第26話 能力開発⑥

 四時間後、颯太はある公園内にあるグラウンドに立っていた。近くには有希や飛鳥、猛の三人を除いては人っ子一人いない。午後七時を過ぎているのと街灯が少ないため辺りはずいぶん薄暗い。

 ちなみになぜ今自分が夜のグラウンドに連れてこられたのか颯太自身もわからない。いつも通りトレーニング後のシャワーを浴びてオフィスに戻ったら有希にいきなり残業を命じられたのだ。普段残業を強いられることがほとんどなかったため、颯太は驚いたが、別に残業することに抵抗はなかった。十八時を過ぎた頃に猛の愛車のSUVに乗りここまで来たが、何のために来たのかが一切わからなかった。


「こんな所に来て、何をするんですか?」

颯太の目の前では、有希が怪しげな笑みを浮かべながらリュックの中から何かを取り出そうとしている。

「ふふふ、実験だよ。実験、まあ待て、今出すから」

 有希は悪人のような悪い笑みを浮かべている。

(なんかライフルで打たれた時やビルから落とされた時と同じ顔をしているな。今日の実験、大丈夫か?)

こんな風な顔を有希がするときは決まってなにかやばいことを考えている。一週間にわたる能力実験もとい人体実験をさせられた颯太は嫌な記憶を思い出した。


「なんか怖いなぁ。一人は知ってるんですか?」

「いや、俺もわからない」

「私も」

 颯太は悪い予感がした。一ヶ月前に人体実験をやりまくったときにやはり似ている。颯太は固唾を飲んで有希の言葉を待った。


「これを見ろ。」

 有希は二本のペットボトルを両手に抱えている。

それは、コーン茶と黒豆茶と書かれたペットボトル飲料であった。


「まさか!」

それを見た猛は叫んだ。

「そのまさかだ。能力開発の続きを始めよう。世の中にはまだまだお茶があるんだ」

「いやいや、無理なんじゃないか。そんなマニアックなやつ」

猛が言った。

「どうして無理だと言い切れる」

猛の態度を受けて有希は憮然としている。

「だってコーン茶とか黒豆茶とかって正式なお茶なのか?ただ会社が名前をつけて売ってるだけじゃないのか。飲んだことないぞ」

「まったくお前は無知すぎるぞ。どれもれっきとしたお茶の種類だ。なぁ飛鳥。お前は知ってるだろ?」

「コーン茶と黒豆茶なんてあるんだ。私も知らなかった」

「全く、お前もか、猛も飛鳥も世間知らずすぎるぞ。」

「お母さんは元々知ってたの?」

「いや私も知らなかった。最近お茶の種類を調べて知ったんだ」

「なんだ人のこと言えないじゃん」

「まぁまぁ。とりあえず颯太、飲んでみてくれ。何か能力が出たら儲け物だと思って」

 

 有希はそう言いながら二種類のお茶を颯太に差し出してきた。

「そのためにこんなところまで来たんですか? 前みたいに会社で飲めばよかったんじゃないですか?」

有希からペットボトルを受け取りながら、颯太は疑問に思ったことをそのまま口にした。


「馬鹿だな。お前の能力は全く予想がつかないんだ。いきなり爆発する能力だったらどうするんだ。会社が吹っ飛ぶぞ! その点、ここみたいな開けていて人気がないところならどんな能力が出ても安心だろ?」

「なるほど、わかりました」

言われてみると妙に説得力があったため颯太は納得した。


「有希、だったらスキルチェッカーは持ってきたのか」

社長が口にする。

「いや、それが、この前使った時から調子がおかしくてな。なんか電源が入らないんだ。だから今日は持ってきてはいない」

「颯太の活躍で、いくらか金が入っただろ? それで新しい奴を買ったらどうだ?」

「そうだな。考えとくよ」

 

 社長のと有希のそんなやり取りを尻目に、颯太はコーン茶を手に取った。

 急に能力開発と言われても戸惑ってしまった。正直、能力は今発現しているだけでももう十分すぎるほど満足していた。元々、防御力強化しか使えないと思っていた所に6種類もの強力な能力が出てくれたのだ。もうこれ以上ないくらい恵まれていると思っていた。他に能力が発現するなど考えもしなかった。

 しかし、いざ自分の能力が発現するかもしれない可能性を知ってしまうと自然と鼓動が高鳴っていくのを感じていた。

 

 飲み口に口をつけ飲み始めると、すぐ横で「流石にもう出ないんじゃないか?」と口にする猛の声と「ええ、すでに強力な力を持っているのにこれ以上出ることなんてあるのかな」と答える飛鳥の声が聞こえた。

 颯太は、最後まで飲み干した。初めて飲むコーン茶は、とうもろこしの香ばしい香りとわずかな甘みが見事に調和しており、思っていたよりもずっと美味しかった。

 飲み干した颯太を三人は固唾を飲んで見守っている。すると颯太の緑色のオーラの中に黄色の結晶が浮かび始めた。


「どうやら何かしらのスキルは出たようだな。だから言っただろ!はっはっは!」有希はどうだと言わんばかりに高笑いしている。

「出るのかよ!」

「すごいです!颯太くん。早速発動してみてください。」飛鳥も猛も興奮している。

 颯太は目を瞑り体の全神経を集中させるとスキルを発動させた。

 すると颯太の身体が地面を離れ、空中へ浮いた。

 颯太は慌てて能力を解除し、二メートルほどの位置から地面へ着地した。


「飛行スキルだ。マジかよ」猛が驚きの声を上げた。

「飛行スキル?」

「ああ、使いこなせば空を自由自在に飛べるはずだ」

「良いじゃないか!上空から爆弾を落とせるぞ。相手の攻撃が届かない場所から一方的に攻撃できるぞ!無敵じゃないか!」

有希は興奮した様子でそう口にした。


「お母さん、怖いってその発想。でも颯太くん。良かったですね。」

そんな有希に冷静につっこみながらも飛鳥はいつもの通り穏やかな笑顔で喜んでくれた。

「ありがとうございます」


 颯太はもう一度スキルを発動させた。

 空中へ飛び上がるとそのまま一気に百メートルほど上空へ上昇した。下では何か言っている声が聞こえてきたが、何を言っているか耳には届かない。

 さらに百メートルほど上昇すると、八王子の美しい夜景が広がっていた。また、体にぶつかってくる風もひんやりしておりとて心地よかった。

「凄い!神様、ありがとう」

 信じている宗教など何もないけどこれは本当に嬉しい。自分の口から神に感謝する言葉が溢れて颯太は驚いた。

 

ふと下を見るとヴァルチャーの三人の姿は見えなかった。

「下を見ると急に怖くなるな。降りよう」

特に高所恐怖症ではない颯太であったが、さすがにこの高さから下を見ると身の危険を感じ始めた。

 颯太はゆっくりとオーラを調節しながら下降して行った。


 地上に降りるとすぐに三人が駆け寄ってきた。

「良い能力だな〜。羨ましいぜ、ちくしょう!」

 猛は嬉しさと悔しさが混ざり合ったような複雑な表情を浮かべている。

「だから言っただろ? 他のお茶でも出るんだよ能力は」

 有希は、腕を組みながら言わんこっちゃないと言った様子だ。

「おめでとう!上はどうだった?慣れたら私も連れてってね!」

飛鳥は自分のことのように喜んでくれている。

「最高でしたよ。今度連れていきますね。任せてください」

 颯太は嬉しさが込み上げるのを抑えることができなかった。新しい能力の発現は何回目であっても言葉にできない喜びであった。


「颯太。飛行能力はそれぐらいにして、早くこれも試してくれ」

 颯太が飛鳥と猛と話していると待ちきれないと言った様子で有希が黒豆茶と書かれたペットボトルを差し出してきた。

「わかりました」

 颯太それを受け取るとキャップを開け、口をつけた。

 一口ごとに喉を通過する黒豆茶は初めて飲んだ味だった。若干の苦味の中に黒豆独特の香りが感じられた。


 颯太の緑色のオーラの中に黒色の結晶が浮かび上がった。

「よしっ!これも成功だ!」

 オーラの変化に気がついた有希は大きな声と共にガッツポーズをした。

「まだ出るのかよ」

「やばいですね」

 その横で猛と飛鳥はもう訳がわからないと言った様子で立ちすくんでいた。


「どうなんだ?早く発動させてくれ!」

 有希が、待ちきれないと言った様子で急かしてくる。颯太は能力を発動させた。


 すると不思議な現象が起こった。


「何が出るんだ?あー早く知りたい。 研究したい」


「まだ能力が出るのかよ。まるでスキルのバーゲンセールだな」


「神様お願いします。どうか良い能力を出させてあげてください」


 という声が頭の中に響いてきたのだ。目の前の三人は一言も喋っていないのに……。


「どうなんだ?失敗なのか?結晶が出ているんだ。失敗はあり得ないよな」


「おいおい。どうしたんだ?」


「颯太くん?」


 再び三人の声が頭の響いてきて、颯太は確信した。

(まじか、これ、だめなやつだ。早く言わなきゃ)


「大丈夫か?」

 颯太の様子がおかしいことに気がついたのか有希がたまらず口を開いた。

「能力が出なかったのか?」

 猛もたまらず質問してきた。


「すみません。いえ、能力は出ました。でもこれ多分だめなやつです」

「だめなやつ?」

 飛鳥は心配そうに颯太を見つめている。


 颯太は一瞬言うか言うまいか悩んだが数秒で覚悟を決めると口を開いた。

「出た能力は、人の思っていることがわかる能力でした」

「なんだと?」

 有希はそれを聞いて驚愕している。飛鳥と猛も同様だ。

「証拠を見せてくれ。今私が頭の中で考えたことを言ってみろ」

 有希はそう口にすると押し黙った。四人の間にわずかな沈黙が広がった。

 数秒後、颯太は口を開いた。


「今晩の夕飯はカレーにしよう」


「猛!車から水筒持ってこい!」

 颯太の言葉を聞いた有希は大声を出した!顔には今まで見た事がないくらい焦りの色が浮かんでいた。


「えっ?なんでだ?」

「お湯が入ってる」

「わかった」

 猛は車に走って行くとすぐに水筒を持って戻ってきた。颯太は水筒を受け取ると、中に入っていた白湯を口にした。すると颯太のオーラの中から黒色の結晶は消えて行った。


「ふうーー。颯太いきなりリセットさせてすまなかった。さすがに私にも知られると恥ずかしいことがあるんだ。猛も飛鳥も同じだろう」

「確かに」

「そうですね」

猛と飛鳥は有希に同意のようだ。今は安心したような表情を浮かべているが、颯太が先ほど能力を明かした時は、二人とも恐怖で顔を歪めていた。飛鳥に至っては颯太から3歩ほど距離をとっていたほどだ。

「いえ。大丈夫です」

(そりゃあ心の中を読まれるなんて絶対嫌だよな。逆だったら俺だってこんな反応になるよ。よし、この能力は使わないでおこう)

颯太は静かに能力の封印を決めた。


「お前の言う通り、これは使い方を間違えると、よくない力だな。ヴァルチャー内では黒豆茶は禁止とさせてもらう」

「わかりました」

「考えを読まれると言うことはプライベートが全て筒抜けといっても良い状態だからな。身近な人間には使わないほうがいいだろうな。良い面でも悪い面でも影響が出過ぎてしまうだろうから」

「そうですね。わかりました」

いつもはぶっ飛んだことばかり言う有希であったが、こういう時は極めて常識的であった。


「でも使いようによってはかなり便利なんじゃないか?ほら浮気調査の時とか」

 颯太の能力を知ってからしばらく黙っていた猛が口を開いた。

「お前の言う通りだ。心の内を読むことができる。これほど浮気調査などを行う探偵業務に役立つ能力はないだろう。しかも颯太には透明化スキルと透視スキルもある。この三つを使えば世界一の探偵になることもできるだろう。ようは使い方だな」


その後、颯太は再びコーン茶を飲み、三十分ほど飛行能力を試してから車に乗り公園を後にした。

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