第27話 親友

 その後、颯太たち四人は社長の行きつけのラーメンを食べ、解散した。颯太以外の三人は車で帰って行ったが、颯太はいつもと同じで水筒に入れてある玄米茶を飲み、瞬間移動スキルを発動させると拝島にある自宅に飛んだ。

 颯太は玄関に現れるとすぐに靴を脱ぎ、洗面所で手洗いとうがいをした。そして部屋に入るとベッドの上に倒れ込んだ。人間と同じぐらいあるサイズのバナナ形の抱き枕を抱きしめると顔を埋め、思い切り叫んだ。


「うぉーーー」

 新しい力が出た一時間前から、とめどなく喜びが込み上げてきていた。抑えよう、抑えようとしても到底無理であった。

 少し前まで食べていた社長のお気に入りの豚骨ラーメンも興奮しすぎていたのかそこまで味がわからなかったほどだ。


 颯太が暮らしているこのアパートは拝島駅から徒歩十分の位置にある。築三十五年の建物であるため、見た目は古くさいが内装はそれを感じさせない作りになっている。なによりも家賃四万五千円と言うのが颯太は気に入っていた。風呂やトイレ、キッチンの他に一つの部屋しかない1kであったが。あまり物を置かない、颯太にはちょうどいい広さの部屋であった。部屋にはセミダブルのベッドの他に、五十インチのテレビの他にタンスと座卓が置かれている。


 抱き枕から手を離すと颯太はベッドから降りて、玄関に置かれていたリュックの中に手を入れた。

 中から飲みかけのコーン茶を取り出すと残りを一気に飲み干した。

 颯太は再びベッドの上に移動すると立ち上がった体勢で能力を発動させた。


 すると颯太の体はベッドから上昇した。しかし、次の瞬間、上に上がりすぎてしまい頭を天井に ぶつけた。

 「いてっ」

 颯太は能力を解除し、ベッドに倒れ込んだ。


 颯太は頭を押さえながらちょっと調子に乗りすぎてしまったことを反省した。後頭部から伝わってくる痛みがやっと颯太を冷静にさせた。

 颯太は仰向けになり天井をぼんやりと眺めた。築三十五年だけあって、天井の壁紙のつなぎ目の部分が少しはがれかかっていた。

「ふう」

 颯太は大きく息を吐くと目を閉じた。


(なんだか夢のようだな。高校の頃はあれだけ苦しみ、悩んでいたのに……。今ではたくさんの能力が使えるようになった。しかも、入社した先は、自分に大きな期待してくれている。飛鳥さんに至っては毎日お弁当まで作ってくれる。俺は、幸せ者だ……)


 颯太は、つらかった高校生活と今を比べると、考えられないくらい自分が恵まれた状況にあることを痛感した。そして、こみ上げてくるのは絶望の中でも支え続けてくれた高校の仲間と、今お世話になっているヴァルチャーの人たちへの感謝の気持ちだった。


「頑張らなきゃな……、俺は。まだなにも返せてない」

 颯太の心の中はやる気に満ち溢れていた。自分を支えてくれている人たちのために、どこまでも頑張っていく決意がみなぎっていた。


 そうした感情の中、颯太の頭の中には二人の親友の顔が浮かんできた。


 それは、如月みづきと久遠寺大河であった。


 如月みづきは長い手足にすらっとした体型と背中まである艶やかな黒髪が印象的な少女であった。切れ長な瞳と長いまつげ整った顔のパーツも相まって、学校では美人で有名だった。その凛とした、いで立ちから冷たい印象を受けがちだが、仲良くなると自分の好きなアニメや漫画の話を興奮しながら話し続ける、ややオタク気質がある少女であった。颯太は入学してから不思議とすぐに仲良くなった。好きなアニメや漫画が一緒で共通の話題が多かったため、授業後に話しこんだり、休日にたまに映画を見に出かけたりすることがあったほど気が合う少女だった。学校の成績は、学科も実技も飛びぬけていいわけではないが高校在学中はどちらも常に平均以上は維持している生徒だった。


 颯太のスキルが発現せず、落ち込んでいるときも、就職活動に参加できず絶望しているときもいつも一番そばで颯太に寄り添い、支え続けてくれた。颯太にとっては一番と言ってもいい程お世話になった人であった。

 大手の病院に就職してからは特に仕事の話は聞いていなかったが強力な治癒スキルの持ち主であるため活躍しているだろうと颯太は思っている。


 久遠寺大河は百七十五センチを超える長身と茶髪でセンター分けが特徴である。色白で鼻筋が通っていて小顔という、韓国のアイドルのように整った顔立ちから、女子に大人気の青年であった。入学してから二か月ほどが経ってから親しくなった。


 颯太とは憧れているプロ格闘系能力者が同じであったことがきっかけで仲良くなった。みずきとも自然と仲良くなり、三人でつるむことが多かった。成績は学科はそれほどではないが、実技の方は成績が学年でもトップクラスで良かった。そして、二年の初めに氷属性能力が発現してからは、一気に学年二位まで成績を上げ、世の中の企業にも注目される存在になっていった。

 

 性格はクールで冷静沈着だが、内心は熱いものを持っているタイプであった。

 颯太が落ち込んでいるときも、気晴らしのトレーニングにずっと付き合ってくれたり、休みの日に銭湯に誘ってくれ、悩みを静かに聞いてくれるような優しい面もあった。能力者企業の最高峰である「レべカ」に入ってからは、何度もニュースになるような活躍を続けており、期待の新人として特集も組まれるほどであった。聞いた話によるとファンクラブまで作られているという噂もあるほど人気があがっている存在であった。


 颯太は親友の二人に対して、いつもいつも感謝の念を抱いていた。高校在学中に自分がつぶれなかったのは二人のおかげだと心から思っている。


(やっぱり、あいつらには能力のことを言っておこう。散々心配をかけたんだし。まぁ二人なら間違いなく他の人には秘密にしてくれるだろう)


 入社してからの一か月間、あまりにもあわただしい日常過ぎて、あまり連絡を取ってきていなかったが、颯太はこの日二人にSNSを使いメールを送った。

 颯太は、防御力四倍以外の能力が出た後に、一度二人には伝えようかと思ったが、大きな活躍をして、結果を出してから伝えたいという気持ちがあったため親友の二人にも秘密にしていた。瑞樹からはたまに連絡が来ていたが、能力の話は隠しておいた。


 この前、ヴァルチャー側から颯太の正体を会社としても隠していくことが打診され、颯太も引き受けてはいたが、親友の二人に大切なことを言えてないことをひけめに感じていた。今日新しく、二つの能力も現れたため、なおさら二人には伝えないとなという気持ちが芽生えたのだ。


 颯太は二人に今度の休日に食事でもしないかという内容の連絡を送った。

 瑞樹からはすぐに返信があり、週末の日曜日になら予定が空いているとのことだったが、大河の方は既読にならなかった。


一日経っても、二日経っても大河の方は音沙汰がなかった。颯太は少し心配にはなったが、よほど忙しいのだろうと追加の連絡はしなかった。





 

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