第29話 久遠寺大河

 洞窟をしばらく下っていくと、大きく開けた空間へ出た。そこはテニスコートほどの広さの四角い空間だった。地面、壁面、天井と全面い白い大理石が敷き詰められ

 ている。異世界に来てしまったかのような不思議な空間であった。


「うわー、なんかすごいですね。こんな風になっているんですね」

颯太は初めて見るダンジョンの内側に興奮を抑えられない。


「初めてみたら驚くよな。どのダンジョンも大体、こういう大きな部屋がが最初にあるんだ。ホールってみんな呼んでいる」

「そうなんですね。あれは何するところなんですか」


 ホールの一角には、カウンターのようなものが設置されており、カウンターの中にはスーツを着た男性が佇んでいた。

「あそこはダンジョンの受付件、換金所だ。ダンジョンに入るためには自分の能企証をあそこで見せなければならない。そして、出る時にはあそこへ立ち寄り、必要のないアイテムを換金してもらえるんだ。」

「すごいですね。すぐに換金できるなんて」

「ああ、あそこに立っている奴らは鑑定の能力をもつ奴らだな。一瞬で物の価値を調べてくれるぞ。」

「なるほど。すみません。あの小屋は何ですか」

 ホールの一角には小さな小屋が建てられていた。それを指さしながら颯太が質問した。

「あれは普通に更衣室だよ。あそこで着替えるんだ。ほら、颯太君も戦闘服持ってきたでしょ」

 飛鳥は自分が持っている黒いボストンバックを持ち上げて見せた。

「なるほど」

 颯太も任務の際に着用する紺色の戦闘服をリュックの中に入れてきていた。


 もう一方の一角にも小さな建物がある。入り口に赤い十字が掲げられている。

「あっちはわかりやすく言うと小さな病院だ。ダンジョンのホールには必ず設置することが法律で定められている。怪我をしたときにすぐ駆け込めるからな。このダンジョンはすでに攻略済みだし、そこまで人気がないからああいう小さな建物だが、人が多く集まる活気があるところだともっと大きなものが設置されているよ。ホールの作りはどこも大体一緒だから覚えときな。まあ、他にもマッサージルームなどが用意されているところもあるけどな」

「へえー。すごいですね! ダンジョンって!」


 (すごいな。ダンジョンってこういう感じなんだ。早くいろいろなダンジョンを攻略したいなあ)

 初めてみるダンジョンの設備に颯太は激しく興奮している。遊園地に初めて行った子供のように見るものすべてに眼を輝かせている。そんな颯太を飛鳥はかわいいものを見る目で見つめていた。


♢ ♢ ♢ ♢


 「颯太か?」


 颯太たちが受付で能企証を見せ、更衣室の方へ歩いていこうとすると後ろから声をかけられた。社長と飛鳥は一息前に更衣室に入っている。

 振り向くとそこに立っていたのは颯太の高校の同期であり、親友の久遠寺大河であった。

 大河は百七十五センチメートルほどで細身のすらっとした体型に切れ長の目にセンターわけをしている黒髪が特徴をしている。誰が見ても二度見してしまうくらい整った顔立ちをしている。

 また、大河が来ている白と青を基調にした戦闘服は見るからに高級な素材で作られているのがわかる。胸元に金色の糸で入れられている「REGATE」の文字が輝いていた。服装から高貴さがにじみ出ているように感じられた。


「大河! どうしてここに?」

「任務できたんだ。颯太は?」

「俺もだ。今日が初めてのダンジョンなんだ」

「まじか。ダンジョンは良いぞ。俺なんてほとんど毎日ダンジョンにいる。」

「そうか、羨ましいなそれは。ていうか連絡ぐらい返してくれよ」

「ああ、悪い。疲れがたまっててな。暇がなかった」

 

 大河の眼もとには颯太にもはっきりわかるぐらいのくまができている。しかし、くまを除いでも大河の表情が以前よりも暗いように颯太は感じた。なんというか以前のような爽やかさがなかった。眼付も以前よりも鋭さが増しているように感じる。

「大丈夫か? かなり疲れてるように見えるけど。」

 以前とは異なる風貌の大河が心配になってきた。


「別に大丈夫だ。忙しいが、全部自分のためだからな。うちの会社はすごいぞ。新人の俺にもトップクラスの人たちと同じくらい仕事を回してくれるんだ。おかげで会社を卒業してからかなり力がついたぜ」

「そうか。大河が平気ならいいんだが。大河の活躍はいつもニュースで見ているよ。確か、七千万はするトワイライトメロウを発見したんだよな」

 トワイライトメロウは希少な宝石でダンジョン内でしかとることができない。その美しいピンク色のかがやきから世界中の富豪たちを魅了している。

 大河は他にも希少なアイテムをダンジョン内で多数見つけていたため、何度もニュースで取り上げられていた。間違いなく世間が注目する新人の一人だった。


「良く知ってるな。忙しかったが。それなりに結果をだすことはできた。まあまだ、満足はしてないけど」

「今日は何の任務なんだ?」

「ダークマンバの捕獲だ」

「えっ?それって危険生物の?」

「ああ」

 ダークマンバは体長3メートルを超える蛇で、牙に普通の人間であれば数秒で絶命してしまうほどの猛毒を持っている。ダンジョン内で出会ってしまったら必ず逃げるように高校の授業で教わっていた。今までに数百人の命を奪っている超危険生物であった。

「なんでも、新薬の開発に毒がいるらしい。十匹捕まえるのがミッションだ。一匹80万で売れるらしい」

「すごいな。一人で大丈夫なのか?」

「俺の能力を知っているだろう? 問題ないよ」

 自信満々な様子な大河を見て改めて大河はすごい奴だと認識した。さすが同期の中で二番目に高額なオファーを受けただけあるなと。颯太の頭の中には高校時代の模擬戦闘訓練の光景が浮かんだ。

 攻めてくる四人の敵に一度も攻撃をさせることもなくすべてを氷漬けにした圧倒的な氷属性スキル。大河は同期の中でも別格だった。


「確かに。大河なら大丈夫だな。蛇にやられるところが想像できない」

「だろ?」

 いつも自信満々なところが大河の特徴だった。


「颯太は何しに来たんだ。ダンジョンデビューがこの時期って遅すぎるだろ」

「ああ、色々あってな。俺は、まだよくわからないんだけどウサギ狩りっていう任務をしに来たんだ」

「えっ? 本当か? お前の会社ってもしかして企業ランクⅠなのか?」

「ああ」

 颯太は、若干の負い目を感じながら小さくうなずいた。

「嘘だろ? ウサギ狩りって、仕事がない企業を助けるための救済措置だぞ。大丈夫かお前の会社」

「うちの会社、すごく貧乏なんだ。俺も入ってみて気が付いたけど。でも、何とか頑張って、もうすぐ企業ランクⅡに上がれそうなんだ」

「まじかよ。颯太。お前大丈夫か? 救済措置を受けている会社なんて底辺の中の底辺だぞ。俺のニュースを見てる場合じゃないぞ!もっと自分のキャリアを考えないと」

「でも、俺を選んでくれた会社だから」

「そうかもしれないけど限度ってものがあるだろう。俺は同期がそんな会社に入っているのが恥ずかしいぞ。防御力4倍とお前のオーラ量ならもっといい条件がみつかるから頑張れよ」

「そうかもな」

「大体、月の給料はいくらなんだ?」

「十四万八千円」

「……」

 颯太が給料事情を話すと、大河は絶句してしまった。唖然とした顔をで硬直している。


「お前さ、絶対転職したほうがいいよ。なんだよ十四万八千円って。今時能力者じゃない普通の高校あがりの新卒だって二十万はもらってるぞ」

「後、ミッションボーナスも十パーセントもらってるよ」

「それはお前を引き留めておくためのものだろう。俺は二十パーセントもらってるぞ」

「……」

 すごい勢いで颯太の会社を否定してくる大河を前に颯太は言葉が詰まってしまった。


「なあ颯太。同期として言っておく。転職した方がいい。同い年の俺が月に三千万円もらってるんだぞ。金が全てとは言わないけど世間的な評価ではあるだろ。お前はもう少しキャリアを見直した方が良いぞ」

「ああ。わかったよ」

 颯太の心の中はとうの昔に恩があるヴァルチャーに尽くそうと決まっていたが、それを今大河に説明しても無駄だと感じ、颯太は反論するのをやめた。


「じゃあ俺そろそろ行くな。早く終わらして帰りたいんだ」

「食事はどうする?」

「悪いけど今度にしてくれ」

「わかった。あっ、大河!」

「なんだ?」

「いや、別に何でもない」

 

 去っていく大河に声をかけた。この前大河に連絡を取ったのは親友の大河には新しくでた能力について打ち明けておこうと思ったからだということを思い出した。食事ができないならこの場で言おうとも考えたが、大河の表情を見てやめた。今まで見たことがないような薄ら笑いを浮かべているいるような気がした。

「またな」

「ああ」

 大河は一人地下に続く扉を開け、中へと入って行った。


「はあ……」

大河の姿が見えなくなると颯太は小さくため息をついた。大河との会話を思いだしては唇をかみしめた。

(確かにあいつが言うことは正論だ。でも俺にとっては恩がある会社なんだ。俺は転職はしないぞ。必ずヴァルチャーを成長させるんだ)

 ヴァルチャーがやばい会社だということは自分でも十分に自覚していた颯太であったが、それにしてもここまで否定されるとは思ってはおらず驚いた。


 しかし、それ以上に颯太がショックを受けたのは、大河が以前と大きく変わってしまっていたように感じたからだった。確かに以前から、思ったことははっきり言う性格であったが、先ほどのように一方的に否定してくるような人間ではなかった。

 冷たさの中にもどこか優しさが感じられるそんな男だった。

しかも、先ほどの会話の後に颯太に向けた表情は、わずかではあったが自分を見下しているように颯太には思えた。


(人間って変わってしまうのかな……)

颯太の心の中にはそれでも、大河に対する憎しみや怒りの心は浮かんでこなかった。颯太がつらい時に瑞樹と一緒に何度も何度も励ましてくれた思い出が颯太の中にはいくつも残っていたからであった。今まで助けてもらった恩が自分の中で大きすぎた。


(まあ、生きていたらいろいろなことがあるよな。馬鹿にされようが否定されようがあいつは大事な親友だ。それは変わらない。大河にもしっかり認めてもらえるよう結果を出さなきゃな。)


颯太の心の中からはかつてない程の熱い想いがあふれ出してくるのを感じていた。


颯太は更衣室へ向かって歩き始めた。









                                                                                                                                                                                                                                                       

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