いますかね」

任務を終えた後、颯太は、会社が以前用意してくれた警察の特殊部隊が来ているような紺色の戦闘服から今着ている白いパーカーと黒のチノパンに着替えていた。

「いいからつけてみろって。大体わかるから」

「わかりました」

社長がそう言うため、颯太はしぶしぶ道具を手に取り身に着けていった。

十秒ほどで全て装着することができた。ヘルメットの下にスモークがかかったゴーグルがあり、その下は黒いマスクで覆われていてた。

「どうですか?」

「ああ、悪くない。今の恰好には全く似合ってはいないが。いつもの服になら合うだろう」

「だから言ったじゃないですか」


颯太はすぐに外した。自分で想像してみても似合っているはずがなかった。店内で私服にこんな格好どこからどう見ても強盗だろと自分でも感じた。外しているときに飛鳥が少し笑っているのが見えてなおさらショックだった。

「よし。これからどんな時もその三つは持ち歩いてくれ。私たちの仕事はいつ仕事が入るかわからない。いつも持っていれば安心だからな」

「わかりました」


颯太は店を後にすると車の中で、マスクとゴーグルとヘルメットを自分のリュックにしまった。







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