第28話 初ダンジョン

 ダンジョン――それは世界中に突如出現した、地下空間。中には未知の生物、地球には存在し得ない資源、アイテムなどが存在している。地下に行くほど生物の強さや凶暴性が高まる。また、ダンジョン内には砂漠や氷の世界、密林、荒野などさまざまな環境が存在している。これらの環境も地下に進めば進むほど過酷になってくる。

 地下に進むほど獲得できる資源の希少度も上がってくる。

  

 そのため、今では日本だけでも五百以上の能力者企業がこぞって人材をダンジョンに送り込み、資源を獲得している。ダンジョンは日本だけで九十八個見つかっていた。世界では三千を超える。

 2031年の現在はダンジョン探索時代といっても過言ではないほど世界中でダンジョンの探索が進められていた。


 ダンジョンによって階層はさまざまである。地下百階までのダンジョンもあれば、地下三百五十階を過ぎてもまだ最下層に達しないものもあった。しかし、地下に進めば進むほどモンスターのレベルが上がり、環境が過酷になることはどこも同じであった。

 最下層には必ずボスモンスターがおり、このボスが倒されるとそのダンジョンは攻略済みとされる。現在、日本に存在する九十八個の内の二十六個のダンジョンが既に攻略済みとされていた。

 ちなみにダンジョンの最下層に存在するボスモンスターを倒した者は「ブレーカー」と呼ばれ、莫大な名誉を得ることができる。能力者であれば誰しもがダンジョンブレーカーになることを夢に見ている。 


 ゴールデンウィーク明けの火曜日の午前十時、颯太はヴァルチャーの社員と一緒に、社長が運転する車に乗りダンジョンへ向かっていた。

 八王子を出発してすでに一時間が経過しているため、あたりにはのどかな田んぼが広がっていた。遠くには山並みが見える。

 颯太は車の後部座席に座っており、隣には飛鳥が座っている。助手席には有希が座っていて、イヤホンをつけながらなにやらドラマをスマホで観ている。


「飛鳥さん。今日はダンジョンで何をするんですか?」


 群馬県の伊香保温泉の近くにあるダンジョンに行く予定だとは聞いていたが、仕事内容は知らされてなかったため、颯太は飛鳥に尋ねた。

 颯太は生まれて初めてダンジョンに行くため、心の中はわくわくでいっぱいだった。


「あれ?お父さんから聞いてなかったんだ。今日はウサギ狩りに行くんだよ」

 飛鳥はさも当然というような顔をしているが、ウサギ狩りと言われても颯太には何のことかさっぱり見当がつかない。

「ウサギ狩り?」

「そう。ボーナスミッションの」

そう言うと飛鳥は先ほどまで寝ていたためか、口に手を当てあくびをした。

「ボーナスミッションってなんですか?」

 次々と知らない単語が出てきて颯太は戸惑っている。


「そうか。颯太はダンジョンは初めてか。高校生はダンジョンに入れないもんな。知らないのも無理ないよな」

 2人の会話が耳に聞こえたのか、社長が口をはさんできた。


「ボーナスミッションっていうのはうちみたいな零細企業のためのいわば救済措置だ。弱小能企が潰れないように政府が依頼してくれる任務なんだ。ほら、うちは企業レベルがまだⅠだろ?だからできる任務なんだ」

「なるほど」

「通常の依頼と違って、難易度が低くて割がいいんだ。そのかわり三か月に一回しか出来ないけどな」

社長は左手で器用にハンドルを操作し、右手では煙草を吸っていた。煙の臭いがわずかに開けられた窓から入ってくる風に乗って後ろに座っている颯太に届く。


「はぁ。できればこういう救済措置を受けなくても良くなれればいいんだけどね。情けないけど助かるんだよね」

 少し決まりが悪そうに飛鳥が言った。


「そうなんですね」

 朝、出発する前、ダンジョンに行くというのに、ヴァルチャーの3人のテンションがどこか低く見えた理由がわかった気がした。このような任務を受けることをどこか恥だと思っているのだろう。


「でも、まぁ今期はこの前の事件解決のおかげで今三百六十四ポイント貯まってるんだ。このままいけば、マジで五百ポイント超えられるぞ!そうしたら会社始まって以来初のレベルⅡだ。あと百三十六万円を六月末までに獲得すれば良いんだ。余裕だぜ!もしかしたら五月中にも行けるかもしれない!頼んだぜ颯太!」

「はい」

 期待されていることが猛の声から伝わってきて、颯太は身が引き締まる思いがした。そして、続けてもう一つの疑問について質問した。

「ウサギ狩りっていうのはなんですか?」


「ああ、それは後で教えてやるよ。一目見ればわかるからさ。結構楽しいぞ」

「わかりました」


 車はしばらくして高速道路を降りた。下道を三十分ほど走るとやがて山道に入り、その道を十分ほど進んでいくと「七重滝ダンジョン」の看板と駐車場が現れた。


 駐車場に停まっているいくつかの車の脇を抜け、颯太たちは滝の脇に着いた。

 滝の脇には一軒家ほどのサイズの管理事務所と書かれた建物があり、その建物の奥に滝の目の前に行くための階段があった。


 颯太たちが建物に入ると社長は受付で何やら書類に記入をした。しばらくするとダンジョンに立ち入る許可が出たようで、四人は管理事務所を出て、階段を降り、滝の近くに立った。

 苔むした岩の間を流れ落ちる水は激しく、水しぶきが辺りに飛び散っていて迫力があった。気温は少し肌寒いくらいだが、暑がりの颯太から心地いい気温であった。

ヴァルチャーの四人以外は近くに人影がなかった。


 しばらく、滝の迫力に見とれていた颯太はふと滝つぼの近くからは、木製の歩道が伸びており、それは流れ落ちる滝の裏手へと続いていることに気が付いた。

「あそこが入り口ですか?」

颯太はその空間を指さして社長に尋ねた。

「ああ、あそこだ。さっそく行くか」

「はい」

「私はここで駐車場で待っているから。頑張ってきてくれよ」

有希はそう口にすると、くるりと踵を返し、駐車場の方へ戻っていく。

「あれ? 有希さんは入らないんですか?」

「お母さんは能力者じゃないからね。危険が多い中までは行かないよ」

「えっ? 有希さんって能力者じゃないんですか?」

颯太は驚いた様子でいる。

「颯太君、知らなかったの?うちの会社の能力者は私と颯太君とお父さんだけだよ。」

「全然知らなかったです」


「おーい、行くぞー」

飛鳥と話しているとすでに滝の裏まで言っている猛の声が聞こえたため、二人は急いで後を追った。

滝の裏には巨大な洞窟の入り口があった。中には電気が通っており、思っていたよりも明るいように見える。


颯太たちは中へ入って行った。


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